3 緑地の巫女
新月の夜でなければ、復活の魔法は効果がない。
ホテルに行きたがる勇者を宥めながら、俺は再びクラスメートと合流した。
東大寺で大仏を見て、勇者は魔王だと雄叫びを上げ、その場の全員で粛清した。
盧舎那仏に切り掛かる中年を高校生が集団で締め上げ、なんとか警備員が駆けつける前に黙らせることができた。
最後に『ならまち』の夜を堪能し、本当に新月なのだと思いながら、俺が割り当てられた部屋に入ると、ベッドの上で縛り上げられた勇者が転がされていた。
驚きはない。
俺がやったからだ。
勇者の拘束を解く。
「貴様! この裏切り者! 魔王の仲間だったのだな!」
口から外したのは成功だった。手足から自由にしていたら、鍛え上げた勇者によって、ばらばらにされていたかもしれない。
「何が魔王だ。お前が倒そうとしたのは盧舎那仏……俺もよくは知らないが、人間を救おうとしている存在の……像だぞ」
「……像だと? あの巨大なものが……像だと?」
「そうだ。動かなかっただろう」
「それは……そうかもしれないが……どうして、あんな巨大なものを作る必要がある?」
「この話、続けたいなら調べるぞ。夜が明けるが」
「それは駄目だ。復活の魔法は、今日でなければならんのだ」
「では、宣言しろ。奈良の大仏さんは、いい奴だ」
「動かないのでは? いや。わかった。言えばいいのだろう。奈良の大仏さんは、いい奴だ」
「よし」
勇者は、言ったことは守る。その程度の信頼関係は築いている。
俺は、全身の拘束を解いた。
「仕方ない。昼間のことは忘れよう。意見の相違はあろうが、貴様が魔王の味方をしようとしていたわけではないことはわかった。まず重要なのは、巫女殿がもし死んでいた場合、復活できるのは猫と怠惰な生活をしていた貴様だけなのだ」
「巫女が死んだかどうか……あっ……死んでいるな……」
修学旅行で宿泊したホテルは、異世界の巫女の神殿に近いらしい。
俺は、ホテルに戻ってから耳栓は外していた。
「何が聞こえた?」
「誰か、年寄りの声だ。『次の巫女を探さねばならない』だと」
「次の……くそっ、あの予見の巫女に、代役などいるものか」
勇者がくやしそうにベッドを叩いた。
「予見の……未来が見られるのか?」
「ああ。あの巫女の言う通りに賭けて、負けたことはない。正式には、緑地の巫女だった。次の……というなら、緑地の巫女についてだろうがな」
俺は、つい勇者の尻を蹴飛ばした。
「博打じゃないか。本当に重要人物なんだろうな」
「我にとってはな」
勇者は隠さなかった。だが、巫女が異世界にとって重要な人物だという発言はなかった。
単に、勇者の私情で死なせたくなかっただけらしい。
「くっ……ま、まあいいや。俺にデメリットがあるわけじやないし……もしその巫女が復活したら、俺にも一口乗せろよ」
「俗物が」
「お前に言われたくない」
俺は言いながら、復活の呪文をメモしたノートを取り出した。
勇者の勧めで持ってきたのだ。もともとは世界史のノートにメモしていたが、携帯できるように書き写していた。
今日は新月だ。条件は満たしている。
呪文を唱えるだけだ。
俺は、ノートを読み上げた。
勇者が険しい顔をする。
「それでは、勇者しか復活せん。巫女の復活には呪文が違う」
「俺は、他の呪文は知らない」
「古代ガルガチュア語だな。全体はわからんが……勇者のという言葉が出たのはわかった。その部分を、巫女に変えなければならん」
「俺が知っているはずがないだろう」
「我が知っておる」
勇者が言った。それから、どの部分をどう変えればいいのか、勇者に何度も治された。
勇者は1発で復活したのに、俺は発音が悪いと言われたのだ。
どうやら、勇者の発音だけ、日本語にかなり近いらしい。
古代ガルガチュア語による巫女の発言をなんとか、勇者が納得いく程度には習得し、俺は汗を拭った。
「巫女はどこだ?」
「……異世界にいるんじゃないか?」
当然尋ねた勇者に、俺は驚いて口にしていた。勇者がいきりたつ。
「我はこの世界に来た。同じように復活しているなら、巫女もこの世界にきているはずだろう!」
「俺は、復活の呪文を唱えただけだ。異世界に紛れ込んだのは、勇者の力じゃないのか?」
「どうして、我にそんな力があるのだ?」
「それは……俺が知るはずがない」
「我の力ではない! 巫女殿がこの場にいないなら、復活は失敗だ! もう一度だ!」
勇者の剣幕に押された。
断る理由も見つからない。
だが、戸惑う俺に、チャイムの音が響いた。
部屋に、誰かが来た。
「み、巫女殿か?」
「いや……俺のところに遊びに来た、クラスの女子かもしれない」
男子校というわけではない。修学旅行に参加している同級生の半分は女子だ。
「それはない」
なぜか勇者が断言する。
「どうして?」
「とにかく開けるぞ。我の部屋だ」
「俺の部屋だ」
部屋代をだ出しているのは、修学旅行に送り出してくれた両親だ。
俺も偉そうなことを言える立場ではないが、少なくとも勇者は何もしていない。
「どなた?」
勇者を黙らせるには、俺が開けるしかなかった。
扉を開けると、見た目にも凄まじいほどの高齢の女性が、古びた白い衣を纏って立っていた。
「……あなたは……」
「その衣は、緑地の巫女殿……巫女殿か?」
「なんじゃ?」
否定して欲しそうな勇者の言葉は、無惨にも否定された。
「勇者、会いたかったんじゃないのか?」
むしろ震えている勇者に、俺は残酷な問いをした。
「貴様……何をした?」
「その者が、私を復活させたのか?」
老婆の背後から、しわがれた別の声がした。
「誰?」
出来れば関わり合いになりたくなかったが、反射的に尋ねてしまった。
「わしじゃ」
勇者の言う緑地の巫女の背後から、ひょっこりとさらに皺の激しい老婆が顔を見せる。
服は古びている。だが、同じだ。
「緑地の巫女」
勇者が呟くように言った。
「そうじゃよ」
3人目の声だった。
勇者が声を出すより前に、俺は勇者の肩を掴み、部屋の中に引き摺り入れ、扉を閉めた。
「おおい、わしを復活させておいて、その態度はなんじゃぁっ!」
声が意外に響く。ドアがどんどこと叩かれる。
時間はない。俺は、勇者に尋ねた。
「巫女の住む場所……神殿だからなんだかわからないが、ずっと変わっていないのか?」
「ずっとでもあるまいが……300年前には、同じ場所にあったはずだ」
「300年だって……」
俺は言葉を失った。勇者が俺の肩を掴む。
「我が言ったではないか。発音が悪いと。どうするのだ? お前、何を呼び寄せた?」
俺は、勇者を睨みつけた。
「失敗じゃない」
俺が言うのと同時に、耐えきれなかったドアがばたんと開いた。
老婆の群れが、巫女の衣装で雪崩れ込んでくる。
「うわぁぁぁぁっ!」
勇者が飛び退る。
「俺の呪文は、ちゃんと効果を発揮したんだ。発音だって問題なかった。だから、300年前からの歴代の巫女が、こうして復活した」
「わ、わかったから、なんとかしろ。お前は、緑地の巫女の恐ろしさを知らないのだ!」
「なんとかって、復活した方達を殺すわけにはいかないだろう」
「どうせ、長く生きない。年寄りどもだ。追い出せ」
「お年寄りには、優しくするものだろう」
俺の言葉を聞いた巫女たちが、安心したようにつくろぎだした。
その中で、ただ一人立ち上がった。
「その通りよ」
どうして気づかなかったのか。老婆の群れのインパクトが強すぎたのだろう。
一人だけ、若い女性がいた。同じような服は巫女服なのだと、その女性がいたからこそわかる。
「緑地の巫女、デュアレ!」
勇者が立ち上がり、両腕を広げた。
巫女の老婆たちを踏み越え、自分がデュアレと呼んだ若い巫女の前に進み出る。
老婆たちが目に入っていないのだ。
老人を踏み越え、広げた両腕で包み込もうとした瞬間、巫女が動いた。
勇者の頬を巫女の平手が打ち、綺麗な高い音を響かせ、勇者がくずおれた。




