1-1 足したのは僕です
人生で一度も、採点基準のないテストを受けたことがない。
受講生へのメッセージ:採点基準は、教えません。
大学一年の四月、シラバスのいちばん下で、この一行に会うまでは。
小テストにも、模試にも、入試にも、基準はあった。配点が書いてあって、部分点の条件があって、終わったあとには解答速報が出る。自己採点をして、予想点を出して、判定を見る。高校の三年間、判定はずっとAだった。Aだったのは、僕が優秀だったからではない。基準があったからだ。基準があれば、そこに向かって走ればいい。
大学も、学部も、そうやって選んだ。偏差値がいちばん高いところ。法学部。法学に興味があったのかと聞かれると困るが、興味で選んで外れたときの説明より、偏差値で選んで外れたときの説明のほうが、まだ筋が通る。
それで、履修登録の画面を前にして、金曜の五限だけが空いていた。
空いているのは気持ちが悪い。時間割は埋まっているほうがいい。空白は、あとで誰かに「そこ、何してたの」と聞かれたときに減点される。誰に聞かれるのかは知らない。
金曜五限の枠で取れる科目は、一つしかなかった。
「古典講読(教養) 担当:月見里」
読めなかった。やまなし、とルビがあった。山がなければ月がよく見える。だから月見里と書いて、やまなし。シラバスの本文より先に、担当教員の名字の由来で一つ賢くなった。幸先はいい、と思った。
評価方法の欄は、まともだった。
評価方法:期末レポート(100%)。テーマ自由。到達目標に照らして評価する。
到達目標の欄も、ちゃんと埋まっている。普通だ。普通のシラバスだ。安心して、いちばん下までスクロールした。
受講生へのメッセージ:採点基準は、教えません。
二回読んだ。三回目は声に出した。一人暮らしの部屋で、一人で。
評価欄で丁寧に積み上げたものを、最後の一行で全部崩している。何で評価するかは書いてある。何をすれば何点なのかは、教えないと言っている。
それは、基準がないのと同じだ。基準がない試験は、試験ではない。ただの運だ。運に四単位を賭けるのは、僕の採点基準では零点に近い。
ほかに選択肢はなかった。
*
十四号館三階、三〇一教室。
四月八日、金曜日。開始の十分前に着いたのに、席はもうほとんど埋まっていた。定員百二十の教室に、登録者が百三十八人いるらしい。入口に「履修者多数のため抽選を行います。詳細は後日掲示」という貼り紙があった。
壁際には立っている学生がいた。床に座っている学生もいた。金曜の五限に、この人数だ。
僕は中央よりやや後ろの、通路側の席を取った。隣は、まだ空いていた。
見渡すと、最後列の端に、一人だけ雰囲気の違う人がいた。学生には見えない。紺のカーディガンに、首から職員証のようなものを下げている。膝の上にタブレット、右手にストップウォッチ。監督官だろうか。大学の講義に監督官がいるとは聞いたことがないが、採点基準を教えない講義なら、何があってもおかしくない。
彼女は、まだ始まってもいない講義に向けて、ストップウォッチを押した。
押した理由は、すぐに分かった。教壇の上で、先生がもう喋っていた。
開始の四分前だった。
「――出さなかった手紙のほうが多いんですよ、この時代の人は。書いて、置いておく。宛名はあるのに、出さない。そういう手紙がけっこう残っていて、僕はそれが」
先生はそこで黒板のほうを向いた。何も書かなかった。
「はい、今日はセネカです」
さっきの話は、どこにも着地しなかった。誰もそれを指摘しなかった。
月見里先生は、三十代の後半に見えた。灰色のジャケットに、少しくたびれた文庫本。声は大きくないのに、よく通る。
「二千年前のローマの人です。先に言っておくと、ローマでも指折りのお金持ちです。不動産をたくさん持っていて、金貸しもしていた」
先生は教壇に本を置いた。開かなかった。
「で、この人、質素に生きなさいという手紙を、別荘で書いています」
笑いが起きた。前のほうと、後ろの壁際で、同時に。
「悪口じゃないですよ。僕はそこがいいと思っています。貧乏な人が質素を説いても、それはただの現状の説明ですからね」
また笑いが起きた。僕は笑わなかった。この講義の配点がどこにあるのか、まだ分からないからだ。
「今日読むのは、ルキリウスという友人に宛てた手紙の、十三通目です。有名な一文が入っています。我々は現実より想像で多く苦しむ。手帳とか、日めくりカレンダーとかに載っているやつですね」
前のほうで何人かがうなずいた。
「あれ、前半が削られています。名言というのは、有名になるときに、だいたい少し削られるんです。運ぶのに、軽いほうがいいので」
削られる前があるらしい。試験に出るなら、そっちだ。試験はないけれど。
「削られる前は、こうです。わたしたちを脅かすものは、わたしたちを押しつぶすものより多い。そして、わたしたちは現実にではなく、思いこみによって、より多く苦しむ」
先生はそこで、少し間を置いた。
「この人、まず数えてるんですね。脅かすものと、押しつぶすもの。数えて、多いほうを言っている。精神論に聞こえますが、元の形は集計の話です」
集計。
急に話が分かる気がした。数えた結果なら、信用できる。
隣の席の女子が、小さく笑った。知らない人だ。いつ座ったのか、気づかなかった。
「今、ちょっと安心したでしょ」
「……してません」
した。
「ここの苦しむは、原語だと laboramus です」
先生は黒板の端に、その一語だけを書いた。
「ラボラーレ。英語のレイバーと同じ根っこです。働く、骨を折る、手間をかける」
レイバー。労働。試験に出そうな語だ、と思って書き写した。試験はないけれど。
「だから直訳に近づけると、わたしたちは思いこみのほうで、よけいな残業をさせられている、くらいになります。ただ、それだと日本語として立たないので、苦しむにしました。足したのは僕です。それは言っておきます」
足したのは僕です、と言う先生を初めて見た。教科書は、足したとは言わない。
「で、このあと、こう続きます」
先生は黒板に三行、書いた。
あるものは、必要以上にわたしたちを苦しめる。
あるものは、必要になる前に苦しめる。
あるものは、苦しめる必要がまったくないのに苦しめる。
「大きくするか、前倒しするか、でっち上げるか。分類が好きな人なんです。ローマ人はだいたい分類が好きです」
教室のあちこちで、ペンが動いた。僕も写した。
写しながら、僕は二行目を見ていた。
必要になる前に、苦しめる。
まだ一文字も書いていないレポートの、まだ誰もつけていない点数。
先生はもう次の話をしていた。船に金を貸す話だった。
「海上貸付というのがありまして。船に金を貸すんですね。無事に港に着いたら、高い利息をつけて返してもらう。沈んだら、元本ごとなかったことになる」
先生は黒板の隅に、船のようなものを描いた。
船としては、四十点だった。
「ここで必ず揉めるんです。沈んだかどうかを、誰が確かめるのか。目撃者は全員、同じ船に乗っていますからね」
笑いが起きた。先生は描いた船を、黒板消しで消した。
話はそこからローマの利率に移り、利率の上限を守らない金貸しの話に移り、その金貸しが金を出した穀物の輸送に移って、船はとうとう港に戻ってこなかった。
六時十九分、先生は腕時計を見た。見たことをなかったことにしかけて、やめた。
「すみません、長くなりました。終わります」
教室のあちこちで、ノートを閉じる音がした。
「レポートの件はシラバスのとおりです。一月の最終講義で出してください。テーマは自由です」
前のほうで手が挙がった。
「採点基準は」
「教えません」
即答だった。
「理由も、言いません。理由を言うと、それが採点基準になってしまうので」
教室が笑った。僕は笑えなかった。
この人は、たぶん、本気でそう言っている。




