Defend⑤
戦況は確かに変わっていた。
《マストタイプ》の援護は《レイス》によって阻まれ、《ユキワリ》と《アイビー》の一騎打ちという形になる。
「っ……!」
「そんな態度になったって!」
《ユキワリ》の蹴りは《アイビー》の盾に弾かれる。その隙を突いてスピアが振るわれるが、
「ぅ!?」
《レイス》は見逃さない。鋭く刺す様な水流が《アイビー》の手からスピアを飛ばした。《ユキワリ》は後方へ宙返りしつつ距離を取る。
(動揺してる場合じゃないのは分かってる……分かってるけど……!)
頭では理解していても、身体は感情を如実に表してしまう。今も《レイス》の援護がなければ危険だった。
「私の事は心配しないで」
まるでそんな《ユキワリ》の想いを見透かした様に《レイス》は呼びかける。
「自分の答えが出るまでしっかり悩みなさい。自分の心に向き合いなさい」
「自分の、心に……」
「じゃなきゃ一生後悔する。心の傷になって貴女を蝕み続ける。彼女の様に」
《レイス》の言葉を受け、《ユキワリ》は改めて《アイビー》を見る。
強固な鎧と盾。それは外の脅威から自らを守り、自身の弱さを見せない為のもの。殻の中に閉じ籠った、葉月灼夜という少女を象徴した姿。
その殻の中で、彼女は泣いている。あの日を何度も繰り返し、自分の心を痛ぶり続け、最後には楽園の中で造られた幸せに閉じ籠る。
それを灼夜は望んでいるのかもしれない。だが、それでも、
「……あなたの心を、死なせたくない!」
《ユキワリ》は走り出す。その動きから迷いは消え去っていた。
「パパとママを殺した奴が言うな!!」
スピアを大量に生成すると、《アイビー》は盾に番えて連射。
それらを腕と足の刃で打ち落とし、防ぎ切れないものは《レイス》の水弾が弾く。
《ユキワリ》の蹴りは《アイビー》の盾が阻む。だが先程までとは違い、体勢が崩れたのは《アイビー》の方だった。
「確かに私は貴女の両親を助けられなかった。スレイジェルが生まれたのも私達の所為。でも……っ、いや、だからこそ!!」
足の刃を盾の裏へ引っ掛け、振り下ろしながら防御を崩す。《アイビー》の胸を蹴りつけながら跳躍。
「くっ!?」
「私は手を伸ばさなきゃいけない! 手を伸ばしたい! 貴女に!!」
《ユキワリ》は空中で《レイス》の水弾を足場として蹴る。《アイビー》を蹴り、再び跳躍、そしてまた水弾を蹴る。
「ぁっ、ぅ、追え……ない……!?」
連続で繰り出される攻撃に《アイビー》はとうとう崩れ落ちる。
着地する前にプレシオウィップを薙ぎ払い、《レイス》をフォロー。並び立つと2人は視線で合図を送り合い、
《クリティカル リアクション!!》
《Playback Start!!》
プラグローダーをスライドし、フラグメントゲートを開閉。出力を限界まで引き上げる。
《Now Loading……Now Loading……》
それを見た《アイビー》もプラグローダーをスライド。スピアを限界まで作り、それらを一気に束ねる。
巨大な灰色の矢へと変え、歪な光を放つ盾に番える。
《Finale Stage ディープファングフィニッシュ》
《Update Complete Innocent Void Finish》
鮫のエネルギーを纏った《ユキワリ》と、《アイビー》が放った矢が空中で衝突。拮抗し合う。
《ウンディーネ!! アルケミックブレイク!!》
そこへ、《レイス》が放った激流の竜巻が《ユキワリ》を包む。鮫のエネルギーは荒れ狂う白波を纏った様な姿へ変わり、《アイビー》の矢を噛み砕いた。
「そんな!?」
そのまま《アイビー》へ突進。盾を構え、真正面から受け止める。強固な盾は《ユキワリ》の牙を通さない。
だから喰らい続ける。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
盾に、ヒビが入る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「嘘、やだ、やだ! やめ、て、ぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
そのまま《アイビー》の盾を噛み砕き、《ユキワリ》の蹴りが直撃。プラグローダーを粉砕し、《アイビー》の鎧から灼夜を解き放った。
着地した《ユキワリ》は《レイス》の元へ戻る。
「ありがとう。助かった」
「先に助けて貰ったのは私の方だから。お互い様って言うのかな」
「それだけじゃない。あなたのおかげで答えが出せた。私なりの、正義に……」
すると《ユキワリ》は、膝を着いた灼夜へ歩み寄る。
彼女の顔に怒りや恨みは浮かんでおらず、虚無と絶望に染まっていた。
「……殺して…………楽園にも行けなくなって……もう、パパとママに会うのはそれしか……」
目の前で《ユキワリ》が立ち止まる。その刃が自らを斬り裂く事を望み、灼夜は目を伏せた。
しかし《ユキワリ》が取った行動は違った。
変身を解き、優しく抱きしめたのだ。周りに《マストタイプ》が蠢いているにも関わらず。
「ぇ……?」
どうしたら良いのか分からず、灼夜の指は虚空を掻く。構わず蒼葉は更に強く抱く。
「手伝わせて。貴女がもう一度、歩き出せる様に」
かつて自分がそうだった様に。傷ついたまま立ち止まっていた自分の手を引いてくれた、彼の様に。
「だって私は……あなたを、襲って……それだって……逆恨み、で……」
瓦礫から拾い上げられた両親を見て、自分の次に、否、自分と同じくらい悲しみに歪んだ表情で見つめていた人物の姿が、目の前の少女と重なる。ようやく気づいた。
「あなたはあの時だって……悲しんでくれたのに……私は……!!」
「いい。いいの。そうするだけの理由があったんだから」
「ごめん……なさい……ごめんなさい……ありがとう……ぅ、ぅぅ……!!」
涙を流し、灼夜は蒼葉を抱きしめ返した。
そんな光景を見て安堵しかけた《レイス》だったが、すぐに《マストタイプ》の事を思い出して気を引き締める。が、そこで気がつく。
「動かない……どうして……?」
《マストタイプ》が、一斉に沈黙していることに。
「どうやら、お前の野望も潰えた様だな」
100を超えてから数えていない《マストタイプ》と《プロトタイプ》を撃破し、《ヒガンバナ》はソロモンへ向き直る。
ソロモンの本体であるサーバーの電脳空間がアラートを発している。解放されたユナカの仲間達が皆と協力し、脅威を撃破したのだろう。
「これで楽園は完成しない。大人しく街を解放しろ」
「楽園を潰して正義の味方気取りか」
しかしソロモンの表情は少し前とは違い、険しさこそあれど焦りの色は無い。
「最適化された世界の何が間違いなのだ。心身の苦しみや痛みは現実で生きるのに必然なだけで必要ではない。全てを取り除かれた完全な世界で生きる事は悪なのか?」
「お前と相対した時に言った筈だ。楽園は永遠のものではない。いつか綻び保てなくなった時、楽園に依存しきった人間達はどうなる? お前の言う、最適化された幸せな人生を突然取り上げられた人間を放り出せばどうなるか、分からないお前ではないだろう」
《ヒガンバナ》は毅然と言い返す。言葉を止めようと迫る群体を、見もせずに払い除けながら。
「自ら歩む事を止めた時、いつしか歩く事はおろか立つことも出来なくなってしまう」
「残酷で無情な物言いだ。歩む力を奪われる者もいるというのに」
「歩めなくなった者に手を差し伸べ、共に歩んでいく事。それが本来、人間のあるべき姿だと俺は信じている」
「傲慢だな。加えて、君は最初から前提を一つ間違えている」
ソロモンが言い放った瞬間、電脳空間に異変が訪れる。《マストタイプ》、《プロトタイプ》が動きを止めたかと思うと、重力から解き放たれた様に浮かび上がる。
「何をしている……!?」
「この人形は、私の錬生術師の力を分散させて創り出したものだ。サーバーを守護し、楽園を管理する為に」
《ヒガンバナ》はブレイクソードをソロモン目掛けて投擲。しかし壁の様に積み重なった《プロトタイプ》に防がれ、地に突き刺さる。
「基盤となる4つのサーバーが使えなくなった今、背に腹は変えられない」
「まさか……!」
「この楽園は私一人で管理する。もはや他にリソースを割く必要は無い」
異変は現実世界でも起きていた。動きを止めた《マストタイプ》の全てが、ソロモンがいる電波塔の頂部へ吸い寄せられていく。
《ヒガンバナ》は電脳空間から姿を消す。脱出したのだ。
『天河晶!! すぐにここを離れろ!!』
「うわぁ彼岸さん!? 急に何を!?」
『早くしろ!!』
「は、はい! でもその前に彼岸さんを」
『俺に構うな! ソロモンは ──』
ブレイクソードを引き抜こうと踏ん張っていた晶の体が、突如吹き荒れた爆発によって諸共ふっ飛ばされる。
「あいたぁっ!!」
ドアに全身を強打するが、奇跡的に重大な怪我はない。側に落ちたブレイクソードに手をかけ、逃げようと立ち上がった時だった。
「ひ、彼岸さん、あれって……!」
煙の向こう側ではサーバーが崩れている。ならば結界は解かれる筈。だが壊れた壁の向こうに見える外には未だ結界が張られている。
破壊されたサーバーの元、そこに人型の影があった。
「こうして現実に戻るのは、2500年程振りか」
影の様な漆黒の素体に走るダークゴールドの幾何学模様、灰色の水晶の様な装甲が幾重にも重なってそれらを包む。頭には深い渓谷の様な2つの溝が走り、そこから蒼白い炎が噴き出し、まるで目の様に形作っている。
その姿は、錬生術師の力を用いて改造された《リンドウ》、と言った出立だった。
「さて、楽園創造を再開するとしよう」
《ソロモン》は静かに宣言した。




