物置
その一言でクーシャは握っていたクーデンの袖を離した。震える手を抑えながらクーシャは後退る。
「なんで、それを...?」
「5年も同じ場所で働いてたんだ。お前の癖の一つや二つ覚えてるに決まってる」
クーデンの口角がゆっくりと吊り上がった。そして低く響く声が2人の鼓膜を震わせる。
「実にいい呪術だったぞ。まあ正直言うとお前の顔を見るまで思い出せなかったがな」
クーシャは膝から崩れ落ちた。クーデンはそれを見下ろす。慈悲など微塵もない100%の嫌悪感が、クーシャに向けられていた。
「もう話すこともないだろう。この子は私が預かる。いや、もらうのが近いか」
そう言うとクーデンはカンタレラの頭をゆっくりと撫でた。そして優しく手を握る。その手はクーシャよりも細くてざらざらしていた。
「行こう、カンタレラ。今日からは私と暮らすんだ」
「え、でも...私は、なんでもない」
言いかけた言葉を押しつぶすようにカンタレラは下を向いて黙った。クーシャの嗚咽が聞こえたが顔を上げることはできない。
そのままクーデンに手を引かれゆっくりと屋敷から遠ざかっていく。
「ずいぶん素直にこっちに来るんだな。カンタレラ」
「この呪いの元凶と一緒にはいられない」
その言葉を聞きクーデンは口角を吊り上げる。声色もどこか支配的に感じた。
「そうかそうかそうか、いい判断だ。だが、私がどんな人間か君は知らない。そんなやつについて来ていいのか?」
「私を嬲り殺そうとしてた奴よりはマシでしょ」
自分で言っておいてなんだが酷いねえ、笑いながら言うクーデンの目は微塵も笑っていない。ひたすらに先を真っ直ぐに見つめるその目に正しく光がさすことはなかった。
しばらく歩くとクーデンは何もない空間を指で突く。波紋が広がるように空間が歪んだ。
「ここが私の家、クリンドの森の最奥だ」
そこはこちらの世界と別物に見えた。今の時刻は午前6:00ほどのはずだが、そこはもうすでに昼頃だ。
「悪くないところだろ?こっちと時間がズレてるが、そこ以外は落ち着けるいい場所さ」
「うん...」
歯切れの悪い返事にクーデンは怪訝な表情をする。しかしすぐに空間の歪みの方に視線を移しそそくさと歩いていってしまった。
慌ててカンタレラも歪みの中に入るとそこはなんの変哲もないように見える豊かな森林だ。
「...そんなにあいつがいいのか?」
目を細め高い位置から見下ろすクーデンの目はじっとり湿っていた。カンタレラは首を横に振り、てくてく正面に見える明かりの灯った家に向かって歩いていく。目を合わせはしなかった。
「悪くないだろ?お前の豪邸と比べればチンケなものかもしれないがな」
はは、カンタレラは俯き気味でクーデンの嫌味に愛想笑いを返す。クーデンはカンタレラの手を掴んだ。少し強い握力にカンタレラは顔を強張らせる。クーデンはカンタレラの手を引き、一つの部屋に案内した。
「ここは?」
「お前の部屋だ。ほぼ物置で悪いな。私も掃除する」
そう言うとクーデンはカンタレラに箒を渡す。カンタレラが?、と言う顔をしているとニヤリと笑ってクーデンは言う。
「こんなことに私が魔法を使うと思ったか?こう言うのはただやるのが一番なんだよ。親睦を深めるいいチャンスだしな?」
クーデンはドアの前でフリーズするカンタレラを置いてあらゆるものが積み上げられたダンジョンの中に消えていった。
「ちょっと、休みたかった...」
ほぼ徹夜のカンタレラには掃除といえどなかなかハードなことだ。




