↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の囁き ~旅~  作者: 西玉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

2 古都奈良で

 勇者を見つけると、俺は隠れようとした。相手をするのが面倒だったのだ。

 だが、間に合わなかった。

 クラスメートの背後に飛び込もうとした俺の襟首が、勇者の分厚い指に挟まれた。

 現代っ子の身軽な俺は、勇者に軽々と持ち上げられてしまった。


「罪は償ったのか?」


 俺が聞くと、勇者をはがははと笑う。


「我には、王の免状があるのだ。それを見せれば、我を捉えることなど出来ない相談だとわかろうというものだ」

「そんなに便利なものがあるなら、どうして使わない」


 この日までに、勇者には何度も迷惑をかけられていた。何でも許されるなら、俺が下げたくもない頭を下げる必要などなかったのだ。


「王の免状だと言ったであろう。かの国は、法治国家でな。王ですら、法に裁かれる。かの国で罪となることに関しては、効果がないのよ」


 勇者がいたのは、いわばファンタジーの世界だ。新幹線の屋根の上に張り付いて落下したことが、それがどれほど迷惑であっても、罪にはならないのだろう。

 俺は、勇者が復活した翌日のことを思い出した。


「例えば……無銭飲食か?」

「まあな」


 俺は警察に呼び出されたのだ。


「他に、どんなことが罪になる?」

「人を殺しては駄目だな」

「そりゃそうだろう。他には?」

「知らん」


 勇者は悪びれることなく言った。

 俺は奈良に向かう電車に乗りながら追求する。しっかりと勇者も乗り込んだが、修学旅行に参加することは認められているので、無賃乗車ではない。


「自分の国の法だろう。どうして知らないんだ」

「誤解しているようだが、王の免状は、国王から特別に授けられたものだが、我は勇者、一国に縛られるわけにはいかぬ。行く先々の法を調べて歩く趣味はない。憲兵が集まれば、免状を見せる。そこで通じなければ初めて、罪を犯したと認めるのよ」

「なら、ああいうのは?」


 俺は、電車の中で年寄りの前で寝たふりをしているサラリーマンを指差した。


「あれがどうした?」

「お年寄りに、席も譲らない。ああいうのを、びしっと注意してみせるのが勇者だろう」

「当然よ。見ておれ」


 勇者は言いながら、揺れる電車内を大股で歩き、吊り革に捕まっていた年寄りを突き飛ばした。


「貴様、所属は?」


 サラリーマンは目覚め、倒れた年寄りを助け起こした。


「貴様、勇者を無視するとは無礼であろう」

「待った、待った」


 年寄りを助け起こしたサラリーマンに、勇者は食ってかかった。俺が間に入る。


「おじいさん、大丈夫ですか? その男に突き飛ばされたんだ。警察を呼んでくれ」


 サラリーマンは叫ぶと、転倒した老人を庇うように覆い被さった。


「貴様! まだ言うか!」


 勇者がサラリーマンの胸ぐらを掴み上げようとした。俺はその腕に飛びついた。


「勇者、暴行は罪か?」

「それはまあ、大抵の国で罪になる」

「免状は使えないぞ」

「あっ……うむ。おい、お前、お年寄りには席を譲れ」


 サラリーマンに殴りかかる勢いだった勇者が、ぐったりしたままの老人を座席に座らせる。


「おい。この人、不味くないか?」


 言ったのは、どうやら本気で眠っていたところを、勇者に叩き起こされたサラリーマンだ。

 勇者に突き飛ばされてから、確かに喋っていない。

 俺が見る限り、かなり顔色が悪い。


「おじいさん、大丈夫ですか?」


 俺は老人の肩を叩こうとした。その俺の手が、いかつく分厚い手に掴まれる。


「なんだよ」

「暴行はいかん」


 勇者だ。俺の言葉尻を捕まえたつもりなのだろうか。


「人命救助は罪じゃない。この世界ではな!」

「なんと! 早く言わんか!」


 勇者はガハハと笑うと、青い顔をして、どう見ても具合が悪そうな老人の前にどっかと座った。

 被っていた兜を脱ぎ、床に置いた。


「おい、勇者、何をするつもりだ!」

「知れたこと。人命救助じゃわい」


 勇者は言うと、長いないだ被りっぱなしで、フケと頭皮の脂、汗がこってりとついた兜の中に、懐から出した得体の知れない黒焼き、何処にでも生えていそうな草、カビの生えた果物を入れ、太い指で混ぜ始めた。


「おい、そんなもの、何にするつもりだ」

「なんだ、万能の霊薬エアレンヴィルを知らんのか。勇者復活の儀式より、よほど簡単だぞ」


 勇者は言うと、自分の耳を指差した。

 今は、俺の耳には栓がしてある。

 異世界の情報を自由に聞けるわけではないため、意味はないと思いながらも、俺は耳栓を抜いた。


 しかも、移動している電車の中である。異世界側での位置も、同じ速度で動いているはずだ。

 だから、聞きたい情報が都合よく聞けることは決してない。

 そのはずだった。


『グヘェ! なんじゃこりゃあ。エアレンヴィルかあ?』

『あんなインチキ霊薬と一緒にするな』


 時間にして、数秒のことだろう。

 そんな会話が、突然俺の耳に飛び込んできた。

 勇者は、捏ねた物体を老人の口元に運んでいた。


「あっ……」


 間に合わなかった。


「グヘェツツツツツツッ!」

「勇者! じいさんを殺す気か?」

「笑止! 人命救助だと言ったであろう!」


 勇者は断言する。その勇者の顔に、老人の胃の内容物が襲いかかる。


「わしを殺す気かあ!」

「我を殺す気かあ!」


 勇者と老人が同時に怒鳴った。


「あっ……おじいさん、元気そうだな」


 サラリーマンが言った。実際、まだ自分の喉の奥に指を突っ込んでいるが、血色は良さそうだ。


 ※


 電車が奈良駅に着いた。

 老人とサラリーマンにののしられながらも、どうにか警察を呼ばれることなく乗り切ったのだ。


「向こうの異世界で、エアレンヴィルを『いんちき霊薬』だと言っていた奴がいたぞ」


 改札を出て同級生の列に並びながら、俺は勇者に突っ込みを入れた。


「作って直ぐでなければ、効果が失われる。必要な成分に、勇者の肉体の一部が必要だ。そんなもの、本物を飲んだ者は限られている」

「不味いのは不味いのか?」


 俺が言うと、勇者は真顔で答えた。


「霊薬に味を求める方が間違っていよう。それより、赤子のほうはどうなった? 何が起きたか、わかったのか?」


 俺は、勇者が何を言っているのか理解するのにしばらく時間を要した。

 新幹線の車内でのことだ。

 俺が、左耳から鳴き声が聞こえると言ったことから、勇者が新幹線の上によじ登ったのだ。

 俺は勇者を追い払った後、楽しくクラスメートとカードゲームに興じた。

 その間のことは聞いていない。


「ああ。俺は赤ん坊の泣き声なんか聞いていない」

「なにっ! 貴様、我を謀ったのか?」

「俺は、鳴き声が聞こえると言ったんだ。赤ん坊には聞こえなかった。どちらかというと、恐竜みたいな……」


 勇者は俺をじっと見つめる。奈良の街中で、公園から逃げ出したシカが、勇者の手を舐めていた。

 さっきの薬草が臭っているのかも知れない。


「恐竜とは、なんだ?」


 勇者は、単に理解できていないだけだった。

 クラスメートと歩きながら、俺は恐竜を説明した。

 恐竜の説明を受けた後、勇者は言った。


「……王国の近くに、足つきアナコンダの群生地がある。あの強烈な長馬車は、その間を通過したのだ」

「異世界のことだろう。それが問題か?」

「東京から京都まで、ずっと聞こえていたのだな?」

「ああ。東京というより、新横浜の手前からだが」


 正確には、ずっとではない。途中で耳栓をしていた。だが、京都駅でも聞こえていたのだな。


「……新横浜なら、すぐ隣だな」

「すぐ隣というほど、近くはないが」

「そうか? 東京から15分ほどだ。いくら新幹線が速いと言っても、2里はあるまい」


 勇者の1里が何キロかわからない。

 俺たちは奈良公園に入り、勇者はシカに囲まれた。


「まだ距離があることはわかった。さっき、電車の中で声が聞こえたのだろう。どの位置だ? 足つきアナコンダには、管理棟と監視の巫女がいる。正確な場所が知りたい」

「何かができるわけじゃないだろう」


 奈良公園のシカは天然記念物だ。免状を出した王国では、希少生物を保護する法があるらしく、勇者の免状が効果を持たない可能性がある。

 勇者はシカに懐かれ、時には体当たりをされながら耐えていた。


 俺は仕方なく、同級生たちから離れた奈良公園のベンチで、地図を取り出した。

 勇者に請われて、常に持ち歩いているのだ。


「俺が勇者を復活させたのはここだ。鳴き声が聞こえたのはここからここの区間で、ここでエアレンヴィルのことを不味いという声がした」


「勇者の肉体の一部がなくては、霊薬は効果を持たない。足つきアナコンダの巣にいる人間は監視の役人と巫女だけだが……霊薬を使わなくてはならないような事態が起きているのだ。傷薬はあるはずだ。なら、霊薬に頼らざるを得ないなら……誰が死にかけているのだ」


 勇者の言葉に、俺は首を振る。


「復活の儀式なんて……あんたの時はたまたまだ。何度も成功するものか」

「呪文を忘れたのか?」

「いや……覚えているけど、ほかにも条件がある。猫と四六時中だらけているとか、新月の夜とか……」


 勇者は、力強く頷いた。


「新月なら今日である」

「何? 本当か」

「うむ。この世界は、毎夜月に尋ねなくても、月が一つである故に楽なのだ。新月……全ての月が消えるのは、本来15年に一度しかないというのに」


「ああ……そりゃ、条件が悪いな」

「うむ。かの世界では、猫は不吉な生き物とされ、怠惰に猫と戯れる奴などおらぬ。復活の魔法は、まさにこの世界でしか実現せぬのだ」


 勇者はベンチの上で、シカに顔を舐められながら言った。

 相手は天然記念物なので、勇者は相手にしないことに決めたらしい。

 結果として、シカにいいように舐めまわされている。もちろん、物理的にである。


「復活の魔法は……場所が重要だろう。あんたの時はたまたまだったんだ」


 俺が言うと、勇者は地図上を指差した。


 「この一帯が、足つきアナコンダの群生地で、管理棟がここにあるはずだ」


 新幹線が通過した場所と、霊薬を罵倒した声を聞いた場所を、勇者が指差す。


「死人が出たとすると……誰なんだ?」


 俺も、勇者の話を全く無視するわけに行かず、理解する振りをした。

 勇者は大きく頷く。


「霊薬を作っていた本人たちが、霊薬が必要だったとはかぎらぬ。足つきアナコンダの群生地で、霊薬を使ってでも生きながらえて貰わねばならぬというのは、巫女のみだ」

「足つきアナコンダの巫女か? あまり、重要そうな人には聞こえないが」


「無礼者。足つきアナコンダの巫女などおるものか。巫女殿は、極めて重要な地脈の集まる場所に住まうものだ。足つきアナコンダの群生地が広がったのよ」

「では、監視塔とは無関係なのか?」

「うむ。我が復活した位置がここなら……巫女殿の宮殿は、この位置のはずだ」


 勇者が地図上の一点を指差した。


 それは、俺たちが今日泊まる予定のホテルがある場所だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。