灼熱の思いを刃に込めて
ヤード視点
近づいて来ているな。
第三密林エリアで待ち構えている俺の耳に狂信者の足音が聞こえてきた。
まだ少し距離があるようだが、確実に近づいている。
足音が耳に入った瞬間、俺は腰の後ろに下げていた愛刀を少しだけ抜きその刃を確認する。
普段ならばそんなことはしない、柄を握った手ごたえに、腰に差した時の重みで愛刀の状態がわかる。
それなのに、わざわざ愛刀を抜いたのはそれだけ自分が緊張しているということなのだろう。
「緊張しておいでかな?」
愛刀の確認をした俺にアラーネアが笑みを浮かべて聞いてくる。
こいつの笑みははっきり言って好きではない。
顔は美人で笑みも綺麗なのだが、どこかその笑みには嘲笑が感じられてならないのだ。
「緊張するぐらいするさ、狂信者との戦いは命懸けだからな。
お前さんは緊張しないのか?」
「ワシですか?
まぁ緊張しておりますが、それは戦うことに対してではなく、ワシが時間をかけて張った巣が通用するかどうかじゃがな。
……命懸けで作ってくれた時間で作ったんですから、失敗なんてできないからのう」
離れて暮らしておりそこまで親しかったと思えないが、それでもアラーネアもダンジョンに住む仲間の事を思っていたのだとその言葉で知る。
「お主はどうなのじゃ、ワニよ」
「ワニって言うなよ、俺にもクロコディルって名前がちゃんとあるんだぞ」
第二密林エリアの泥地を掘り下げるのにかなり疲れたのか、クロコディルはその場に横になって少しでも体力を回復させようとしている。
「すまんすまん、それでクロコディルよどうなのじゃ?」
「やれることはやった。
生身であそこを通るなら、それなりに体力を奪えるはずだ。
まぁ、加護の力で体力まで奪っていたらそれもどうか怪しいがね」
すでに加護の力の事は二人に話してある。
もし傷を付けた相手の力を回復力に変えるだけでなく、体力まで奪うならそれは厄介だ。
「まぁそれは狂信者を見てのお楽しみってところだね」
そう軽く行ってクロコディルは上体を起こす。
足音はもうそこまで近づいているのだ。
「先に言って置くぞ」
入り口に目を向けながら、俺は両隣りにいる二人に激励の声を送る。
「俺は死ぬ気はない。
狂信者を倒して、主と酒を浴びるほど飲むつもりだからな」
「ワシも死ぬ気などはないさ。
そうじゃな~、ワシは何か装飾品でも主殿に送ってもらおうかのう」
「なら俺は、腹が破けるほどの料理を注文するかな」
互いに軽口を言いあい士気を高めていく。
死を覚悟すればそれは強くなるだろう。
だが俺はその考えは好きではない。
生きる希望を持つからこそ、どこまでも強くなれるのだ。
「倒すぞ」
「あぁ」
「はい」
そう言い返事がしたとき、狂信者が姿を現した。
「なんです、なんです、なんですここは!!
歩きにくいったらありゃしませんよ。
まったくせっかく綺麗な服を着ていたのに、クソ犬の血は付くし泥だらけになるし、本当に散々ですよ」
愚痴愚痴と文句をいいながら姿を見せた狂信者の姿を見て、俺は絶句してしまう。
狂信者の方も俺達に気づいたのか、苛立ちに歪んだ顔を一瞬で喜面に変える。
「おぉ、丁度良かった。
丁度わが神に捧げものをしようとしていた所です。
本当なら化け物の犬の頭を捧げようとしていたのですが、まぁこれだけ化け物の首があるのですから十分でしょう。
あぁ神よ。敬愛する我が神、愛の神ラブ様。
今からあなた様にクモに、ワニに、醜い出来損ないの化け物達の首を捧げますのでどうぞ期待して待っていて下さい!」
空に向かってそう叫ぶ狂信者を見て吐き気を覚える。
狂信者の言動もそうだが、何より狂信者が肩にかけているものを見ると怒りで頭がどうにかなってしまいそうになる。
「おい」
空に向かってさらに戯言を吐きだしている狂信者に俺は低い声で声をかける。
その声が聞こえたのか空に向けていた顔を、こちらに向けた狂信者はその喜面一色だった顔をしかめる。
「まさか今私に声をかけたのは、醜い出来損ないじゃないですよね。
まさかそんなはずないでしょう?
私の様な立派な人間に醜く出来損ないが声をかけるなんて、そんな事があっていいはずがないじゃないですか。
もし仮に、仮にですがそんな事があったとしたら、それこそ間違いを正さなければいけないですよね。
出来損ないの頭でもわかるように体にしっかりと叩きこんで、私に声をかけた大いなる間違いを後か「黙れよ!!」」
まだ長々と戯言を吐こうとする狂信者の言葉をさえぎり、俺は狂信者が肩にかけているものを指さす。
「それは何だ?」
俺の問いにまた狂信者の顔が喜面一色に変わる。
「これ?これですか~?
これはですね。私には向かった愚かなクソ犬の末路ですよ。
本当なら私を傷つけた罰として、ゴミのように死ぬのがお似合いなんですけどね。
毛並みだけはなかなか使えそうなんで、使ってあげることにしたんですよ。
まったく、愚かなクソ犬もたまには私の様な人間の役に立つのですから、しっかりと役立たせてあげた私に感謝して欲しいですね」
そういって狂信者は肩にかけたウインドウルフの頭付きの毛皮を撫でる。
血と土で汚れながらも、その合間から見える毛並みは死んでもなお綺麗な翠色を持っている。
だがその目は光を失った瞳が、無言でこう言っているように聞こえる。
無念だと。
戦士として、仲間として最後まで立派に戦った者を辱める行為に怒りでどうにかなってしまいそうだ。
握りしめた拳からは血が零れ出す。
それは両隣りにいる二人も同じなのだろう。
アラーネアの両脚は怒りで力が入りすぎ関節からはギチギチとした筋肉の軋む音が聞こえ、クロコディルの方からはガチガチと噛みしめ過ぎた歯の音が聞こえてくる。
「こうやって立派な私が身につければこのクソ犬も少しは喜ぶでしょうよ。
他にも黒いクソ犬がいましたよね?あの黒いクソ犬の毛皮もなかなか私に似あいそうですし、どうですかそこの化け物ども、私にあの黒いクソ犬の毛皮を献上すれば、ここは慈悲ある私が苦しまないように殺してあげますよ?
あぁ、化け物相手なのに慈悲を見せるなんてなんて私は偉大なのでしょう」
なおも理屈の通じない戯言を吐き続ける狂信者に、アラーネアが糸を飛ばす。
それを手を振るう事で糸を切った狂信者は訝しげなかを出こちらを見る。
「どうしたんですか?
私の慈悲ある提案を受けないんですか?
それともそんな慈悲も理解できないほど頭が悪いのですか?」
「頭は悪くねぇよ」
そう少なくてもいまの俺達の空気を読めないような狂信者に比べたら頭は悪くないだろう。
「お前みたいなイカレタ野郎の慈悲なんて真っ平ご免だ!
そっちこそ、慈悲を乞いながら死んでいけ。
もっとも俺達に慈悲をかけるつもりはさらさらないがな!!」
愛刀を抜きその刃の切っ先を狂信者に向ける。
「ここは『ウワバミ』全てを飲み込む地獄の入口。
楽に死ねると思うなよ、このイカレ野郎!!」
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