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第一章 測れない距離











 何度こうして生まれ変わっただろう。けれど、約束は果たされない。


 あの頃の言葉通り、彼は私の前に現れる。だというのに、彼は私の前を通り過ぎていく。何も覚えていないのだ。

 そうして、18になると勝手に死んでいく彼を何度も見送った。


 何の因果かそれは約束をした彼が死んだ歳だった。




 どれだけ経っても彼は会いになんて来ない。思い出すことさえしない。けれど、私には彼がわかる。


 約束は捻じ曲がった状態で叶えられ続けている。




 本当は私から会いに行けばよかったのだろう。

 声をかけて関係を築いて、そうすれば彼は思い出したかもしれないし、思い出さなくてもそこそこ幸せだったろう。

 けれど、私は怖かった。彼の熱のある視線が冷たくなるのが。冷淡な目で切り捨てられたらと怖くて逃げ出してしまった。


 そうして、何度も繰り返す。


 いつの間にか、死に目に会えるだけでも幸せなのではないかと思うようになっていた。

 まだ私が魔女として生きていたあの頃、彼より先に死んでしまったことが思いのほか心残りだったから。…彼だって私に見送られる方が嬉しいだろう。


 そんなことを考えていたからいけなかったのだろうか。私は彼と同い年に生まれ、そして同じ高校に通うことになってしまった。






◆◆◆






 高三の春、私は彼が通う高校に転校することになった。

 百歩譲ってそれはいい。巡る度に、彼の近くで生きてきたのだから、いつも通りと言われればいつも通りだ。

 それに、強制的に関わらざるを得なくなれば、寝ても覚めても頭から離れないこの祈りが叶うかもしれない。呪いになった約束を解くという祈りが。


 けれど、これは想定外だ。イレギュラーが過ぎる。




 彼は私を視界に映した途端、ボロボロと涙をこぼし始め、そして、「会いたかった」と私を抱きしめた。


 どうしてこんなことになっているんだろう。


 何度も繰り返した私は彼への気持ちがもう擦り切れて、恋や愛なんて感情からは変容してしまっている。だというのに、彼のこの反応……。


 私は今更彼と恋愛を始めなければいけないとでも言うのだろうか。






◆◆◆






 あの後、彼はその場で自己紹介しようとした。けれど、私たちがいたのは学校の廊下という衆目を集める場所で、さらに言うなら、彼が私を抱きしめた瞬間、耳がキーンとなる程、周りは絶叫し、騒然としていた。

 だというのに、彼は周りが見えていないかのように私しか見ない。

 そんな状況で話ができるはずもなく、私は彼を引っ張って校外に出た。あの場に留まるなんて冗談じゃない。

 そもそも庶民に生まれた癖に、なんで王子なんて呼ばれているんだ。確かにあの頃と変わらずキラキラしい見た目をしているとは思うけれど。

 今後の生活を思うと溜息しか出なかった。




 ところで。


「後ろの可愛らしい少女は知り合いか?」


「ううん。知らない子だよ」


まるで汚れを知らないかのような無垢な笑顔を向けられて頭痛がしそうだ。100%嘘じゃないか。


 彼女は学校にいる時から彼の後ろを陣取っていた。そして、今も私を射殺しそうなほど怨みのこもった視線を向けている。

 だというのに、隣のこの男は素知らぬ顔だ。どう考えてもおかしいだろう。


「そんなわけないだろ……。すごく睨まれてるんだが?」


「ごめんねぇ。すぐ言って聞かせてくるよ」


「待て」


振り返って今にも彼女を傷つけに行きそうな雰囲気のこの男に頬が引き攣る。

 思わず、性格違わないか?という言葉を吐き出しそうになった。私の中の彼は品行方正な王子様だ。けれど、どうやら違うらしい。


「ん?なあに?」


私が声をかける度に嬉しそうに微笑むこの男に後ろからの殺気が酷くなる。


「……害はないから、いい」


私は苦い顔で彼にそう言うしかなかった。

 全然良くはないけれど、この男を注意に行かせれば事態が悪化するのが目に見えている。


 この男とは言葉を交わすだけでも一苦労だ。魔女であった頃はそうでもなかった気がするのだけれど。……いや、二人でしか会話をしたことがないからそう思うのかもしれない。

 遠目に他人と居るところはよく見たけれど、本来魔女とは関わり合うものではないので、声をかけたことはなかった。

 にしたって彼女に対する冷たさはいかがなものかと思うけれど。


 ぐだぐだと考えているといつの間にか、手頃なコーヒーショップに到着していた。

 私たちは注文したドリンクを手に、席に座り向かい合った。


「俺は海って言うんだ。会えて嬉しいよ。ほんとに会えて……うれしぃ……」


泣き出した海に苦笑が漏れる。


 えらく簡単に泣くものだ。

 海の泣いた姿を見たのは後にも先にも私が死んだ時くらいだ。後は何度繰り返したって泣いた姿を見たことがない。一人で泣いたのならわからないけれど、それでも世間一般で泣くシーンで泣いていなかったように思う。


「はいはい、泣くなって。私はみことだよ」


机に頬杖をつきながら、雑に名乗る。


 私は涙さえ枯れ果てている自分にがっかりしていた。初めて海が死んだ姿を見た時は、干からびそうなほど泣いたというのに、今では涙一滴溢れそうにない。

 死ぬほど焦がれた再開なはずなのに、私の心はあまり動いていなかった。


「あの!」


声のする方へ顔を向けるとそこには後ろを付いてきていた少女が立っていた。彼女は目を釣り上げて鬼のような形相になっている。


 笑っていれば可愛いのに勿体無い。


「海を虐めないでください。泣かせるなんて最低です!」


なるほど。確かに私が泣かせたように見えるかもしれない。学校でも私の顔を見て泣き出したし、悪く見ればここまで私が無理矢理連れてきたようにも見えるだろう。また、海の泣き顔を苦笑しながら見ていれば、海贔屓で見れば虐めているように思われても仕方がない。

 どう弁解しようかと考えていると、海が代わりに返事をした。


「邪魔しないでもらっていいかな?みこととの大切な時間なんだ。見てわからない?」


海は王子様スマイルのまま辛辣な言葉を吐く。

 心配してくれた女の子に向かってこの言いようは少し非道ではないだろうか。海の先行きが心配だ。

 案の定、彼女は涙目になって何も言えずに去っていく。その時に私を睨むのを忘れないところには思わず感心した。


「それで、結局誰なんだ?」


「幼馴染と名乗ってるストーカー?」


少し考えてから海は言う。

 平然とそんな呼称を告げる海に彼女が可哀想になった。

 私を思い出した所為でこうなっているというのなら、すぐにやめさせたいところなのだけれど。

 そう思って、さっき飲み込んだ言葉がさらに悪いニュアンスを持って戻ってきた。


「お前、そんなに性格悪かったか?」


海は綺麗で作り物めいた笑顔でこちらを見た。そして、小さく首を傾げる。


「そんなに性格悪いかな?ただみことを優先したいだけなんだけど。あの頃だってみことだけがよくて、お見合い全部断ってたし」


そう言われて言葉に詰まる。知らなかった。


 あの頃の海が時間を見つけては会いにきてくれていることは知っていた。けれど、それは一過性のものだと思っていたし、そもそも結ばれるはずがない関係だった。魔女は人間と一線を画すものだから。海だってわかっていたと思うのだけれど。


 気づいていなかっただけで、もしかしてとんでもなく重い奴だったのだろうか。



──なら、どうしてすぐに思い出してくれなかったんだ



そんな考えが浮かんで、自嘲する。

 感情は磨耗している癖に、残滓が私の心を波立てる。こんな感覚、もうとっくの昔に無くなったと思っていたのに。

 もう海相手に何かを思い、期待して苦しくなるのは嫌なのに。


 私は海の幸せを願うだけでいたい。


「昔から思ってたけど、お前は馬鹿だな」


誤魔化すように冷めたコーヒーを揺らす。馬鹿は一体どっちだろう。


「えぇ、酷い!みことに一途なだけだよ?」


嘘ばっかりだ。私に気づかなかった時のお前を見せてやりたい。私以外に笑顔を振り撒く姿が──。

 思い出して少し息がしづらくなったような気がした。


「はいはい」


「あ、信じてないよね?あの頃からどうしてそうあしらうんだよ!魔女だからダメなの?でも、今はもう魔女じゃないよね?」


そう言われて体が強張る。


 そんな風に海を突っぱねていた時もあった。結局絆されているのだから世話ないのだけれど、それでも、海を頑なに拒み、そして惹かれた時間が確かにあった。


 あの頃の記憶に色がつく。懐かしさと共にチクリと痛みが走った。




 私は海の呪いを解きたいと共に、少しだけ関わるのが怖いと思った。











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