斑点
カンタレラは足をもたつかせながらクーシャの元に向かう。
小刻みに震えるクーシャは時折ごぼっという音を立てて血反吐を吐く。カンタレラは何もできずに慌てふためくことしかできない。
「クーシャ...?」
カンタレラはクーシャの弱った姿なんて見たことがなかった。見るとも思っていなかった。
なんど声をかけようがクーシャが目を開けることも、返事をすることもない。
「クーシャ?クーシャ!」
反応がないクーシャを擦る。手を滑らせて床を塗りつぶす血に手をついた。じっとり重く鳥肌が立つような感覚をカンタレラは初めて感じる。薔薇は美しい、しかしその美しさの下には棘だらけの肌が隠れている。知りさえしなければ美しかったものも知れば汚れてしまう。
「なに、これ...?」
血塗れの手に見えたのは白い肌でなく、黒い斑点に覆われた醜い手指だ。
「嫌、嫌嫌!」
カンタレラは手を何度も擦り泣き喚いた。カンタレラの視界が狭まっていく。暗い屋敷の中で1人、カンタレラは誰の助けも得られずに泣くことしかできなかった。
「クーシャ...何とかしてよぉ...」
泣きじゃくるカンタレラの声にもクーシャはやはり答えない。カンタレラはボロボロと涙を溢しながら死体のように冷たいクーシャの体に抱きついた。
「なんで、こんなことしてるんだろ...クーシャは、これを何度もやってた。私は...」
カンタレラはハッとして立ち上がる。狭まった視界ももう元に戻って、頭も妙にスッキリしていた。
「早く、でもどうすればいいんだろ」
クーシャのそばから離れ玄関まで走ってから気がついた。カンタレラは助けを求める先が思いつかなかったのだ。頭をフル回転させてカンタレラは一つの結論に辿り着く。
「ザンディア...!毎回私が体調崩した時にいたし、きっとザンディアなら何とかしてくれるはず!」
踵を踏み慣らされた靴を履き大きなドアに体当たりをして屋敷を飛び出す。
外はもう真っ暗でほとんど何も見えないほどだった。何となくの感覚で屋敷から街への坂道まで辿り着く。ポツポツと松明の明かりが見える。
「確か、ザンディアは北の方から来てたような?とにかくいくしかない...!」
カンタレラは気合を入れて北への道を走る。あっているのか間違っているのかすらわからないま、カンタレラはただ走る。
「クーシャ!私が!ゲホッ。絶対に助けるから!」
腕を精一杯振り、人生で一度も経験したことがないほどの運動をする。ゼエゼエと息を荒げ何度も止まってしまう。
「ゴホッ、ゼヒ。はあ...はあ。ゲホッ」
カンタレラはもう喘息のような音を立てて息を吸うのもやっとの状態。今自分がどこにいるのかも、もはやわからない。ふらふらとおぼつかない足取り、しかしカンタレラは止まらなかった。何度も転んで何度も泣きそうになったが歯を食いしばって走り続ける。
「おい」
「あっ」
突然誰かに話しかけられる。思わず振り向いたカンタレラは足ものと小石に気付かずにまた転んでしまった。一回転して仰向けで地面に倒れる。
空は驚くほどに綺麗な星空だ。街の明かりがない空は何もかもを隠さずに晒していた。
「嬢ちゃん、こんなところで何をそんなに急いでるんだい?」
「そうさ、今はもう夜も更けて人もほとんどいないぜ?」
「行きたいところがあるなら私が案内してあげよう。さあ、早く起き上がりなさい」
カンタレラは仰向けのまま起き上がれなかった。身体の疲労はもちろん、もう一つとてつもない違和感を感じたからだ。
「どうしたの?早く起きて?カンタレラ」
声は何人もいる。しかしその声は一つの場所から続けて再生されるように聞こえるのだ。正確な時間をカンタレラはわからなかったがこの時間にいる人間は野蛮な人間か、魔物の二択であることは理解できた。
「お嬢様、どうして無視するのですか?」
しかしその声には体が勝手に反応してしまった。




