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Decisive③

 

 《リンドウ》の光を浴びた《ソロモン》は、真の姿へと変容していく。

 炎と水晶が剥がれ落ちると、身体の至る所に亀裂が走る。やがて中から《ソロモン》の新たな身体が現れた。


 配線が剥き出しになった金属の腕、人形の様な陶器の腕、赤く濁った生身の腕。無数の腕が裂け目から生長し、自らを抱く様に絡みつく。割れた頭から歪んだ獣の頭骨の様な新しい頭部が現れると、全身から黒い水晶が無数に析出し始める。


 悍ましい異形へ変貌した《ソロモン》。それを見た晶の右眼は正体を看破した。

「アト……ラム……!?」

「そう、彼は既にアトラムに支配されていた。いや、敢えてアトラムの力を取り込む事で寿命という枷を外した」

 ザクロは淡々と、答え合わせをする様に呟く。

「でもそんなことしたらアトラムに乗っ取られて……」

「彼は錬生術師だ。紋章の力は弱いがね。普通ならアトラムは寄生できない。だがそれは生身の身体の時の、話だ」

「……まさか」

 今の、そして今までの話で《イグナイトリーパー》もようやく答えに辿り着いた。

「自分が作った人形に、自分の記憶とフラグメント、アトラムを組み込んだ……!?」

「文字通り生まれ変わったわけだ。理論上の話な上に再現性なんてまるでないがな。それだけ必死だったんだろう。アトラムに身体と魂を売り渡してまでも」


「それの何がおかしい……!!」


 力の一端を失い、ノイズが混じった声を絞り出す《ソロモン》。震える身体からは黒ずんだ水晶の欠片が落ち続けている。

「楽園を創り上げる為だ! それだけの覚悟と代償が必要だろう!! 私が成さねばならないのだ!! 真の幸せを願って続けた研究を、無駄にするわけにはいかない!!!」

 《イグナイトリーパー》、そして《リンドウ》は仮面の奥で表情を歪める。

 《ソロモン》は自分の計画を、自分だけで進めているかの様に話している。ならば、あの4人は彼にとって何なのか。過去に負った心の傷を抱え、それでも幸せを夢見て楽園に縋った、あの4人は。


「……それだけ真に楽園を望んでいたなら」


 《リンドウ》の口から想いが溢れる。

「こんな事をしなくてもお前の理想を分かってくれる人が現れたんじゃないのか。影春達みたいに」

 《ソロモン》の視線が《リンドウ》を向く。深淵の様な目で睨むが、《リンドウ》は臆さない。

 そして、《イグナイトリーパー》も一歩踏み出した。


「お前に必要だったのは……お前が欲しかったのは時間でも手段でもない。お前を理解して、夢を託せる様な人間だったんだ」


 楽園。人間が最適な生き方を歩む世界。それは確かに完全に見えて不完全な、行き止まりの未来しかないものだ。だが現実は誰もが強くはいられない。誰もが器用ではいられない。抗う力を持たない人間にとって、ソロモンが目指した楽園はどれほど素晴らしいものか。

 それは彼が楽園を証明したがっていた錬生術師とは対極。錬生術師は自他の心の傷を糧に理想を追い求め、戦い続ける存在。理解こそすれど、行き止まりの未来に共感など得ない。


 ソロモンは楽園を夢見ていながら、その楽園を求める人間を見てはいなかったのだ。


「私の理想を理解できない愚か者どもが、知った様な口を聞くなぁぁぁ!!!」


 それを認めない《ソロモン》は全身の黒水晶を針山の様に突き出した。

 《リンドウ》は一瞬で転移。《イグナイトリーパー》達の前に姿を現し、右手を振るって黒水晶を打ち砕く。そしてかざした左手から灰色の炎を打ち出した。

「そんな力で私を……倒せるものか!!」

 炎に包まれる《ソロモン》だったが、叫びと共に掻き消した。言葉とは裏腹に黒水晶は剥がれ落ち、身体から煙を吐き出している。

「……やはり少し足りない」

 しかしザクロは唇に指を添えて溢す。その意味を《リンドウ》も《イグナイトリーパー》も理解できていない。

「最後のダメ押しがいるってこと?」

「……ほんの少しでいい、時間を稼いでくれ」

「分かった」

 《リンドウ》はザクロの言葉を疑わず、意味も問わず、真っ直ぐ《ソロモン》へ向かっていく。


「貴様の力など所詮は」

「はぁっ!」

「ぐぅぉぁっ!?」

 迎撃に射出された《ソロモン》の黒水晶を全て瞬間移動で躱し、《リンドウ》は左拳を頭へ叩きつける。呻きながらも反撃の拳を振る《ソロモン》だが、再び瞬間移動した《リンドウ》に背後を取られ、

「この力は俺だけのものじゃない! 託されたものだ!」

「ぬがぉう!?」

 背中を蹴りつけ、よろめいた先へ瞬間移動して胸部へ右拳を打つ。そのまま灰色の炎を宿し、寸頚の様に拳を打ち込んで吹き飛ばす。

 これだけの猛攻を受けて尚、傷ついた《ソロモン》の身体は瞬く間に修復されていく。それを見た彼岸はある考えに行き着いた。

『サーバーが停止した分のリソースを自らの修復に充てているのか……』

 自らの夢が潰えたとはいえ、これまでに築いた全てをただ延命と目の前の障害の排除に費やす。小さな哀れみを抱くが、同時に厄介な状態である事に不安に苛まれる。

『この状態のソロモンを打破出来るのか?』

「出来る。ユナカと日向桜、この2人なら……いや、この2人にしか出来ない」

 彼岸の疑念に対しザクロは言い切ってみせる。そして《イグナイトリーパー》へあるものを差し出した。

「これは……」

 それはよく見慣れたもの、少し前まで使っていたもの。


 フラグメントエクステンダー。


「水の錬生術師から借りた」

「他のフラグメント無しでどうやって使う?」

「フラグメントエクステンダーの中には、今まで使ったフラグメントのエネルギーが蓄積されている。そしてそれは、今まで戦ってきたものも同様だ」

「……まさか」

 炎、水、土、風。それだけではない。


 光と闇。合わせて、6つのフラグメント。


「分かった。6つフラグメントの属性反発なら……」

「なら分かっている筈だ。その負荷は水の錬生術師が使う力の比じゃない」

 そしてザクロはもう一つのフラグメントを手渡す。透明でありながら、淡いオレンジの輝きを放っている。

「制限時間は10秒だ。……それまでに、決められるか?」

 気圧されそうになるほどの視線をザクロは向ける。

「……俺を誰だと思ってる」

 《イグナイトリーパー》は怯まない。フラグメントエクステンダーとフラグメントを受け取ると、


「お前の弟子だぞ。やりきってみせる」

 それをフラグメントゲートへ装填した。


《フラグメントエクステンダー!!》

《ハイブースト・フラグメント!!》


《マキシマム リアクション!!》


 フラグメントエクステンダーに接続されたフラグメントは6色の光を放ち、フラグメントゲートへ伝わる。

 《リーパー》、《イグニスサラマンダー》、《ヘリオライトフェニックス》は極彩色へ変化する。《イグナイトリーパー》を取り囲む様に6つの炎陣が出現。


「変身!!!」


 フラグメントゲートを開いた時、炎陣は《イグナイトリーパー》へと集結した。



《ゲート カイホウ!!》


《オールエレメント マキシマムバースト! イコール! イコール!! イコール!!! オーロラ・リーパー!!!》


《リーパー・サラマンダーの法則!! カウントダウン スタート!!》



 深紅のインナースーツに、赤、蒼、黄、翠、金、黒のラインが駆け巡る。ガラスの様に透き通る装甲は光を受けて虹色の反射を放ち、赤いアイレンズの縁も同様に虹の光を輝かせる。不死鳥の翼を模った外套は姿を変え、翼を模したスラスターとなる。


「10秒以内に、ケリを着ける!!」

《クリティカル・リアクション!!》


 新たな姿となった《オーロラリーパー》は、すぐさまフラグメントゲートを開閉した。

 同時に翼や脹脛、肘から6色の噴射炎が吐き出される。出力は一瞬の内に最高点へ達し、炎は揺蕩う陽炎から全てを焼き切るレーザーの様に収束していく。


「何を、しようがぁ!!」


 それに気づいた《ソロモン》は水晶の翼を広げて飛翔。電波塔の天井を突き破って空へ躍り出る。


「逃がさない!」

《Arc Loading……Arc Loading……》


 それを見た《リンドウ》はアークローダーをスライド。灰色の炎が翼となって背中から広がり、右手に宿った炎は揺めきと共に螺旋を描く。



 羽根の様に舞い散る灰の炎が極光に照らされて眩い輝きとなり、金識町に降り注いでいく。



「おおおぉぉぉっっっ!!」

 《ソロモン》は光に抗う様に雄叫びを上げ、自らの内に蓄えたエネルギー全てを両掌へ集結させる。電波塔に匹敵する程の長さとなった黒水晶の柱。その内部ではフラグメントエネルギーが高密度に圧縮されている。町に衝突すれば隕石の衝突と変わらない破壊が襲い掛かる。

 金識町はもちろん、力を使い果たした《ソロモン》もまた、自壊するだろう。


「そんな形で、君の夢は終わらせないよ」

 ザクロは空を見上げる。彼にとって最も残酷で、最も悲劇的な結末であっても。


《サラマンダー・オールエレメント!! アルケミック・デイブレイク!!!》

《Update Complete Noah′s Arc Finish!!》



 《ソロモン》を救う為に。



「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」」」



 2つの流れ星が、塔の頂から空へ向かって放たれる。黒水晶の柱へ衝突し、受け止めた。

 柱に亀裂が走り、内側からエネルギーが迸っていく。ただ破壊するだけでは衝突した時と同じ結末を迎えるだけ。


 《リンドウ》のアークローダーが再び波動を発する。柱の内側で唸る熱を鎮めていく。怒りと憎しみを受け入れる様に。

 《オーロラリーパー》のフラグメントゲートが再び光を放つ。柱の熱を吸収し、吐き出す炎の勢いを強めていく。絶望と悲哀を焼き尽くす様に。


 柱は砕けるのではなく、粒子となって消滅した。


「こんな、事が……!!?」

 夢の残骸、絶望と怨嗟の化身たる柱が打ち砕かれた。その事実を受け入れるまでの一瞬は、


「ごぁぁぁっ!!?」


 《リンドウ》の拳と、《オーロラリーパー》の蹴りが突き刺さるには十分すぎる時間だった。

 2人の炎に包まれ、身体が消滅していく最中、《ソロモン》は残火の様に燃える想いを吐き出す。

「何故だ!? 何故否定される!? 私は……私の夢は、間違っていたというのか……!?」



「お前の夢は間違いじゃない」

「誰かを救いたいって気持ちは、本物だった筈だ」



 それは決して慰めではない。2人の本心。《ソロモン》の思い描いた楽園を2人は否定した。だが、彼が楽園を望んだ想いは痛いほど理解出来たから。


「…………私は……何をやっていたんだ……」


 永い時の中、《ソロモン》はようやく理解し、夢から醒めた。




 空に一条の爆発が走る。同時に電波塔の麓へ《リンドウ》と《オーロラリーパー》が着地。

 同時に《リンドウ》のアークローダーは粒子となって消失、《オーロラリーパー》のフラグメントエクステンダーは白煙を上げて排出され、《ハイブーストフラグメント》は砕け散った。

 元の姿へ戻った《リンドウ》と《リーパー》は振り返らず、ただ無言で立ち続けていた。



 黙祷を捧げる様に。

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