Side Soulist′s①
朝日が昇る前に、輝蹟ユナカのいつもの1日は始まる。その日に並べるパンを、第一の繁忙期である朝までに焼き上げなければならない。
ここまでは手慣れている。人手が必要なのは朝日が昇り始めた時だ。そしてそれに合わせて、主役達が降りて来る。
「おはよう、ユナカくん」
「おっはようございまーす先輩」
「おはよう2人とも」
灰簾と翡翠が制服を身に纏い、店内の掃除を始める。これも最早見慣れた光景だ。
「あ〜、この匂いマジで飯テロ〜」
「うぅ……朝ごはん抜いたの失敗だったぁ……」
そんなやりとりを交わしている間に、やがて開店時間が訪れた。一番最初の客は、
「おはようございます」
「おはようございます!」
「琥珀くん、それに晶くんも」
見慣れた2人だった。
「晶くんはどれにするの?」
「サンドウィッチのランチセットをテイクアウトでお願いします、灰簾さん」
注文の品を棚へ取りに行く灰簾。対して翡翠はニヤけた顔を琥珀へ向けていた。
「刑事さ〜ん、残念だけど愛しの奥さんはお寝坊みたいですよ〜」
「まだ結婚してないよ翡翠ちゃん……」
「ほーほっほう、まだと来ましたか。惚気てんなよこの〜」
「ほんと……彼奴も良い加減」
「だぁぁぁ!! 寝坊したぁぁぁ!!」
騒がしい声、店が揺れるのではないかと思う程の足音。店内へ滑り込んできた影に、ユナカは呆れた視線を向けた。
「これで何度目の遅刻だ、ほたる」
「ごめーんお兄ちゃん!」
ほたるは笑いながら服の裾を直す。これも、見慣れた光景だ。
「あぁっ! 琥珀ちょっと待ってて!」
「いや僕はまだ注文してな ──」
「いつものでしょいつもの! ほいっ、ほいっ、ほい! はいこれ!」
ほたるは袋へ、クロワッサン、あんぱん、メロンパンを詰めると、半ば投げる様に琥珀へ渡した。
「ほたる……」
「あはは……いつも通り、ですね」
「むっ! どういう意味だよー晶くーん!!」
「むぎゃあ!?」
強烈なハグの洗礼を受ける晶。未だ他の客がいないからこそ見れる光景に、ユナカは笑みを溢した。
「そういえば、もう1人寝坊してる奴は……」
ユナカは2階で眠りこけているだろう、もう1人の住人の事を思い出す。
「ほたる、ザクロはまだ寝てたか?」
晶を弄り回すほたるへユナカは問う。だがその返答は、ユナカが想定していたどれとも異なっていた。
「ザク……? お兄ちゃん、誰、その人?」
「は……?」
目を丸くし、心配そうな目を向けるほたる。
「いや、お前ザクロは……会ってる、よな?」
「へ? 初耳なんだけど。その人ってどんな人?」
「どんな人って……」
しかし、説明しようとしたユナカの頭の中に靄がかかる。顔、声、思い出、その全てがぼんやりとしたままではっきりとしない。
「灰簾さん、ザクロのこと……」
「ザク……ロ……さん? えっと、お得意様、とか?」
「え……いや……だって」
「ザクロさんって、どんな人ですか?」
「まさかまさかの〜、先輩の想い人〜」
灰簾、琥珀、翡翠。3人の反応もまた、ユナカが思い描いたものとは違っていた。
「晶くん、ザク」
「ザクロさんって誰ですか」
ユナカの違和感は確信に変わる。晶は笑いながら答えた。それ自体は自然な反応だ。
だがその笑顔は、まるでその瞬間で一時停止したかの様に張り付いたものだったのだ。
「ザクロさんって誰ですか」
「ザクロさんってだれですか」
「ざくろさんってダレデスカ」
振り返ると、他の皆も同様の笑顔を浮かべ、何度も同じ言葉を繰り返している。
ユナカがフラグメントゲートを出現させるべく、左腕をかざそうとした時だった。
腕が掴まれる。咄嗟に振り払おうとした瞬間、腕を掴んだほたるの顔が至近距離まで近づけられた。
「そんなのいない方が、あなたにとってシアワセデスヨ」
真っ黒な瞳に、目元まで吊り上がった笑顔。それが見えたのを最後に、光景は途絶えた。
「っ!!」
「やっとお目覚めか」
ユナカの前に、色づいた景色と聞き慣れた声が戻ってくる。どうやらカウンターでもたれかかったままうたた寝をしていたらしい。声の方を向くと、そこにはザクロと晶の姿があった。
「ザクロ……」
「呑気な声を出してる場合じゃない。外を見たまえ」
ザクロが店の外を指差すと、晶はユナカの手を引く。
「街が、おかしいんです……!」
「……これは」
金識町は、止まっていた。
人々も、草木も、鳥も、風も。まるで時間が止まったかの様に。
更に異様なのは、
「笑っている……」
人々は皆一様に笑っていた。目覚める瞬間に見た、目元まで口角を吊り上げた不気味なものだ。
「目覚めるまで君も同じ顔してたんだがねぇ」
「は、はい……正直怖かったです……」
「そうか。……そういえば他のみんなは」
「水の錬生術師と風の錬生術師はユナカより少し早く目を覚まして、今は街を調査してもらっている。土の錬生術師にも連絡はつけている」
だがザクロは苦笑いを浮かべている。こういう顔をしている時、状況はあまり良くないということをユナカは知っている。
「問題は、今さっき彼等と連絡がつかなくなったことだ」
ザクロの手には、無断で拝借したと思われるユナカのスマートフォン。その画面は不自然なノイズが走り、明滅を繰り返していた。
「ついでに言えば、街から出ることも出来ない。カラスを飛ばして分かったが、どうやら金識町全体が結界の様なものに覆われている。間違いなく錬生術師の技術が使われているんだが……」
「何か気になることがあるのか?」
「いや、それとは別の技術が使われて ──」
ザクロの言葉を、近づく足音が遮った。
「ユナカさん、ザクロさん! 人がいます! 良かった、無事な人もいたんだ……!」
「いや……」
駆け寄ろうとした晶をザクロが抑える。その人物を見たユナカは2人を庇う様に前へ出る。
「お前達だな、金識町の錬生術師は」
黒紫色の髪の隙間から覗く桜色の瞳がユナカ達を睨む。
「ユナカ、その男は……」
「分かってる」
「どうやら気づいてるみたいだな。この状況なら当然か。なら話が早い」
男は右腕の袖を捲る。現れたのはフラグメントゲートに似た、しかしより近代的な技術の装飾が見て取れる装置。
「お前達を始末する」
ユナカはそれに、見覚えがあった。
(あれは、確か……!!)
続けて1枚の小さなチップを取り出す。それを装置へ装填する。
《Pure Armor Mk.Ⅱ Plug in 》
右腕を突き出し、空間を握り潰す様に握り込む。
「変身」
桜色の瞳を輝かせ、男は装置を閉じる。周囲を基盤の様な黒い円が取り囲んだ。
《英雄 物語に終止符を打て The End of Hero》
天使の翼の様なアイレンズは赤紫に染まり、身に纏う装甲は燻んだ灰色。その上を赤黒いエネルギーラインが走る。
それを見た時、ユナカの見覚えは確信へ変わり、そして新たな疑念が生まれる。
(あの時の……いや、何かが違う……!!)
応戦するべくユナカもフラグメントゲートを出現させる。
「ザクロ、ここは俺が!」
「そう言おうと思ったところだ! 頼んだぞユナカ!」
ザクロはユニコーンストライカーを召喚。晶と共にその場から去る。同時に、
「変身!!」
《炎舞・バースト!! イグニス・リーパー!!》
《リーパー》へ変身。一歩踏み出し、灰色の騎士と対峙する。
「金識町を妙な結界で覆ったのは何が目的だ」
「お前も少しは体験した筈だ。答えは出ている」
灰色の騎士は右手に剣を呼び出した。峰に複数の噴射口が備わった銀色の刃に《リーパー》が映し出される。
「良い夢を見た代償だ。この《リンドウ》の性能テストに付き合え」
剣から噴射炎が見えた刹那、《リンドウ》は《リーパー》の眼前にいた。
「ぐぅっ!?」
反応する間もなく斬りつけられ、《リーパー》は宙を舞う。地面に叩きつけられる前に身を翻すと、ヴィトロサイズを呼び出す。
「この調子じゃ」
再び《リンドウ》の剣から炎が噴射。今度は《リーパー》の直上を取る。
「データを取る前に終わるな」
(速い!)
ヴィトロサイズの柄で受け止めようとするが、空中で《リーパー》が再び加速。防御をすり抜け、《リーパー》へ一筋の軌跡を刻む。
「まだ、終わらない!」
しかし《リンドウ》からの追撃は受け止め、大きくヴィトロサイズを振るって距離を離した。
(時間稼ぎなんて言っていられない、一気に決める!)
早々に切り札を切ることに決め、《リーパー》は《ヘリオライトフェニックス・フラグメント》を装填する。だが、
「……っ、一体何が」
フラグメントゲートが反応しない。それは即ち、《イグナイトリーパー》へ変身できない事を意味していた。
「まだ終わらないんじゃなかったのか?」
その戸惑いの間は、《リンドウ》が距離を詰めるには十分すぎる時間だった。
峰から火炎を吐き出しながら振るわれた剣。その刃は《リーパー》の両足を斬り裂き、凍らせる。
「期待外れだがデータは取れた。お前でそれなら、他の錬生術師も《リンドウ》の相手にならない」
《Now Loading……Now Loading……》
剣を投げ捨てると、右腕の装置を3回スライド。拳から黒いスパークを走らせる。
「この世界の贄になれ、錬生術師」
「贄……!?」
《Update Complete》
《リーパー》の頭の中を疑問が過った刹那、《リンドウ》の拳が胸へと打ち込まれた。
「ぐぁぁぁっ!?」
足の氷が砕け、吹き飛ばされた《リーパー》は民家へ激突。爆発と共に散った。
「……逃げたか。小賢しい偽装だ」
しかし《リンドウ》は見抜いていた。民家へ衝突した瞬間、《リーパー》は自ら炎を放出して爆散した様に見せかけた事を。
「どのみちここからは出られない。次は必ず仕留める」
変身を解いた男の元に着信が入る。暗号化された電波でのみやり取りが可能な改造スマートフォンである。
『そっちの進捗は?』
「錬生術師と交戦した。戦い方からして炎だ。逃げられたが今から追跡はする」
『そう。こっちは今から社長と対談。予定通り』
「残りの錬生術師は他の2人に任せる。そっちは頼むぞ」
『えぇ。お願いね、影春』
通話を切り、再び歩き出す。
《リンドウ》 ── 橘影春が首に下げたチップは、冷酷な赤紫に輝いていた。




