クリス
その言葉を最後に箱は閉じた。部屋の中の蝋燭が全て消える。ドアが勢いよく閉まり、二人に繋いだ糸がピンと引っ張られる。一瞬にして暗転した部屋は宵の暗闇よりも黒かった。
「待て!ダメだ、ああクソッ!」
ザンディアは必死で箱をこじ開けようとするが元から一つの角材であったかのように箱はびくともしない。
ガタガタと部屋全体が震えるように揺れる。棚から薬瓶が落ちる音がいくつも聞こえた。
「クーシャ!カンタレラ!クソ!クソ!」
ザンディアは手探りでドアを探し、ドアノブを回す。しかしドアが開くことはない。内側で何かが押さえつけているようにドアノブは固く、ザンディアも腕力以てしても動くことはない。
「クーシャ!?返事しろ!」
ザンディアはドアを何度も叩く。ふと視界の端に何かぼんやりと光るものが見えた。振り返るとカンタレラの体にびっしりと生えた斑点が微弱な光を発しながら少しずつ消えているのだ。
「カンタレラ!よかった...これで...」
ザンディアの背筋が凍り付いた。ドアの外から聞きなれない声が聞こえるのだ。苦痛に呻うめくく声とベッドの上で藻掻きまわる音。
ザンディアは我を忘れてドアを一心不乱に蹴りつける。何度も何度も。
「そんなことしなくても、今会わせてやるぞ」
少し開いた箱から声が聞こえると、びくともしなかったドアが急に開け放たれる。
「クーシャ!クーシャ...!」
ザンディアは目の前の光景に絶句した。
「ザンディ...アっ、目が痛いよ...」
クーシャは見るも無残な姿だった。目を必死に抑え苦痛に身をよじらせていた。いつもの毅然とした態度とはかけ離れた、惨めにすら思えるその様はザンディアから言葉を奪う。
「悪魔が...!」
「悪魔だぞ?」
箱の声は悪びれるわけもなく絶えず嘲笑を続ける。クーシャの目から血が流れる。ベッドから滴るほどに。
「そんな姿をこれから見続けるのは、お前とて辛いだろう」
「...何が言いたい」
部屋の端で小さく動く箱の扉が開く。少ししか開いたことのない箱が限界まで開かれ、中からツギハギだらけの細腕がぬるりと這い出てくる。
あらゆる生き物の肌を切って貼ってしたのだろう、どう見ようが異形の姿をしている。ツギハギの全身が少しずつ見えていく。
「やあザンディア、この姿で会うのは初めてかな」
「....」
身体中ツギハギまみれの悪魔は礼儀正しくお辞儀をした。しかしその顔は半笑いで敬意など微塵も感じられない。
「改めて自己紹介をしよう。私はクリス、悪魔だ」
血を流し続けるクーシャを手当てしながらザンディアはクリスに返答する。しかしクーシャの目はザンディアの思っていたよりも酷いものだった。まるで、眼球を摘み出されたようだ。
「お前とて愛する人のそんな姿、見ていられないだろう?」
「だまれッ!!」
地面を叩きつけてザンディアは怒鳴る。ザンディアの荒れる感情に比例してクリスは嬉々として嘲笑った。
ツギハギだらけの体を縛り付けるようにピッタリとした露出の多いドレスが舞うようにザンディアの視界の端を揺れる。
「そうカッカするな。私に敬意を払ったほうがいいぞ?この怨嗟を終わらせる唯一の手段をお前に教えてやろうと思ったところなんだからな」
なに?、ザンディアは手当ての手を止めて思わず振り返った。
不敵に笑う口と蛇のように裂けた瞳孔がザンディアを見つめる。
「その方法を教えろ...すぐにだ!」
「敬意を払えと...」
ザンディアは立ち上がりクリスに一歩ずつ近づいていく。クーシャの呻き声とザンディアの足音は似ているはずもないのに一つの音のように聞こえる。
「方法を、教えろ!」
ザンディアはクリスの首と腕を掴み壁に押しつけた。少し骨張った体は脆化した枝のように弱々しい。強く握ったザンディアの手も、あまりの細さに力を緩めてしまった。
「ん"っ、ずいぶん、大胆だなッ...」
「気持ち悪いこと言うな。早く方法を教えろと何度言えばいいんだ」
ザンディアは歯を噛み締めるように話す。時計の秒針がカタカタと音を立てた。この空間では誰も時間を気にしない。それでもなお動き続ける時計は羨ましいほどに仕事熱心だ。
「...誰?」
全員の視点が一箇所に集まった。気づけばクーシャの呻きも聞こえなくなっている。
「ここ、どこ?クーシャ!?いないの!?」
若干涙目でカンタレラはクーシャを呼んだ。カンタレラは知らない水槽に放り込まれた熱帯魚のように怯えながらザンディアとクリスを見つめた
「カンタレラ、落ち着いて。お、私は君の味方だ。クーシャは今別のことで忙しくてね」
「お医者さんがなんでうちにいるの?あたし悪いところなんて何もないよ!」
パニックのカンタレラは声を荒げてザンディアから後ずさる。白衣を着て、顔全部を白で覆っているザンディアはカンタレラから見れば見ず知らずの人間に他ならない。
「お前、ザンディアがわからんのか?」
黙っていたクリスが急に口を開いた。途端にザンディアはクリスの方を両手で塞ぐ。親切心に近い気持ちで言った一言を全力で塞がれクリスは足をばたつかせた。
「黙れ...!色々あるんだよ、とにかく俺の素性は明かすんじゃねえ...!」
ザンディアは小声でクリスに耳打ちする。
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