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執着の化生

 (まったく、念のため糸を張っておいてよかったわい)


 蜘蛛は侵入者と相対しながら心の中でほっと胸をなでおろす。


 (糸を通じて会話を聞いおったが、こやつ等ワシ等の所に来る前に帰ろうとしておったからのう。

 それではせっかくの賭けも成立せんし、何よりワシの飢えが満たされん)


 糸は空気の振動を拾い、それを通じて蜘蛛はいたる所に張り巡らしている糸から情報を入手している。

 侵入者たちは捕らえられた仲間を救おうと、武器を構え戦闘態勢をとっている。


 (良い!実に良い!!

 これじゃ、この胸躍るような興奮をワシは待っておったのじゃ)


 そんな戦闘態勢を取った侵入者の姿を見て、蜘蛛の目が爛々と輝きだす。

 これまで我慢に我慢を重ねていた物を全て吐き出す事ができる獲物が目の前にいるのだ。これで胸が躍らないはずがない。

 だが――、


 (まだ足りんのう。

 もっと胸を焦がすほどの殺気を、

 肌が焼けるような敵意を、

 心を締め付けられるような憎悪を、

 もっともっとワシに向けてこい!!)


 心躍るだけでは物足りないのだ。

 飢えを満たすほどの、満腹になってもさらに押し付けられるほどの、吐き気がするぐらいの生への実感が欲しいのだ。

 だから蜘蛛は躊躇わない。




 クモの巣に捕らえていた逆さになった男の顎を、上から足で貫く。

 丁度下顎と上顎を貫抜き縫い止める。


 (舌もついでに貫いてるが、まぁこれぐらいでは死なないじゃろう)


 もちろん死ぬほど痛いと思う。

 その証拠に男の顔はぐちゃぐちゃに歪み、目から大量の涙があふれている。

 本当なら激痛のため大声で悲鳴を上げたいのだろうが、顎を足で縫い止められている状況ではそれもできないだろう。


 (悲鳴を上げられるのは五月蠅いから丁度良かったかもしれないのう)


 「シャンケ!!」「シャンケさん!」


 仲間が傷つけられた光景を見て口々に叫ぶ。

 シャンケと呼ばれた男はその声に助けを求めるように仲間の方に視線を送る。


 (うむ、実に都合が良い)


 グッチュ


 果物を潰すように助けを求めた男の片目を違う足で刳り抜く。

 男はさらなる激痛で悲鳴を上げようとし、体をよじり暴れるが縫い付ける足はびくともしないし、体を拘束している糸も解ける気配が無い。


 仲間のそんな悲惨な姿を見て、敵意と憎悪が蜘蛛に槍のように飛んでくる。


 (あ~、良い。

 これじゃ、この感覚じゃ)


 心地よい敵意と憎悪。

 最後にさらなる刺激の増加を求め、燃料を投下する。


 「どうした?仲間がこんな目に合っているのに助けはせんのか?

 ワシの足はまだ6本も残っておるぞ?

 次はどこを貫くのが良いかのう」


 蜘蛛の言葉に侵入者たちは雄叫びをあげながら向かってくる。

 そんな彼等の必死な形相を見て、蜘蛛も満面の笑みを浮かべて迎え撃つ。


 「ワシを精々満足させるのじゃぞ」




 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 まだワシとワニが知能も低く本能の方が強かった頃にDDMである黒のダンジョンに召喚された。

 そしてワシ等は黒に頼まれ、ダンジョンで暮らすことになった。

 ワニとワシとでは生活する環境が違うため、別々の場所に自分のエリアを作りそこで生活をするようになった。


 ダンジョンに呼ばれた日、ワシ等は何もしてないのに美味しい飯を食べる事ができた。

 このまま侵入者が来た時に、ワシ等は相手をするのだろう。

 漠然とだが食事をしながらそんな風に思っていたが、次の日ワシ等は黒に呼ばれた。


 「ちょっと聞きたいんだけど、君達は強くなりたい?」


 その問いに対し、ワシ等は迷うことなく頷いた。

 まだ魔族でも無く魔獣であるワシ等でも、強くなりたいという思いはある。

 むしろその思いが強いからこそ、ワシ等は魔のつく獣なのかもしれない。


 迷うことなく頷くのを見て、黒が一つの提案をしてきた。


 「少しやってみたい事あるんだ。

 これは実験的な事で、危険もかなり高い。

 もし俺が考えている通りの結果が出たら君達はかなり強くなると思う。

 でも失敗すれば死ぬ可能性もある。

 それでもやってみる?」


 迷うことなどあるのだろうか?

 弱ければいずれ死ぬのだ。

 魔のつく生き物にとって強くなる途中、鍛えてる途中に死ぬことなんて日常茶飯事だ。

 むしろ強くなる可能性があるのに挑戦しないなど考えられない。

 だからワシ等は先程と同じように迷わず黒の問いに頷いた。






 黒が二人にやらせたのは単純明快。

 ただの絶食だ。


 普段ならば1カ月程度何も食べなくても生きてはいけるが、黒がDPを使って完全な絶食状態にした。


 一日目はそこまでいつもと変化はなかった。

 二日目も空腹で苛立つ事はあったが特に問題は無かった。

 三日目になると動くのが少しきつくなってきた。

 四日、五日と過ぎていくと、体を動かす事が出来なくなってきた。


 動く事ができない状態で、視線を周りに向けると空腹のせいか、辺りに見えるものが全て食べ物に見えてきた。

 一度その食べ物の誘惑に負け、近くに見えた食べ物を口に入れたらそれはただの土の塊で、口の中に不快感が広がりすぐに吐き出そうとしたが、すでにその頃には吐き出す力さえ失っていた。




 一週間が経ったとき、ワシは死ぬ寸前まで追い込まれておった。

 すでに食べ物の幻覚さえ見る事はなく、視界はぼやけ体は動かせず、何とか呼吸だけを続け生きている状態じゃった。


 この苦しみがいつまで続くのじゃろうか?

 ワシは薄れつつある意識でぼんやりとそんな事を考えておった。

 黒は特に期日などは言っていなかった、もしかしたらまだまだ絶食期間が続くのかもしれない、そう考えたら心が折れ考える事さえ止めてしまった。



 死ぬ可能性もある。


 そう聞いていた。

 でもそれは強くなるために戦って死ぬ時とばかり考えておった。

 こんな風に静かに寂しく死ぬなんて考えてもおらんかった。


 ……死にたくない。


 薄れゆく意識、折れた心でもその気持ちだけははっきりしていた。


 もっとワシは……、


 折れた心に新たな感情が芽生え始める。


 生きたい!!


 そう思ったときにはもうワシは自分で自分の足を喰らい始めおった。


 食べられる物はもしかしたら近くにあるのかもしれない。

 でもそれは前みたいに幻覚かもしれない。

 なら、確実に食べられる物を食べる。


 それがたとえ自分の足だろうと関係ない!


 意地汚く、それでも私は生き抜いてやる!!


 そう決意しながら、自然と流れでた涙をぬぐうこともせず、ワシは自分の体を食べ続けた。


 そんなワシの頭に唐突に声が響いた。


 ≪一定数の戦闘、未達成。

 一定数の獲物を捕食、未達成。

 一定数の知恵を身につけました。


 一部の一定数が上限に達しました。


 魂の状態は不安定です。


 次の段階への向上意思を確認しました。


 次の段階への経路が確保されました。

 条件達成後、進化を行います。




 あなたの未来に幸あらんことを≫




 声が聞こえ終わった後、ワシは猛烈な睡魔に襲われ食べながら寝てしまった。

 そして次に目が覚めると、黒がすぐ側におりワシの様子を見ておった。


 「気分はどう?

 体は治したけど、精神の方はまだ安定してないかもしれないから具合が悪かったらすぐに言ってね」


 体は治した?

 そう聞き、ワシは自分で食べた足を見ようと首を捻る。

 じゃが、そこには見慣れたはずのワシの体が無い。


 「あ~、気付いてないのか。

 足は下だよ、下」


 黒に言われ下に視線をやるとそこには確かにワシの足が見えた。

 じゃがそれよりもその前にあるこの二つの小さな山は何じゃ?

 二つの小さな山の正体を探ろうと手で触ってみる。

 ふむ、プニプニとした柔らかい感触を手に感じのう。


 うん?手じゃと。


 なぜワシは手で触ろうとなど思った。

 ワシにあるのは八本の足だけのはずなのに。


 頭が混乱してしまう。

 そんなワシの混乱を黒は苦笑しながら見ていたが、懐から小さな鏡を取り出しワシに見せてくる。


 「どうやらわかって無いようだけど、体が変化してるよ」


 鏡に目を向ければ、そこには人間の上半身と蜘蛛の下半身を持ったワシの姿が映っておった。


 「一応は実験成功ってところかな?」


 なるほど黒はこれを狙っておったのか。

 確かに前までと違い、体にはかなり力を感じる。

 そして何より蜘蛛だった時と違い、今は人間の上半身を持っているおかげで会話することができる。


 「なんじゃ、主殿は実験の結果に不服の様じゃな」

 「不服なんてとんでもない。

 こうやって話ができるなんて嬉しい限りだよ」


 からかいのつもりでそう言ったのじゃが、主は笑顔でそう返してきおった。

 その笑顔を見た時、胸が高鳴ったのを今でも覚えておるよ。


 恋と言うのじゃろうか?

 いや、この気持ちはそんな綺麗なものでは無いな。


 これは生への執着から変化したワシの、初めて感じた生きている実感の一つなのじゃろうな。




 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆



 生への執着が強いからじゃろうな。

 生きている実感が欲しいのじゃよ。


 じゃから侵入者たちよもっとだ、もっとワシに生を感じさせよ!!


 向かってくる敵の剣をわざと足で受け止める。

 本当ならば避けることも可能だが、そんな勿体ない事はしない。


 (痛いのう。

 なかなか良い攻撃じゃ、足から血が出ておるわ)


 かすり傷程度とはいえ切傷を付けられるが、蜘蛛にとっては問題ない。

 傷を付けた方は、攻撃が通じると判断したのか次々と剣を繰り出しさらに蜘蛛の体に傷を付けていく。


 (良い、実に良い。

 この痛みの分ワシは今生きていることを実感できる)


 防戦一方のフリをしながら、傷を付けられるのを楽しむ蜘蛛。

 だが、防戦ばかりしてもいられない。


 (このまま長く楽しみたいのじゃが、そうも言っておれんからのう。

 ワニとの賭けをしておるし、何よりもう一度あれをやるのはさすがに嫌じゃ)


 生を実感するのが好きとはいえ、一度は本当に死ぬ淵まで追い詰められたあの絶食地獄を再びやるのだけは本能が拒否をする。


 (一人はまだ殺さずにキープしておるからのう。

 ワニの奴が今捕らえている奴を一人目だと勘違いしておるうちに、二人仕留めるとするかのう)


 そんなズルイ手を考え、向かってくる敵を殺そうとした時、ふいに向かってくる敵の表情が変わる。

 その顔は口を開け、まさにア然と言った表情。

 生死をかけた戦闘でまさか目の前でそんな顔されるとは思ってもみなかった蜘蛛は、思わず敵が見ていた方を振り向いてしまう。


 振り向いた先、捕らえていた男の腹が半月状に刳り抜かれている。

 そして刳り抜かれた先にいるのは口をクチャクチャと動かすワニ。


 ワニは動かしていた口を最後にゴクンと鳴らして飲み込むと、獰猛な歯をむき出しにして告げる。


 「まさかズルイとは言わないよな?

 まだお前はこいつを殺してなかった。

 だからオレが殺した。

 これで俺が一人目、お前はまだゼロだ」


 その言葉にワシの中で何かが変わる。


 侵入者どもと戦って生の実感を得ようとしたが、それはもういい。

 今はこの調子乗ってくれやがったクッサレワニ野郎に勝つ事で生の実感を得よう。


 ワシの前で無残に負けるワニの姿を見るのもまた生への一興じゃ!!

 


最後までお読みいただきありがとうございます。

評価やブックマーク、感想などいただけると嬉しいです。


次話はワニさん視点の話にする予定です。

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