貪食の化生
残酷の描写があります
泥地に身を潜めていたオレは逆さに吊るされた無防備な男の腹に牙を突き立てた。
男の腹を喰い千切った時にオレが感じたのは、奇襲成功の喜びでは無く戸惑いだった。
(なんだ、この歯応えの無さは。
まったくもって食べ応えの無い奴だ)
健康だったのだろう、味は悪くは無く、まあまあ食える肉だ。
だが肉に噛み応えがなく、食べている感じがいまいちしない。
噛んでいると時々弾力のある所にぶつかるが、それはこの男が付けていた皮の防具の一部だろう。
そこだけは噛むたびに元の生き物の味なのだろう、なかなかいい味が滲み出て来ていいものだ。
しっかりと味わってから飲み込み、辺りを見回すとクモがこちらを睨んでいる。
(油断していたお前が悪いのによ)
こちらを睨みつけてくるクモの視線を受けながら、オレはこっそりとため息をこぼす。
生に執着していたクモにとって、攻撃を受けているときはまさに生きている実感が持てていたのだろう。
傍から見たら攻撃を受けて喜んでいるようにしか見えなかったがな。
それにクモの事だから、捕らえていたやつは最後の一人としてキープしておきたかったんだろう。
オレが勘違いするとでも思ったのだろうか?
確かにオレは頭はそこまで良くない。
だがな、目の前に食える物の数を間違えるほど馬鹿では無いんだよ。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
黒から強くなると言われ、やった絶食地獄。
オレはそこで死を覚悟した。
あとでクモにあの時の事を聞いたら、自分の足を喰ってまで生き延びようとしたと言われた。
その言葉を聞いて、オレはクモの生への執着に恐怖を覚えたものだ。
オレは間違っても自分の体を食べようだなんて思わない。
当たり前だ、自分を食べるなんて意味がわからない。
食べるものならそこら中に有ったではないか。
絶食地獄が始まってから5日目、オレは食べ物の幻覚を見るようになった。
もともと食い意地は張っている方だと思っていたからな、幻覚に釣られて食べ物を口に入れたさ。
もちろんそれはただの土の塊で口に入れた瞬間、口の中がジャリジャリと嫌な感触がし、味もクソ不味かったがそれでもオレは吐き出すことはせず土の塊を食べきった。
今まで食べた中でも最低最悪の食事だったが、それでも空腹を紛らわせる事ができた。
それからもオレはひたすら口に入れた物を食べ続けた。
土の塊に始まり、泥に、木の根に、葉、自分の排泄物すらも食べた。
オレは別に生きたいから食べ続けた訳じゃない。
ただ食えなくなるのが嫌だから、食べ続けたのだ。
そしてひたすら目につく物を口に入れていると頭に声が響いた。
≪一定数の戦闘、未達成。
一定数の獲物を捕食しました。
一定数の知恵、未達成。
一部の一定数が上限に達しました。
魂の状態は不安定です。
次の段階への向上意思を確認しました。
次の段階への経路が確保されました。
条件達成後、進化を行います。
あなたの未来に幸あらんことを≫
そうして食べながら寝たオレは、気付いたときには中途半端な人型になれるようになっていた。
黒はそんな俺を見て苦笑交じりに言ってきた。
「クモは多分生の執着からどう生き残ればいいか必死に考えてたから人に近い人型になったんだろうね。
そう考えるとワニは食べるという本能に近い部分が強かったから顔がワニのままの動物よりの人型になったんだろうね」
そう言われて、どこかほっとしたオレがいた。
捕食者として生まれ、ずっと喰らい続けてきたのだ。
変身後の姿は今までのオレの生きた証ともいえるからだ。
後日クモにその事も含め絶食地獄での生活について言ったら、あいつは大笑いしやがった。
「ワニよ、お主も人の事を言えんぞ。
ワシは生に執着し、お主は食に執着した。
生きてる実感が無ければワシを証明できなかったように、お主は食べる事ができなければ自身を証明できなかったのじゃろう。
ワシの生の執着にお主が恐怖したように、お主の食の執着にワシは恐怖を覚えるよ」
確かにクモの言う通りなのかもしれない。
食べ続ける事でオレはオレは証明したかったのだろう。
だからオレはこれからも食べ続ける。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「まさかズルイとは言わないよな?
まだお前はこいつを殺してなかった。
だからオレが殺した。
これで俺が一人目、お前はまだゼロだ」
そう言った瞬間からクモの目が変わった。
どうやら本気で戦う気になったようだ。
その証拠に先程まで攻撃をただ受けていただけなのに、今は上手く逸らしている。
(力はオレの方が上だろうが、こういう技に関しては向こうの方が上だな)
「邪魔じゃ」
先程までの楽しそうな笑顔を消しさり、ただ無表情で剣の攻撃を上手く逸らしたクモは、そのまま剣を流した流れに沿って剣を持った腕に足を突き刺す。
男が腕を貫かれた衝撃で悲鳴を上げそうになるが、その前にクモが胴、肩、足、首と計五カ所をさらに足で貫き悲鳴を上げる前に殺す。
「これで同数じゃ!」
殺した相手を投げ飛ばしながらオレに向かってクモが叫ぶ。
どうやらさっきの挑発がよほど頭に来たらしい。
(これはオレも本気でかからないとな)
もう一度あの絶食地獄を味わうのだけは死んでもご免だ。
オレは鰐の姿のまま泥地を滑るように移動する。
近寄る俺の姿を見て、弓を持った女がオレに矢を射てくるがそんな物が当たるほど俺は遅くは無い。
それにもし当たったとしても、よほど危険な場所で無ければ動きを止めることなどできないだろう。
何発もの矢が飛んで来るがそれを意に返さず、オレは真っ直ぐに直進し弓を持った女の腕を噛み千切る。
(本当に弱いな)
腕が無くなった女が絶叫を上げその場に膝をつく、近くにいたもう一人の女が近寄り回復魔法をかけようとしているが、そんなものを呑気にさせるつもりはない。
口にある腕を一気に飲み込むと、体を反転させその勢いを尻尾に乗せ回復をしようとしていた女の腹を打ち吹き飛ばす。
嘔吐しながら吹き飛ぶ女など見もせず、オレは膝をついていた女に飛びかかる。
女の目は絶望に染まり、迫りくるオレの口をじっと見つめている。
(あぁ、実に良いスパイスだ)
その絶望に浮かんだ表情を思い出しながら、その肉を喰う。
なんという贅沢の極みだろう。
だが今はその贅沢を味わっている暇は無い。
今のでオレが殺した数は二人、あと一人殺せばオレの勝ちだ。
残り一人を早速殺そうと周りを見渡せば、先ほど俺が吹き飛ばした女がクモの糸によって吊るされている。
顔を真っ赤に染めて、必死に首に巻かれた糸を解こうとしているが女の力では解く事は無理だろう。
そして糸を解く前に女の首の方が持たず、コキッと枝が折れるような音と共に首の骨が折れ女の体の力が抜け腐った果実の様にぶら下がる事になった。
(これでクモも二人か、あとの一人は?)
最後の一人で勝負が決まる。
残り一人を探して首を巡らせれば、最後の一人はダンジョンから逃げ出そうと出口に向かって足り出していた。
「逃がすと思うか!」
クモが叫び、手を振り抜く。
その動作で仕掛けてあった糸が作動して、男の足が切断される。
足を切断された男は、その場に倒れ込んでしまう。
まだ男は死んではいない。
なら倒れた男を殺せばオレの勝ちだ。
倒れた男に向かい全力で滑り寄る。
クモも糸の仕掛けがもう無いのか、全力で男に走り寄る。
オレの牙が届くのが早いか、クモの足が届くのが早いか。
足が千切れ、逃げることもできなくなった男が泣き叫びながら暴れるのを見ながら、オレは勢いを乗せ口を大きく開き男に飛びかかった。
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