喪失
「ふむふむ、なんとなく状況は理解した。聞く義理もないが聞いてやらん理由もない」
クリスは腕を組みザンディアの前で仁王立ちしながら答える。カンタレラは寝台の上でクリスのツギハギを凝視していた。
「気持ち悪いだろう?もっと近くで見るか?」
カンタレラの視線に気づいたクリスは腕をぐいっとカンタレラの前まで寄せる。カンタレラがクラスの手に触れる寸前でザンディアがクリスを羽交い締めにしてカンタレラから引き剥がした。
「やめなさいカンタレラ、ばっちいぞ」
心外だな、羽交い締めにされたままなぜか少し嬉しそうな顔でクリスはいった。
「お医者さん、クーシャはどこ?あたしひどいこと言ったから謝らないと...」
寝台から降り、ドアの方に向かっていくカンタレラの前にザンディアが立ち塞がる。今のクーシャをカンタレラに見せるわけにはいかないと大きな体でドアを覆った。
「お嬢ちゃん、ちょっとこっちにおいでよ」
クリスが湿度の高い、じっとりした声でカンタレラを呼ぶ。ザンディアと話す時の嘲笑に塗れた声と打って変わって微かに優しさをのぞかせていた。
「よく聞けお嬢ちゃん、クーシャは今外で魔物を狩ってるんだ。最近ここらではスライムがよく湧くからな」
「本当に?スライムなんて初めて聞いたよ?」
クリスはカンタレラにバレないようザンディアに目配せをした。それに気づいたザンディアは音を立てないように外のクーシャのところで向かう。クーシャは袖を噛み締め、声を漏らさないように堪えていた。
ベッドは血でべったりと塗れている。ザンディアに気づいたクーシャは転がり落ちるようにベッドから降り、ザンディアの足にしがみついた。
「カンタレラは、起きたんだよな?さっき、声がしたはず...どうなんだ?」
片目は完全に見えていないようだ。眼球喪失による反応で平衡感覚を失ったのか立ち上がることすらままならない。荒い息をして、いつもの毅然とした態度を崩し焦るクーシャにザンディアはゆっくり答えた。
「ああ、カンタレラはもう平気だ。お前と違ってな」
クーシャは視線をずらしながらはは、と誤魔化すように笑った。暗い廊下には風が吹き込んでいる。朝開けた窓が誰にも閉められずに開け放たれているからだ。
「もうこんなことはやめろ。次は俺がやる。いいな?」
「前も言っただろ?細胞の切れ端になるまでやめないって」
クーシャはザンディアの体をよじ登るように立ち上がる。何度も体勢を崩してザンディアに抱きついてしまう。
「肩かすぜ...無理しすぎだ」
「いや、いい。自分で立ってお嬢の会わないと...示しがつかない」
ガクガクと震える足を押さえてクーシャは立ち上がった。クーシャは感謝の言葉と謝罪をザンディアに言おうと顔を上げた。しかし、ザンディアはどうにも目を合わせようとはしなかった。
◇◇◇
「それでな、私の兄の話なんだが...実は結構有名な海賊だったんだ。よく冒険の話を聞かされていたな」
「すごおお!その話聞かせてよ!」
クリスとカンタレラの話す声がドア越しに聞こえる。クーシャは最後に深呼吸をしてドアを3回ノックした。
「お嬢様、心配をおかけして申し訳ありません。クーシャはただいま戻りました」
目に包帯を巻き、手を前で合わせてクーシャはカンタレラに言う。
今にも倒れそうな血色だが、それを思わせないほどに姿勢よく立っている。
「クーシャ!さっきはごめんひどいこと言って...待って、その目...どうしたの...?」
「ああ、これはスライムが目に入っただけですよ?すぐ戻ります!」
カンタレラの顔はみるみるうちに曇っていく。月明かりだけが照らす薄暗い部屋の中でもカンタレラの曇りはよく見えた。クーシャの目の包帯に血が滲んでいる。カンタレラは口から出かけた言葉を飲み込む。四人いるはずの部屋は二人だけしかいないように感じられた。
「スライムの残りがまだいたので、全部片付けてきますね。すぐ戻ります」
クーシャはドアにもたれかかりながら外に出る。ザンディアも後を追って出て行く。
少し廊下を歩き、部屋から声が聞こえなくなったであろうタイミングでクーシャが口を開く。
「なあザンディア、うまくやれてた...か」
クーシャはよろめき姿勢を崩した。そしてそのまま床に伏し、嗚咽した。
「ああ、よくやってたよ。だがもう本当に動かないでくれ。眼球欠損のショックは気合いでどうにかなるものじゃない」
ザンディアはクーシャを抱えて魔法を唱える。
「上級回復魔法<ヒャルドルーバ>」
クーシャの体がふわりと宙に浮きぼんやりとした緑の光に包まれた。
「ザンディア...あ...」
魔法の影響でクーシャの意識は遠のきそのまま眠りにつく。ザンディアはクーシャの隣で手を合わせて跪く。
「頼む、クーシャは何も悪くないんだ...目を、返してやってくれ...」
天に祈りを捧げるザンディアの後ろからペタペタと裸足の足音がする。
「上級回復魔法は使用車の実力以上に運頼みなところがある。なんせ神の力借りるわけだからな。ご機嫌次第ってところさ」
「だまれ」
「そうやって冷静さを欠くといいことないぞ?なんなら僕の力を貸してやってもいいぞ。どうだ?」
クリスはゆっくりとザンディアに近づき顔を見上げる。成人女性の平均よりも大きく男性にしては小さい身長のクリスは女性的にも男性的にも見える。ヘビのように淫らに触れようとするクリスをザンディアは押し飛ばした。
「おい、か弱いレディ|《紳士》」を押し飛ばすとは、ひどい男だな。腸が出ちゃうだろ」
ヘラヘラと笑いながらクリスは床に足を伸ばして座った。
「さっきなんで俺を助けたんだ?お前になんの得もないだろ」
「私は自由なんだ、何をするのも僕の気分次第。あれはお前を見ていると昔を思い出してならなかったんだよ。いや、待てよ?これは私の記憶か?まあいい...とにかく、たまたまだ」
意味不明な発言をするクリスにザンディアは不気味さを感じた。クリスは自分のいったことを恥じるように顔を隠す。
「今のは無しだ。私は帰る。契約の話はまた今度、何かあるなら箱から呼べ」
そういうと、クリスの体はどろりと溶け赤黒い血溜まりに変わってしまった。




