Side Justice①
「今日という日を心待ちにしておりました、忌魅木社長」
ノアカンパニーの応接室。そこにデスクを挟んで向き合う2人の人物がいた。
1人はノアカンパニー代表取締役、忌魅木紅葉。来客対応用のスーツに身を包み、絹糸の様に白い長髪を1本に纏めたその容姿は、2年前の事件から更に大人びた雰囲気を醸し出している。
そしてもう1人、紅葉と対面している女性。碧色の髪に青いメッシュが走るミディアムロングの髪、まるで眠っている様な目つきに、紅葉よりも小柄で華奢な印象を与える身体つき。
「お初にお目にかかります。私、株式会社ネガイの代表取締役を務めています、葉月灼夜と申します」
差し出された名刺を受け取り、紅葉もまた名刺を差し出そうとする。
「あぁ、結構ですよ。貴女の事……貴女達の事はよくご存知ですので」
普通ならば、この時点で会議が中止になるであろう無礼な態度。だが紅葉は、灼夜の言葉と笑顔の裏にある不穏な気配に気づき、それを指摘する言葉を飲み込んだ。
「話をしたいと伺っております。アポイントも取らずに。この後の予定もありますので、時間は15分程しか取れませんが」
「15分もいただければ」
灼夜の瞼が僅かに開く。淡い紫の瞳が、無垢で凶悪な光を放つ。
「欲しい物を手に入れるには十分です」
刹那、ビルが大きく震え、何かが砕ける音が連鎖する。立ち上がる紅葉へ、アルゲンタヴィスフォンが映像を投影する。
ノアカンパニーの中で破壊の限りを尽くす、謎の兵士達。その出立に紅葉は見覚えがあった。見覚えしかなかった。
「リンドウ……?」
「本当ならこの会社に入れた時点ですぐに作戦を決行出来ましたが……あぁ、もう敬語で話す必要もないか。それでもこうして貴女に直接会ったのには理由がある」
灼夜の言葉に続く様に、面会室の扉が破壊された。次々と部屋に侵入して来るのは、《リンドウ》に似たスーツを纏う兵。
一見すればピュアフォームに似ているものの、胸部に小さな球体が埋め込まれ、手にした武器は何の機構も持たない剣や槍、ハンドガン。アッシュグレーの装甲も相まって、無骨な兵器を思わせる意匠だった。
「我が社のヒーローを盗用するのはやめていただきたいのだけど。それもテロ紛いの行為に利用するなんて」
「盗用じゃなくてリスペクト。まぁこんな会社の商品に敬意なんてないけど、兵器としては面白いから」
先程までの礼節を持った物腰は消え失せ、不遜な笑みを浮かべる灼夜。
「それで話の続き。サーバーノア、だっけ? あなた達が昔作った衛星。ここに回収された分を渡しなさい」
「ノアを……? もう二度と起動出来ない筈だけど……なんにせよ、アレも我が社の所有物。欲しいなら常識的な手段で交渉しなさい」
「はぁ……せっかく穏便に済ませたくて取引したのに、残念」
言葉とは裏腹に、灼夜は笑いながら人差し指を紅葉へ突きつける。同時に《リンドウ》達が一斉に武器を向けた。
「ならあなたは楽園に行く資格はない。さようなら、社長」
紅葉の命を狩るべく、《リンドウ》達が一斉に前へ踏み出した。
刹那、蒼い残光を描く飛翔体が《リンドウ》達を襲撃。出鼻を挫かれながらも、すぐに灼夜を守る様に取り囲む。
その一瞬の隙を突き、紅葉は一気に走り出した。目指す先は、外に面した窓ガラス。
「後の対応は代わります。研究開発主任……私の姉は優秀ですので」
そのまま窓ガラスを突き破り、飛び出す。高さは20階。普通ならば命はない。
(逃げられた。いや、それよりも今は)
灼夜は振り返った先に立つ影へ目を向ける。美しい白髪は所々跳ね上がり、蒼眼の下には濃い隈が浮かぶ。白衣の上にぶら下がるネームタグの名を、灼夜は読み上げる。
「ノアカンパニー研究開発チーム主任、忌魅木蒼葉……そう、あなたがプラグローダーの開発者」
「三徹明けには最悪の目覚ましだったわ……」
《Filter Set! Rewind Start!》
腰に巻かれたベルト型の装置、リワインドローダーへプレシオフォンが飛び込む。それを取り外し、右のサイドバックルへ装填した。
「変身……」
《Deep! Abys! Fang! Memory Revive!! Wake up Ocean!!》
プレシオサウルス、メガロドンのエネルギーを身に纏い、《ユキワリ》へ変身。
《リンドウ》達が一斉に襲い掛かるが、それらをプレシオウィップによる一薙で迎撃。灼夜の足元へ転がる《リンドウ》達へ《ユキワリ》は溜息を送る。
「スペックは開発初期よりも下。これじゃ兵器として使い物にならないわ」
「……その通り。でも所詮は数合わせの試作品、データ取り用の再利用だから」
灼夜は懐から1枚のコネクトチップを取り出す。
「次は完成品を見せてあげる。人類を楽園へ導く、真の英雄の力を」
スカートを僅かに捲ると、右太腿に巻かれた装置が顕となる。
そこへコネクトチップを装填。
《Innocent Shirder Mk.Ⅱ Plug in 》
紫の瞳が輝きを増すと同時、灼夜は床を貫かんばかりに右足で踏みつけた。
「変身」
《英雄 砕けぬ意志で敵を屠れ Anbreak the Hero》
その出立は正しく《ユキワリ》が、蒼葉がよく知る《リンドウ》の形態の一つ、イノセントシールダーそのもの。
だが美しい白銀であるはずの装甲は燻んだ灰色となり、全身に薄く青白いエネルギーラインが浮かび上がっている。
「偉そうに啖呵を切った割に、結局は色違いのパクリな訳」
内心、彼女の姿に戸惑いながらも《ユキワリ》は挑発してみせる。しかしそれを灼夜は小さく笑うだけで一蹴。
「この気取ったデザイン、結構気に入ってるの。リンドウって名前もね。でもそれだと正義のヒーロー様と名前が被るから」
盾に加え、手に小さな槍、スピアを生成。
「リンドウ・アイビーとでもしましょう。分かりやすくていい」
「何の捻りもない!」
《ユキワリ》が一気に駆け出し、跳び蹴りを放つ。それを《アイビー》はなんなく盾で受け止め、スピアを薙ぐ。
当然《ユキワリ》も盾を蹴り、宙返りと共に回避するが、
(ビクともしない……)
そこには傷ひとつなく純潔を保つ盾の姿があった。
だが《ユキワリ》には時間経過と共にデータを集積、対策プログラムを構築するデータシェアと呼ばれるシステムが存在する。いつまでも拮抗が続くことはない。
そこでようやく、《ユキワリ》は新たな異常事態に気がついた。
(データシェアが、機能していない……!?)
全くデータが集積されていない。解析進捗は0%を示したまま動かないのだ。
「何か宛でも外れた? 例えば」
その一瞬の戸惑いが、《アイビー》が接近する隙を与えてしまう。
「データシェアが役に立たないとか」
「っ!」
突き出されたスピアを間一髪、腕のブレードで軌道を逸らして致命の一撃を回避。だが肩口を僅かに抉る。
空いた《アイビー》の脇腹へ蹴りを入れようとするも、読んでいたように盾が阻む。
そのまま蹴り抜いて再び距離が離れる。
「データシェアの情報をどうやって……」
「教える義理なんてない。このままあなたを始末してもいいんだけど……」
口元に人差し指を当て、一瞬佇むと、《アイビー》は構えを解いた。
「そろそろ本命を果たさないと。今度の相手はもう少し骨があるから頑張ってね」
「はいそうですか、って返すわけないでしょう!!」
プレシオウィップを抜き放ち、《アイビー》を拘束しようとする。だが《アイビー》は盾を変形、弓へと変え、スピアを番える。
放たれたスピアは光の矢となってプレシオウィップを粉砕。そのまま《ユキワリ》を貫かんとする。
「そんなことまで!」
光の矢を蹴り落とす。だが再び顔を上げた時、《アイビー》の姿は無かった。
(本命……確か、衛星ノアの残骸を狙ってるって)
紅葉と灼夜の会話は、アルゲンタヴィスフォンとプレシオフォンを介して届いていた。だとすれば、
(すぐに向かわないと……って)
《ユキワリ》の足を止めたのは、社内に響く緊急アラーム。
『エントランスルームにて破壊活動を感知。スタッフは速やかに緊急避難誘導をお願いします』
「やられた……ていうより、やられっぱなし!」
「ふぅ」
ゆっくりと迫る地面を見つめ、紅葉は柔らかに降り立った。懐で待機させていたアルゲンタヴィスフォンが紅葉を吊り上げ、安全に着地させたのだ。
「あとはノアの残骸を……っ、はぁ」
先に見えた光景に、紅葉は思わず溜息を吐いた。
先程の《リンドウ》によく似た集団が会社の入り口を占拠している。更にその中には生物兵器 ── ジェノサイドと呼ばれている怪物に似た何かまで混ざっている。
入りきれずに外で蠢いていたグループが、一斉に紅葉の方を向いた。
「中は蒼葉に山神くん、睡蓮さんがいるから良いとして」
アルゲンタヴィスフォンへコネクトチップを挿入。スーツの上着を脱ぎ捨てると、腰に巻かれていたリワインドローダーへそれを装填した。
「社長にこの量の実務はどうかと思うわ」
《Purification Complete!》
そしてアルゲンタヴィスフォンをサイドバックルへ差し込んだ。
「変身」
《High! Wing! Flight! Memory Revive!! Wake up Sky!!》
怪鳥と翼竜のエネルギーが紅葉へ融合。彼女の姿を紅の戦士、《ネメシア》へ変える。
迫り来る烏合の群れへ、《ネメシア》は翼を大きく広げた。
「こっちです!! 早く逃げて下さい!!」
破壊の音、響き渡る怪物の絶叫、人々の悲鳴。それらの中を、稲守エリカの声が走り抜ける。
だがこの混乱。倒れたまま立ち上がれない女性をエリカの目が捉える。
「大丈夫ですか!?」
「足、が……ぅ……!」
見れば砕けた柱の破片が女性の左足へ突き刺さっていた。これでは走ることは愚か立つことすら出来ないだろう。
「掴まって下さい!」
エリカは迷わず女性へ肩を貸し、非常出口まで歩いて行く。
しかしそれを見逃す襲撃者ではない。《リンドウ》達の一部が、孤立したエリカ達を追跡。
このままでは確実に追いつかれる。だがエリカは決して振り返らない。
「変身!!」
《Quake! Fist! Rush! Memory Revive!! Wake up Ground!!》
この会社には、ヒーロー達がいるから。
「おらぁっ!!」
轟音と共に割って入ったタックルが《リンドウ》達を蹴散らした。機関車と衝突したかのように吹き飛ばされ、別の場所で暴れていた《リンドウ》や怪物へ激突。纏めて無力化した。
「山神くん、ありがとう!」
「悪かった! こっちに降りてくるまでだいぶ時間かかっちまった!」
山神真理 ── 《ホウセンカ》へ変身した青年は、襲い来る《リンドウ》を殴り飛ばしながらエリカを護衛。
「エリカー! その人で最後ー! あとは避難出来たよ!」
「睡蓮ちゃんありがとう!」
少し先で手を振る少女、睡蓮の元へエリカが辿り着くと、女性を彼女へ任せる。
「睡蓮、殿きっちりやれよ!」
「任せとけぃ! 山神こそ舐めプしてないでちゃっちゃと片付けちゃえコラ!」
「舐めプじゃねーよ! 会社壊さねぇようにやってんだよ!!」
《ホウセンカ》にはより強力な形態が存在する。だがそれでは会社もろとも破壊してしまう恐れがある為、使用を自主的に禁じているのだった。
エリカ達が避難したことを確認し、《ホウセンカ》は改めて襲撃者を確認する。
「リンドウのパチモンと……ジェ、ジェノサイド、か?」
疑問を呈したのは理由がある。まずジェノサイドと呼ばれる怪物は、何かしら実在の生物の特徴を持っている。
しかし目の前にいるジェノサイドに似た何かはのっぺりとした灰色、ゴリラに似た身体、鱗や体毛は一切なく、それどころか顔のパーツすら存在しない。
その代わりに身体中に刻まれた謎の模様と、背中に刺さった無数の試験管の様なパーツが埋め込まれ、存在感を放っている。
「なんか気色悪ぃな……」
「ッッッ」
加えてそのジェノサイド達は鳴き声を上げず、呼吸と同時に全身をビクビクと痙攣させ始めた。
「おわぁ急に気持ち悪い動きするなぁ!!」
「ッッッ」
ジェノサイド達が一斉に飛びかかる。そして背後から《リンドウ》の一団も迫る。挟み撃ちだ。
「あぶねっ!?」
《ホウセンカ》は咄嗟に地面を叩く。エネルギーが伝わった地面が牙の様に隆起し、周囲の敵を一気に突き上げた。
《リンドウ》達は沈黙。だがジェノサイド達は立ちあがろうと踠いている。
「だと思ってな」
《Playback Start!!》
それを見越して、《ホウセンカ》は既に出力を上げ終わっていた。
《Finale Stage!! グランドナックルフィニッシュ!!》
「全員!」
一撃。
「きっちり!!」
二撃。
「貰っとけコラァ!!!」
三撃。
流れるように打ち込まれた拳はジェノサイド達の身体を打ち砕き、爆発へ変えた。
「木っ端微塵……は?」
振り返った《ホウセンカ》はその様相に思わず絶句する。
確かにジェノサイドは倒されていた。だがその骸は全身は弾け飛んだのではなく、虫食い状になっていた。更に孔からは結晶のようなものが鉄筋のように飛び出している。
未だビクビクと震え続けている骸を前に茫然としていると、やがて塵となって消えてしまった。
「何だこれ……」
「ッッッ」
「ん? っ、えっ」
気を取られていて気づかなかったが、《ホウセンカ》へ残る集団が向かってきていた。更に言えば目前まで迫っている。
「やべぇボーッとしすぎて ──」
《Finale Stage ディープファングフィニッシュ》
「ひゅっ……!!」
と、その更に横から、巨大な鮫型のエネルギーを纏った何かが突貫。《ホウセンカ》が短い悲鳴を上げると同時に集団を呑み込んでいった。
「転校生ー!! 血迷ったのかコラァ!! 危うく俺まで」
《Final Stage ハイフライトフィニッシュ》
着地した影、《ユキワリ》へ非難の声を向けた刹那、今度は《ホウセンカ》の真後ろを巨鳥のオーラを纏った何かが通り過ぎていった。
無数の爆発音が少し離れた場所から聞こえるが、《ネメシア》は何食わぬ素振りで《ホウセンカ》へ向き直る。
「あら、そっちも終わったみたいね。桜くんが留守でも案外何とかなるじゃない」
「…………」
同じシステムで変身しているというのに、ここまで噛み合わないことがあるのかと、《ホウセンカ》は頭が痛くなった。
「サーバーセムは無事。だけど……」
サーバールームにて鎮座する巨大な装置、サーバーセム。無数に等しい機能があるが、とりわけ重要な蒼葉達が変身する為に必要なデータ転送を担っている要である。
だが問題はその隣、同レベルの警備レベルで管理されていたあるものが無くなっていた。
「ノアの残骸が綺麗さっぱり持っていかれてる」
「扉ぶっ壊すとか脳筋かよ」
「山神と一緒」
「あぁそうかよ、そっくりそのまま返すわ」
山神と睡蓮がいつもの如く小競り合いを始めるが、そんなことを咎める余裕はない。蒼葉は意図が理解出来ずに眉を顰める。
「私達を無力化したいならサーバーセムにも手を出す筈。なのに……」
「重要なのはサーバーセムを破壊しなかった理由より、ノアの残骸を何に使うか、だと思うけど」
後ろの階段から紅葉が降りてくる。
「社長、もう色々終わったのか?」
「えぇ。で、サーバーセムを破壊しなかった理由は多分これじゃないかしら」
紅葉が差し出したタブレット端末。そこにはサーバーセムのデータが、別の場所へ転送され続けている状態が示されていた。
「何処に送ってんだよこれ」
「金識町。草木ヶ丘市から大分離れた町に向かってる」
「分かってるならやめさせなさいよ!」
蒼葉はすぐにそれを中断させるべく、サーバーセムへプログラムを入力する。だが、
「サーバーセム、なんでデータ転送を止めないの……!?」
「私も同じことを聞いた。返答は、これ」
《未知のプログラムコードにより、あらゆるプログラムの介入が阻害されています》
「未知のプログラムコード……」
「……そういえばよ」
ここで山神が言葉を挟む。未知、という単語を聞いて思い当たる節があった為だ。
「さっき倒したジェノサイド……みたいな奴。なんかおかしかったんだよな。なんか倒しても、身体の一部だけ残ってて……」
すると隣立っていた睡蓮が何かを差し出した。結晶が生えた、ジェノサイドの一部だ。氷漬けになっているのは睡蓮のある力によるものである。
「きもいけど取っておいた。これ解析すれば何とかなるかな?」
「流石ね。……じゃ、あとは蒼葉の仕事かしら」
「ふざけないでよ。仮眠取ったら全員手伝って貰うから」
金識町。その名に蒼葉は覚えがあった。数日前にそこで発生した小さな反応。サーバーセムはそれを、看過できない異常現象だと結論づけた。だからこそ蒼葉は彼を調査に派遣したのだ。
刹那、サーバーセムは新たなメッセージを送った。
《どうか救ってください。楽園の完成が、世界の終わりへ変わる前に》




