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主としての思い

 「あ~あ、無駄な事してくれたから、私も無駄なことに力を使っちゃたじゃないか、このクソ化け物どもが!!!」


 狂信者はイライラとあたりに不満を喚き散らす。


 「おかげで見ろよ、私の服がボロボロだよ。

 こんなに穴だらけにしてくれやがって、えぇ、一体どう責任取るつもりなんだよ!!」


 横たわり抵抗できない相手に向かって何度も何度も蹴りつけて、少しでも苛立ちを納めようとする。

 前までは爪を噛んで苛立ちを押さえていたのだが、今は爪の方がはより固いせいで詰めを噛むと歯が欠けてしまうので噛む事は無くなった。

 しばらく蹴り続けた狂信者は少しは苛立ちが収まったのか、憤怒の形相が一変していつものニヤニヤとした顔に戻る。


 「まぁいいや。

 彼らには皮を提供してもらうんだから、それで責任は勘弁してあげよう」


 そう言って横たわるクロコディルに近づきその肌に爪を突き刺す。

 だが爪は少し刺さっただけで折れてしまう。


 「う~ん、何度か爪が折れればこのクソ化け物の肌に負けない爪になると思うけど、メンドクサイな~」


 何か他にいい方法は無いかと、周りを見渡せば先程化け物の一人が使っていた短刀が目に入る。

 それを手に取り軽く切れ味を確かめるためにクロコディルに突き刺してみれば、爪よりも簡単に肉に食い込んでいく。


 「これはいいや」


 突き刺されたときにクロコディルがうめき声を上げたがそんな事は気にせず、狂信者は皮を剥ぎとろうと短刀を動かそうとする。

 だが手を動かそうとしたとき、狂信者の背後から頭に石がぶつかる。


 「痛って~な、誰だよ!!」


 痛みで涙目になりながら背後を振り返ると、そこには先程自分が腹を抉り倒れ伏していた化け物の一人が、倒れ伏した姿勢で顔だけはこちらに向けていた。


 「や、止めろ……」


 血を吐きだしながら、それでもそう言い緩慢な動作で近くに落ちていた石を掴み、投げつけてくる。

 力無い動きから投げつけられた石など気付いてさえいれば痛くも痒くもない。

 先程は背後から急に頭に投げつけられたせいで、痛いと大げさに思ってしまっただけだ。


 あっ、やっぱり違う。


 痛くも痒くもないが不愉快な気持ちにはなる。

 先程何とか収まった苛立ちがまたぶり返してくる。


 「なにが止めろだよ、このクソ化け物がーーーーーー!!!!!!!!」


 皮を剥ぐのはいったん中止して、倒れ伏しているゴブリンに近寄るとその背を思いっきり踏みつける。


 「グエッ」


 カエルがつぶれたかのような悲鳴と共に血を撒き散らすが、そんなもんじゃ脇戻ってきた苛立ちは収まらない。


 「死に損ないの化け物が私にそんな事言うなんて何様のつもりなんですか!!

 えぇ、死に損ないなら死に損ない鳴りに、私に殺されることに感謝の言葉を述べとけよ、なぁ、おい!!」


 何度も何度も踏みつけていると、やがて足元にいるゴブリンは悲鳴すら上げなくなっていた。

 だがそれでもまだ苛立ちが収まらない。

 首でも切り落とせば少しは気が収まるかもしれない。

 そう思い手に持っていた短刀をゴブリンの首に当てる。


 だがその短刀は首を斬る事は無かった。


 なぜなら再び邪魔者が入ったからだ。


 「やめろーーーーーーー!!!!」


 怒鳴り声と共にダンジョンの先から姿を現したのは普通の人間。

 その人間はここまで急いできたのだろう、息を乱しながらも、それでもその目だけは狂信者から離すことなくまっすぐ睨みつける。


 「なんなんですか!次から次へと私の邪魔をして!!

 一体今度は何なんですか?

 っていうかあなたは誰ですか!?」


 再び邪魔された事で苛立ちも限界に近い狂信者は、新たに表れて人間に刃を剥け怒鳴り散らす。

 そんな狂信者の怒気と禍々しい気配に押されることなく、その人間は堂々と答える。


 「このダンジョン『ウワバミ』の主、神無月黒だ」






 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆




 クロコディルが倒れた瞬間、黒は椅子から立ち上がりすぐに彼等のもとに駆けつけようとした。

 何もできないかもしれない。

 それでも彼等のもとに駆け付けたかった。


 「駄目ですマスター!」


 そんな黒をムースが扉の前で両手を広げて止める。


 「退けムース」

 「退きません!」


 マスターの命令に対して、それでもムースは動こうとはしない。


 「マスターが行ってもどうにもなりません」

 「わかってる。

 それでも俺はあいつらのもとに行きたいんだ」

 「今あそこに行ったら死んでしまいます」

 「それは行かなくても変わらない!!」


 このダンジョンで最強の三人が破れたのだ。

 これ以上あいつを倒す策など無い。

 ならばあとはここで狂信者を待って死ぬか、あいつらのもとに行って死ぬかの違いしかない。


 「それでも私はマスターに行って欲しくないんです!」


 常に無表情のムースの目からポロポロと涙が零れ落ちる。


 「私は少しでも長く最後までマスターと一緒に居たいんです。

 だから…、だから…、行かないで下さい」


 ムースだってわかっているのだ。

 もう手が無い事を。

 そして手が無い以上少しでも長くマスターとともに居たいし、死ぬような場所に行って欲しくない。

 これは本当に個人的なわがままなことだということぐらいわかっている。


 「ごめんムース」


 涙を流すムースを黒は抱きしめそうつぶやく。


 「お前の気持ちも痛いほどわかる。

 でも俺は、みんなのために頑張ってくれたあいつらのためにも、最後まであいつらの主らしくいたいんだ。

 それにあいつらの体を好き勝手させるわけにもいかない。

 だから行くよ」


 抱きしめていたムースを離しその手にあるものを持たせると、黒はヤード達のいる所に駆けだしていく。

 その背をムースもう止めることは無く、ただ黙って深々と頭を下げて見送る。



 「ついていかなくていいの?」

 「ついてはいけません」


 黒の様子が完全に見えなくなったとき、二人の様子を黙って見ていたメーサがそう尋ねると、顔を上げたムースが涙が浮かんだ瞳でそれでも気丈に答える。


 「私には託された物があります」


 ムースの手に黒から先程渡された万魔事典がある。


 「主が死んだ時点で、召喚された者達は元の場所に変えるようになっています」

 「……そうなんだ」


 万魔事典の主によっては死んでも、帰還させないなどの設定にもできるが、黒はそうせず元の場所に返すように設定していた。


 「マスターは、生きて元の場所に帰れたか私に確認して欲しいそうです」

 「それって、確認できてもマしゅターには報告できないよね?

 つまり、生き残って欲しいって言ってるんでしょ?」

 「そうでしょうね」


 きっと生き残ってくれと普通に言っても聞かないとマスターは理解していたのだろう。

 だから遠回しにそんな風に言った。

 そう仕事の様な命令ならば断らないと私の性格を理解して。


 「あなたはいいのですか?

 あなたならばマスターの手助けができると思うのですが?」

 「マしゅターが、メーサには眷族達を守っていて欲しいって…………」


 それも多分口実。

 仲間思いのメーサを死なせないためにそう言ったのだろう。


 「戦えない、傍にいられない事がこれほど悔しいと思ったのは初めてです」

 「メーサも弱いのがこんなにも辛いなんて思ったのは初めてなの」


 二人は力ないことを嘆きながら、最後の時を待つ。

  


最後までお読みいただきありがとうございます。

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