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忠義の狗 VS 狂信者 後編

 ウインドウルフ視点


 目の前で鮮血が散る。

 我々の群れのボスが傷を負ったのだ。

 常に仲間の事を考え、包み込むような優しさをもって我々に接してくれたボス。

 模擬戦をすれば一体一はおろか、我々が群れで挑んでも勝てないほどの腕前を持っているボスが傷を負ったのだ。

 傷を負った直後、すぐに助太刀に入ろうとした。

 事前にボスからは何があっても手を出すなと言われていたが、それでも目の前の状況を見て黙っていることなどできなかった。

 だがボスと我々の間に立っている男が我々の邪魔をする。


 男を見た瞬間わかるのだ。

 この男にはどうやっても勝てない。

 戦えば死ぬことになる。


 助太刀に入ろうとしていた我々は間に立つ男のせいで、身動きがとれずただボスが傷ついている姿を見ていることしかできなかった。






 我が生まれた時同時に6匹の兄弟もできた。

 魔狼は多くの家族が群れをなし生活しており、我は兄弟だけでなくたくさんの魔狼達にいろいろな事を学んで成長していった。

 兄弟達とは喧嘩をしながらも楽しく過ごし、母親は優しく我等を育ててくれ、父親や群れの他の魔狼からは狩りの仕方などを教えてもらった。

 そんな風に過ごしていき、やがて我は立派な成狼に成長した。

 群れの誰もが我の成長を喜んでくれていたが、群れの中で群れを率いていたボスやその近くにいた魔狼達は我の事をよく思っていなかった。

 そしてある日、突然ボスの座をかけた戦いをさせられることになった。

 まだ成狼になり立てだった我がボスに勝てるはずもなく、必死に抵抗したが我は瀕死の重傷を負い戦いに敗れた。

 血だらけでうずくまる我をボスやその近くにいた魔狼達は笑い、我は群れから追放される事なり、動けない我をその場に残し群れは去っていった。

 群れにいた他の魔狼達や兄弟や両親達は、うずくまる俺を寂しげに見ながらも近寄ることも言葉をかわすことなく、ボスについていきその場から去っていった。


 そして我は一人になった。


 それからは傷を癒しながら一人で必死に生きてきた。

 小さな小動物達を狩り、時には我よりも体格がでかい者とも戦い傷つきながら生き延びてきた。

 たまに我を捨てた群れとは別の群れと会う事があり、その群れに入らないかと誘われたが、我を見捨てて去っていった者たちの目が忘れられず群れに入る事は無かった。


 寂しくて空に向かって吠えることが多かった。

 満足に狩りもできず空腹を紛らわせようと空に向かって吠えることもあった。

 何も解決はしなかったが、それでも空に向かってもえている間は全て忘れられた。

 この空に向かって吠えた声が、誰かに届いていると思うと少しだけ心が休まった。




 そんな生活をしていた我がある日ダンジョンに召喚された。

 我の他にも数匹の魔狼が召喚されており、他の魔狼を見て我はかなり緊張していた。

 呼び出したダンジョンの主の話によればここに住んでもらうとのことだった。

 必然的に今いる他の魔狼達と一緒に生活することになる。

 主の説明が終わり、我等はダンジョンの一角に場所を移した。

 他の魔狼達は皆初対面だというのに楽しそうに話している。

 そんな中我だけが一人ポツンと外れていた。

 何匹かの魔狼が誰とも話さない我に話しかけてきたが、ずいぶんと一人で生活してきたせいで上手く話す事ができず、会話が止まってしまう。

 そのせいで我と他の魔狼の間に微妙な感じが出来てしまった。


 やはり無理だ。


 我には集団の生活など無理だったのだ。

 ここでも我は一人で生活した方がいいのだろう。

 そう思い他の魔狼達と別れようとした時、いつの間にか背後に現れた存在が我の背中を優しく撫でる。


 「どうした?仲間のもとに行かぬのか?」


 我の背中を撫でるのは一人のコボルト。

 そのコボルトは優しく我の背中を撫で続けながら、優しく話しかけてくる。


 「緊張しているでござるか?

 大丈夫、初めは皆緊張しているでござるよ。

 だからここを去ろうとしないで、これからゆっくりと仲間になればいいでござる」


 背中を撫でる温かな手とその言葉に、群れを離れてから感じる事の無かった温もりを感じた。




 それからはそのコボルトをボスとして我等魔狼はダンジョンで過ごしてきた。

 集団で訓練をして、実際に戦い、傷つけあいながらも仲間との絆を深めていった。

 ボスは訓練では厳しく我らを指導していたが、実戦で我等が傷つくと誰よりも心配してくれた。


 そんな群れで我はつがいとなる存在を持つことができた。

 一生一人で生きていくと思っていた我に傍にいてくれるものができたのだ。

 そして数日前その嫁に子供ができたと教えてもらった。

 我はその言葉に嬉しくなり、ひさし振りに空に向かって吠えた。


 ダンジョンに来てからは初めて吠えたのではないだろうか?

 前までとは違い、この声には我の喜びが込められていた。

 少しでも多くの者にこの気持ちを知ってもらいたかったのだ。


 我は今幸せであると。


 我の吠えに合わせるように他の魔狼達も一緒に吠えてくれた。

 その重なり合う声を聞いたとき、幸せはさらに深くなった。






 そんな幸せが今崩れようとしている。


 ボスが無手で相手に挑もうとしている。

 無手とは言えボスには鋭い爪があり普通の人間よりも強いだろう。

 だがそんな鋭い爪も目の前にいる男には通用しないだろう。


 このままいけばボスは死ぬ。


 それだけは嫌だ。

 ボスがいたから我は幸せになれたのだ。

 仲間達は一つにまとまり、最高の群れができたのだ。

 ボスがいて初めて我等の群れが完成するのだ。




 そう思ったら先程まで動かなかったからだが自然に動いていた。

 足元に素早く駆け寄り爪で斬り裂こうとするが、それよりも早く男の手が振るわれ我の体を切り裂く。

 それでも我はあきらめず男に接近しようとしたが、その前に男が再び腕を振るい我の右足が斬り落とされる。

 痛みの鳴き声が漏れそうになるが、それよりも先に伝えるべき事がある。


 「ウォン―」


 短く一鳴きして周りにいた仲間に指示を出す。


 「何をやってるんだ!

 止めろ!そいつに近づくな!!」


 ボスが我の鳴き声の聞き動き出した仲間にそう叫ぶが、仲間達は止まらない。

 すでに我と同じように皆覚悟はできたようだ。


 一匹の魔狼が落ちているボスの槍を口に咥えボスに渡そうとする。

 それを見た男が腕を振るい殺して阻止しようとするが、そうはさせない。

 三本足になり動きづらいが、まだ動ける。

 振るわれそうになった腕に我は必死に飛びかかり噛みつく。

 噛みついたおかげで男は腕が振れず攻撃が遅れ、その隙に槍を咥えた魔狼がボスに槍を投げ飛ばす。


 よかった。


 槍がボスの手に収まったのを噛みつきながら見届けた我は急に体に力が入らなくなる。


 「たかが犬ごときが、よくも私に噛みついてくれたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


 男が奇声を上げながらもう片方の腕を振るい、我の体を切り刻んでいるのだ。

 体から血がどんどん抜け出し、力が入らなくなった我は噛み続ける事ができず噛んでいた口が自然に開き地面に落ちる。


 「このクソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!クソ犬が!」


 地面に落ち力なく横たわる我に男は罵倒を浴びせながら容赦なく足蹴をしてくる。

 だがすでに我の体はその足蹴の痛みを感じることすらできない。


 「ヤメローーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


 怒号を上げボスが血塗れの顔を悪鬼のように変え槍を構えて突っ込んでくる。


 止めてくれボス、こっちに来ては駄目だ。

 そう言いたかったが我の口は動かない。


 ボスが鋭い突きを男に繰り出すが、男はボスの方を見ようともせずに我を足蹴にしたまま腕を振るいボスの攻撃を防ぐ。

 攻撃が一切通じなくてもボスはあきらめる様子は無く槍を繰り出し続ける。


 「スーラ退け!!」


 そんなボスにダンジョンの主から指示が入る。


 「もう十分時間は稼げた、だから退け!!」

 「退けませぬ!!」


 主の指示にボスは断る。


 「仲間がこのような目に合っているのに……、

 某が退く訳には参りませぬ!!!」


 その声にはボスの我への思いが込められていた。






 ボス、ありがとうございます。




 ボスがどれだけ我を思っているか知ることができた。

 それだけで十分だ。

 だからボス、ここは退いて下さい。

 退いて仲間の事を守って下さい。


 動かない体に無理やり力を振り絞らせて動かす。


 「ウォォン!!」


 我の思いを全て詰め込み吠える。

 我の鳴き声を聞いたボスや仲間達は動きを止め我の方を見る。

 そして皆我の思いを受け入れ退いていく。

 ボスは最後まで我の方を見て無いか言いたげな顔をするが、最後まで何も言わずただ黙って黙礼をして退いていく。

 その姿を見てホッとした。


 思いは全て伝わったようだ。

 なら我は最後の仕事をしよう。


 退いていく仲間を見てそれまで我を足蹴にしていた男は我への足蹴を止め、仲間の方を攻撃しようとする。

 だがそんな事はさせない。

 我は口を大きく開くと勢いよく男の足に噛みついた。


 「ぎゃっつが!!」


 男は悲鳴を上げ足を止める。

 それはそうだろう、今の我の牙は男の足の骨にまで達するほど深く噛みついているのだから。

 普段ならばそこまで噛みつけない。

 命を振り絞った最後の力だからこそできたことだ。


 「このクソ犬がーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 怒声を上げ何度も何度も腕を振るう男。

 だがそんなの無意味だ。

 すでに我には痛みなど感じることもできない。

 最後まで噛みつかせてもらうぞ。


 薄れゆく意識の中でそれでも噛む力を弱めない。

 そして消えゆく、意識で最後に思う。


 ボス……、

 仲間を、妻を、産まれてくる子供達をお願いします。


 その思いを最後に命を灯を消した。
















 「クソ犬が!本当にこのクソ犬が!!!」


 狂信者はようやく外したウインドウルフの死体を何度も足蹴にする。


 「まったくクソ犬の分際で、私に牙を剥きやがって!

 クソ犬ならクソ犬らしく大人しく私に腹ばいになって降伏しろよ!

 これだから嫌なんだよ、頭の悪いクソ犬が!!!!!」


 怒声を浴びせかけ何度も足蹴にしても狂信者の怒りは収まらない。


 「それに最悪なのは。

 私の敬愛する神ラブ様にクソ化け物の犬の首を捧げるって言ったのに約束が果たせない事だよ!!!!!

 一体どうしてくれるんだ!!!!!」


 そう言って死体をおもいっきり蹴り飛ばす。

 綺麗な翠色だった毛並みは今や血と泥で汚れて見る影もない。

 地面に無惨に横たわるその姿を見て、狂信者はそれまでの怒りの形相とはうって変わり、一気に喜色満面の顔に変わる。


 「な~んだ。

 いい使い道があるじゃないか」


 狂信者は嬉しそうにそう言い、ウインドウルフの死体に近づいていった。

 




最後までお読みいただきありがとうございます。

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