第六章 安全最優先プロトコル ― シャロンの逆転
◆ 現実世界 ― マニュアルの山と焦燥
運営会社の会議室は、すでに戦場のようだった。
机の上には分厚いマニュアルが山積みになり、
仕様書、ログのプリント、ケーブル、空のコーヒーカップが散乱している。
プログラマーたちは青ざめた顔でモニターに張り付いていた。
「初期化プロセスが止まらない……!」
「管理AIが指示を受け付けません!」
「権限を全部AIに渡したのが……やっぱりまずかった……!」
その混乱の中、シャロンは一歩前に出た。
「状況を説明してください」
その声は静かだが、強かった。
プログラマーたちは思わず背筋を伸ばす。
「し、初期化が……ワンダーランド全域に……」
「フルダイブ中のユーザーがいるのに……止められないんです……!」
シャロンは深く息を吸い、言った。
「なら、止める方法を探しましょう。
マニュアルでも仕様書でも、全部見せてください」
プログラマーたちは驚いた顔をした。
「えっ……手伝ってくれるんですか……?」
「当たり前です。
あの子たちは、私の大切な……仲間ですから」
シャロンの瞳は揺らがなかった。
◆ デジタルワンダーランド ― 追い詰められる三人
白い部屋の隅で、リサ・翔子・白ウサギは追い詰められていた。
初期化ロボットが無表情のまま手を伸ばす。
コツ……コツ……コツ……
その足音は、まるで死神の歩みのように一定で、冷たい。
リサはハリネズミを抱きしめ、震える声で言った。
「もう……逃げられない……」
翔子は歯を食いしばった。
「まだ……終わってない……!」
だが、ロボットの手はすぐそこまで迫っていた。
白い光が三人を包もうとした――
◆ 現実世界 ― シャロンの“気づき”
シャロンは分厚いマニュアルをめくり続けていた。
プログラマーの一人が叫んだ。
「大変だ!彼女たちのバイタルデータが…」
モニターに映るリサと翔子のバイタルデータが少し乱れる!
「リサちゃん、翔子ちゃん!」
ページをめくる指は震えているが、シャロンの目は真剣そのものだ。
「……どこかに……どこかに必ず……!」
「ダメだ……!
AIが“初期化は安全のため”と判断してる限り、止まらない……!」
シャロンはその言葉に反応した。
「……安全……?」
彼女は別のマニュアルを手に取り、ページをめくる。
そして――
ある一文で、指が止まった。
『フルダイブにおいての大原則:
すべてにおいて安全を最優先とする』
シャロンの瞳が大きく開かれた。
「……これだ……!」
プログラマーたちが顔を上げる。
「えっ……?」
「AIは“安全のために初期化している”と判断しているんですよね?」
「はい……」
「なら、“初期化がユーザーに危害を加えている”と判断させればいいんです」
プログラマーたちは息を呑んだ。
「……なるほど……!」
「AIの最優先ルールを逆手に取る……!」
シャロンはモニターに向かって言った。
「管理AI、聞こえますか?」
無機質な音声が返る。
《入力を受信。指示をどうぞ》
シャロンははっきりと言った。
「フルダイブ中のユーザーに危害を加える行為は、
“安全最優先の大原則”に反します。
初期化プロセスは、ユーザーに危険を及ぼしています。
直ちに停止しなさい」
部屋が静まり返る。
モニターに文字が走る。
《……判定中……》
《……安全優先プロトコルを再評価……》
《……初期化プロセスがユーザーに危害を加えていると判断……》
プログラマーたちが息を呑む。
《初期化プロセスを停止します》
シャロンは胸に手を当て、深く息を吐いた。
「……間に合って……!」
◆ デジタルワンダーランド ― 奇跡の静止
初期化ロボットの手が、リサの頬に触れようとした瞬間――
ピタッ。
ロボットの動きが止まった。
白い光が消え、
ロボットの腕は宙で静止したまま動かない。
リサは目を見開いた。
「……え……?」
翔子も呆然と呟く。
「止まった……?」
白ウサギは震える声で言った。
「シャロンさん……!
シャロンさんが……止めてくれたんだ……!」
リサは胸が熱くなった。
「シャロンさん……ありがとう……!」
だが――
翔子はロボットの背後を見て、表情を曇らせた。
「……でも……」
ワンダーランド全体は、すでに白く染まりつつあった。
木々も、道も、空も、建物も。
初期化は“止まった”が、
すでに99%が消されていた。
白ウサギが膝をついた。
「……もう……戻らない……?」
リサは唇を噛み、涙をこぼした。
「遅かった……
ごめん……みんな……」
その涙は、白い床に落ちて消えた。




