浴槽と鬼灯
「おいクーシャ。そろそろ出てこいよ。もう何日そうしてるんだ?流石のお前でももうキツいだろ?一回出てきて話をしようぜ」
ドアをザンディアが強くノックする。屋敷の中はどうしようもなく荒れていた。ザンディアが異変に気がついたのはカンタレラがいなくなってから少し経ってからのこと。
「なあ、クーシャ。お前もわかってただろ?いずれバレるってことはよ。カンタレラのことは残念だが、もうクリスとの関係もなかったことにできる。自分の人生を生きてくれよ、クーシャ」
ザンディアが言い終えるタイミングでドアが勢いよく開いた。傷だらけの腕がドアを押している。クーシャは虚な目をして濃いクマをつけていた。
「お前は、お嬢が邪魔だったのか?」
「そんな、そんなことはない。俺はただ、削れていくお前を見ていられなかっただけだ!」
クーシャは細くなった手指でザンディアの胸ぐらを掴んだ。しかしその力は以前とは比べ物にならないほどに弱く脆い。
「私は、私はまだ!償い切れてないんだよ!腕をもがれても、足を砕かれても、まだ足りない。死んでもお嬢に謝罪する権利すらない...」
「それは違う。確かにお前のしたことは間違っていた。だがこれまでやり抜いただろ?並大抵の人間にお前のしたことは耐えられない。お前は十分やったよ」
きっぱりとしたザンディアの態度にクーシャは手の力を緩めた。下がっていく手に引っ張られるようにクーシャは仰向けに倒れる。床に体を打ちつける前にザンディアに抱えられた。
「おい!何やってんだよ!?それに、細すぎだろ。もういい」
そう言うとザンディアはクーシャを担ぎ上げ、ズカズカ風呂場に向かった。脱衣所まで連れていくとワレモノを扱うようにザンディアはゆっくり慎重にクーシャを下ろす。
「まず風呂に入れ。綺麗な髪がそんなボサボサだと勿体無いだろ。俺はその間飯の準備をしておくからな!」
そう言ってザンディアは脱衣所のドアノブに手をかけた。
「なあ...ザンディア!」
口から飛び出したような言葉にザンディアは後ろを振り向く。そこには顔を鬼灯のように赤く染めた1人の女性が立っていた。
「えっと、いやーその...風呂に入るの久しぶりすぎて、入り方忘れちゃったな〜...いや、なんでもない。忘れてくれ」
「おおい待て待て」
ザンディアの前で服を脱ぎ出したクーシャを止めるとクーシャの体温は燃えるほど熱くなっていた。
「ど、どうした?話が急すぎてついていけなかったんだが、なんだって?」
「こうなるから無かったことにしたかったんだッ!ほんの出来心だったんだ!離してくれえええ!」
クーシャはザンディアを突き飛ばして脱衣所のドアを勢いよく閉めた。まだ理解が追いつかずザンディアはしばらくフリーズする。
「な、なんだったんだ...?責任から離れた反動で混乱でもしてんのか??」
いまいち理解はできなかったが、悠長にしている今もなかったためザンディアは急足で調理場に向かった。
◇◇◇
「私は何がしたかったんだ...」
冷たいシャワーを顔に浴びながらクーシャはつぶやいた。自分自身なぜあんなことを言ったのか理解ができない。ついに気が狂ったのかと本気でクーシャは思う。
「お嬢から離れたせいなのか?それなら私はお嬢を疎ましんでいたのか?そんなわけは...」
無駄に広い浴室で、答えのない思考を反芻した。考えを巡らせるほどシャワーの音が強く、うるさく聞こえる。耳を切り裂くほどにシャワーが騒いだ瞬間今までの光景がフラッシュバックした。
「私は、何がしたいんだ?」




