エピローグ
「俺達がお寝むの間にそんな事がねぇ」
ソロモンを撃破してから1週間。時間が再び進み出したことで混乱に包まれた金識町がようやく落ち着きを取り戻し、警察も事件の後処理に取り掛かり始めた頃。
琥珀へ資料を届けに来た金弥は未だ信じられないといった様子だった。
「朝起きたら街がめちゃくちゃなのは流石にびっくりしましたよ。竜巻でも通ったかと思ったっすわ」
「今回はかなり危なかったです。僕達だけじゃきっと……」
「聞けば草木ヶ丘のノアカンパニーも事件に巻き込まれたんでしたね? ようやく世間の信用が戻り出した矢先に、災難な企業だ」
話し込みながら琥珀は資料に目を通していく。
主犯格であるソロモンはユナカと桜によって撃破され、証言は得られない。ソロモンが実在したことはザクロ達の証言やカラスの映像で立証されている。だがもう彼は裁けない。
生き残った4人の処遇を決めなければならない。
「癖が強い元軍人はともかくとして、みーんな未来ある若者。事情を知れば知るほど情状酌量の余地あり。どーすんすか?」
「それを決めるのは僕達だけじゃありませんよ。幸い怪我人や死者は出ていないので、そこは考慮してくれる筈ですけど」
そして琥珀は4人の供述書を読み進めていく。最後の文章は纏めたものではなく、話した内容そのままが記載されている。この場にいない銀一へ琥珀が頼んだ為だ。
『最初にソロモンの誘いに乗って皆を集めたのは俺だ。彼奴等は俺とソロモンに利用されただけ。3人に罪は無い』
『ソロモンの計画を基に襲撃計画の立案と指揮をしたのは私です。私に全ての責任があります』
『あの子達を止めなきゃいけない立場なのに、まんまと乗せられたお馬鹿な大人だけが裁かれるべきでしょう? 皆に知恵を貸したのもあたし。ほーらやっぱり私が一番悪いじゃなーい!』
『他の3人はソロモンに乗せられても仕方ない事情があった。下らない私怨で動いたのは我……私だけ、です。一番罪が重いのは、私です!』
読み終えた琥珀は思わず溜め息を吐いた。ソロモンの背景をザクロから聞いていただけに、やるせない気分になってしまう。
「直接的な被害を受けたのは電波塔とノアカンパニー本社ビルですからねぇ。どう転ぶかは両者の回答次第な所もありますが」
「はい。……どちらにしろ、今は僕らのやれることをやりましょう」
琥珀は書類を纏めて立ち上がり、歩き始めた。
「少し彼等と話してきます。もう一人の当事者の証言もあった方が助かるでしょうし」
それから更に数日後。
『次のニュースです。損傷した金識電波塔ですが、修繕費用をノアカンパニーが全額負担するという事で合意が得られました。ノアカンパニー代表取締役社長である忌魅木紅葉氏によりますと、自社のサーバーがもたらした被害であることに変わりはなく、我が社も責任を負うべきである、と述べているとのことです』
「ほぇ〜、紅葉ちゃん上手く着地させたな〜」
休憩時間。テレビを見ていた翡翠は感心した様に呟く。
「上手く着地させたって?」
「被害が出たのは電波塔とノアカンパニーでしょ? だから責任の所在を有耶無耶にしながら上手いこと後始末しておく〜って」
通りがかりに尋ねた灰簾へそう答えると、紅葉から渡された名刺をぼんやりと眺める。灰簾は感心した様子でニュースに目をやる。
「さすが天下の大企業……ところで、あの4人がどうなったか聞いてる?」
「それが話してくれないんだよねー刑事さん。守秘義務があるからーってさ。仲間なのにケチ臭いよね」
「仕方がないでしょ。……でもせめて、どんな処置が降りたのかだけでも知りたいものだけど」
「あの4人なら心配いりませんよ」
と、休憩に入ったユナカが現れる。
「あー! まさか先輩だけ刑事さんから聞いたな!? ズルいズルい!」
「ちょっと用事があったから教えて貰ったんだ。大したことじゃないんだけど」
「その用事って?」
灰簾からの問いに、ユナカはあるものを差し出した。今日の賄い料理であり、新作の試作品。それが答えだった。
「なるほどね。ユナカくんらしい」
「でもそれならメッセージカードとか書きたかったなー。あんなことがなかったら絶対仲良くなれそうなんだけど」
「それは大丈夫」
そのうちの一つを手に取り、ユナカは頬張った。
「次はきっと、お客さんとして来てくれるから」
静まり返った工房で一人、ザクロは机に頬をつけていた。
自らを機械人形に変えたソロモンは、永い時を経て作り上げたサーバーへ繋がり、初めに影春とコンタクトを取った。彼を通じて他の3人へ接触し、彼等を楽園の守護者として今回の計画を実行したのだった。
何故ソロモンが彼等を選んだのか。楽園に心動かされる者などこの現代には溢れかえっているというのに。だが今となってはそれを知る手段は無い。
「……ソロモン、私はあぁ言ったがね」
ザクロは何となく分かっていた。
「私に君を否定する資格は無いんだ。自分の夢を誰にも託せない……私は……君と同じだ、ソロモン」
ザクロが目をやった先。机に置かれた装置、悪魔の扉が彼女を見つめ返していた。
「んほぁ〜これが噂のジュエルブレッドの新作詰め合わせ〜!」
ノアカンパニー本社ビルの休憩室。ユナカから贈られたパンのギフトセットにかぶりつく睡蓮は感動の声をあげる。
「留守番任せちまったからな。エリカと睡蓮が先に選んでいいぞ」
「ふへへ、このパンもっちりしててうまぁ〜!」
「何もなかったから本当にただ留守番してただけなんだけど……あっ、美味しい!」
続くエリカもパンを口にし、目を輝かせる。山神も手に取り口へ運びつつ、隣でもう一つのギフトセットを堪能する蒼葉と紅葉へ目を向ける。
「うま……で、桜が使ったって言ってたノアの力は解析できたのか?」
「残念だけど残ってなかった。いえ、幸いって言うべきかしら。ノアにもう悪意はないらしいけど、その力自体を別の誰かに利用される可能性もあるし」
煌めく七色の砂糖菓子が散りばめられたパンを食べつつ、蒼葉はタブレットでデータを纏めている。それを側から、真っ赤なチョリソーパンを食べる紅葉が覗く。
「サーバーを止める力……確かに諸刃の剣ね」
「ノア、か。私も会いたかったな」
「残骸全部集めたらひょっこり出てきたりしてな」
山神の気の抜けた返答にエリカは思わず笑みを溢す。と、あの2人がいつまでも来ない事が気にかかる。
「桜達、遅いなぁ」
「なんかちょっと用事があるってよ。もうすぐ来るんじゃないか?」
ノアカンパニーのサーバールーム。そこの一角に、今まで桜達が回収してきたノアの残骸が収容されている。
「これ、ユナカの店のパン。めっちゃ美味いからお前にもあげるよ、ノア」
バスケットに入れたパンを残骸の前に置く。端末に入った彼岸もその場に同席していた。
この残骸にノアの記憶領域、つまり意思は無い。それは桜も彼岸も理解している。だが彼の力がなければこの事件は解決しなかった。
その感謝を伝える儀式のようなものだ。
「また会えるといいな。一緒に戦えても、戦えなくてもいいから」
『別の場所の記憶領域が残っていれば、不可能ではない』
「そっかぁ。じゃあこれからも頑張んないと」
また一つ戦う理由が出来た。可能かどうか、いつまでかかるのか、それは問題ではない。
「じゃあなノア」
桜はバスケットを手に取ると、中のメロンパンを一つ食べながら歩き出した。
「……? 味がしない」
『ジュエルブレッドに連絡を入れるか?』
「それじゃクレームみたいになるだろ! おかしいな、ちゃんとクッキー生地も砂糖もあるのに……」
桜と彼岸は気づいていない。メロンパンを口にして笑う薄い影が自分達を見送り、消えていった事を。
「そういうわけで、詳しい事は草木ヶ丘で説明されるから」
金識町の警察署に止まった輸送車へ、4人が乗せられる。
「やだぁちょっと狭いじゃない! これやっぱり私だけ逮捕でいいんじゃないの〜!?」
「静かにしなさ〜い」
ネルソンを警官が諌める。だが4人には手錠を始め、拘束具の類は一切つけられていない。
唇を固く結び覚悟を決めた様子の朝顔、その緊張を少しでも和らげようとネルソンは肩を優しく撫でる。
目を瞑り全てを受け入れる表情を浮かべる灼夜だったが、その指先は隣の影春の裾を無意識に掴んでいた。
「あと、これ。警部から差し入れだそうだ」
警察官は小さな箱を4人へ渡す。同時に扉が閉められ、車のエンジンがかかる。
影春が始めに箱を開けた。中に詰まっていたのは様々なパン。そして、1枚のメッセージカード。
《4人でのご来店を心よりお待ちしております》
端に描かれたリンドウとリーパーをデフォルメしたイラストを見れば、誰の差し入れかは明らかだ。
驚いた表情を浮かべていた影春だったが、やがて小さく笑い、他の3人へ顔を向けた。
「俺達がやるべきことをやろう。今を償って、今を乗り越えて、俺達の幸せを掴む為に」
今の4人が目指す先は楽園ではない。未来である。苦しみが続く現在を生き抜いた先にある世界。
それがきっと、本当の楽園なのだろうから。




