1 復活した勇者と修学旅行
俺は、高校の修学旅行に参加した。
余計なものが一緒だ。被保護者同伴での参加を許可された。
もちろん、旅費は2人分支払わなければならない。
「……今時、高校の修学旅行が奈良かねぇ……」
同級生のぼやきが聞こえる。
俺は同意しようとした。中学校の修学旅行も奈良だったのだ。
比較的近い。だからこそ、旅費も安めに抑えられ、被保護者も参加が許されたといえる。
「待てい! お主、耳栓をしているではないか。異世界の情報を入手したくはないのか!」
俺の被保護者が、同級生の輪に加わろうとした俺の前に回り込む。
手に耳栓がある。
俺の左耳につめた耳栓を抜いたのだ。
「まだいいだろう。まだ東京だ。何度も聞いた。場所を移動していないんだ。聞こえる情報に、目新しいものはない」
俺は、幼い頃から左耳に奇妙な音が聞こえていた。
空耳や難聴ではないかと疑われたが、どうやら、俺の左耳には異世界の音や会話が入ってきていたのだと判明した。
いや、証明された。
俺が左耳で聞いた勇者を復活させる呪文を唱えると、異世界で死んだ勇者が、現代で復活したのだ。
勇者はディンと名乗った。いかつい風貌の、あまりにも逞しい男で、背中に巨大な剣を担いでいるが、ほぼ鉄板にすぎないため、銃刀法には違反しないようだ。
これが、俺の被保護者である。
頭のおかしい勇者気取りで、俺からひとときも離れようとしない。
少しでも多く、異世界の情報を聞き、なんとか対処しようとしている。
この勇者は、俺が以前に聞いた限りでは、独断専行が過ぎて、味方に毒を盛られて殺された。
どうやら、魔王に対して懸命に対処しようとしているようだ。
現在のところ、どれだけ異世界の情報を仕入れても、勇者には何もできない。
それでも諦めず、勇者は俺から離れない。
「場所が変わっていないからといって、重要な話をしていないとは限るまい。いいか。王と大臣の執務室の間には、壁一枚しかないのだぞ」
「……王には、娘はいるのかい?」
「うむ。それはそれは麗しい姫で……」
「近くに住んでいるのか?」
「うむ。王の部屋の奥……ま、待て! お主、姫様の秘密を知ろうとしているのではなかろうな!」
「だったらどうする?」
「邪なやつ。こうしてくれる!」
勇者が俺の左耳に、耳栓をつめた。
どうやら、勇者は姫に憧れを抱いているらしい。
どう見てもいかつい中年の男が姫に憧れを抱いているというのも、俺から見れば滑稽だが、勇者がいた世界では普通なのだろう。
※
残念ながら麗しい姫の話は聞けないまま、俺は同級生たちと勇者と、一緒に新幹線に乗った。
京都駅で乗り換える予定だ。
同級生たちは修学旅行の計画をたて、カードゲームをし、お菓子を食べ比べている。
俺は、厳しい中年男に睨み続けられている。
「どうだ? 何が聞こえる?」
勇者の手には耳栓がある。普段、俺の左耳に詰まっているものだ。
「誰かが泣いているな」
「……赤ん坊か?」
確かに、俺の耳に泣き声が聞こえる。鳴き声と言うべきかもしれない。
「あんたの世界には、このスピードで移動できる赤ん坊がいるのか?」
「このスピードだと? 大した速さではあるまい。電車だというのは、すでに知っておるぞ。見ろ。景色があんなにゆっくりと流れているではないか」
勇者が窓の外を指差した。
外では、日本が誇る霊峰富士がゆっくりと移動している。
「そりゃ、遠いからだ。これは東海道新幹線の『ひかり』だから……最高時速は285キロだって聞いたことがある」
「……ふむ。それは、なかなか速いのか? しかし、我の愛馬赤武者には及ぶまい」
勇者は感心したような顔をしたが、負け惜しみを忘れない。負けず嫌いなのだ。勇者だからだろうか。
「俺は、あんたの世界の馬を知らない。あんたがそう言うなら、そうかもしれないな」
「ああ。電車というのは、いわば巨大な馬車だろう。赤武者とは比べものにならん。ふむ……では、泣いているのは馬車に乗った赤子か? 赤子を抱いているのは誰だ? あやしているのではないか?」
「……新幹線の正確な速さを知らないと、俺が聞いているのがどんな人なのか、判断できないだろう」
なにしろ、ずっと聞こえている。一定の音量で聞こえている以上、新幹線と同じ速度で、同じ方向に移動している何かだ。
「それはそうだな。新幹線の外に出れば、体感できようが……」
「名古屋には停車する。外に出て見ろ。京都駅ならそれほど遠くないから、しがみついていればいい。その間は、聞こえた言葉は全部メモしておく」
「わかった。頼むぞ」
勇者に請け負った。富士山ははるかに通り過ぎ、新幹線は名古屋駅に停車した。
京都駅は名古屋駅から30分ぐらいだ。
俺は、到着前の最後の勝負に興じているカードゲームに混ざった。
もちろん、左耳には栓をしてある。
「おい、いいのか?」
俺がカードゲームに混ざると、隣の男子学生が自分の左耳を指差した。
「ああ。問題ない」
実際のところ、さっき俺の耳に聞こえていたのは、赤ん坊の泣き声などではなく、巨大な怪獣を思わせる咆哮だった。
聞き続けても何も変わらないだろう。
「ギャアアァァァァッッッ……」
名古屋を出発してしばらくして、天井のある上から濁声の悲鳴が聞こえてきた。
上を見ても、当然何も見えない。
俺は視線を窓に向けた。
名古屋を出発し、凄まじい速度で景色が流れていく。新幹線ひかりの最高速度に達していると思われる。
その景色を台無しにしていたのは、マントの下に軽鎧を着込んだオヤジだった。
景色と一緒に流れていく。
『安全確認のため、1時停車します』
アナウンスが流れた。新幹線にしては、珍しいことだ。
新幹線はしばらく止まっていた。
外が騒がしい。
大人たちの阿鼻叫喚が聞こえる。
扉が開いた。
「おいっ! お前! どういうことだ! 死にかけたぞ!」
駅員さんに押さえ込まれながら、勇者が腕を伸ばして俺を指差した。
「俺は何も言っていないだろう。お前が勝手に飛び出したんだ。新幹線の上に乗ったのか? どうだった? 赤ブシュより早かったか?」
「赤武者だ。我が愛馬を、吹き出物呼ばわりするな!」
「わかった、わかった。いいから、早く罪を償ってこい。修学旅行が台無しになるだろう」
「くっ……おのれぇぇぇっっっっ!」
勇者は駅員さんに引きずられていった。
新幹線が再び出発し、俺たちは京都駅に着いた。
奈良に行くためには、乗り換えなくてはならない。
奈良にむかうホームで、俺はいかつい中年を見つけていた。




