Defend④
「おらぁっ!!」
「ふぅん!?」
溶岩を纏った《ホウセンカ》の一撃は《タンジー》を大きく弾き飛ばす。道路に深い溝を刻みつけながら《タンジー》は踏み止まるが、《ホウセンカ》の拳を受け止めた腕の装甲は真っ赤に赤熱している。
「熱いわねぇ……」
「その程度で済んでる内に降参しろ。こっちも調整すんのに苦労してんだ」
「ふふっ、甘いこと言ってくれちゃって……こんなので怖気付いてたらとっくに戦場で逝っちゃってるわ」
《タンジー》は再び走り出すと一気に跳躍。両腕を重ね、ハンマーの様に振り下ろした。《ホウセンカ》は両腕を交差して防いだが、足が地面へ埋没してしまう。
「あたしが楽園なんて信じてる様に見えないって言ってたわよね? 半分は正解よ。あたしは数えきれないほど地獄を見てきた。この国だって誰もが幸せな楽園とはとてもじゃないけど呼べないわ」
自らの装甲が焼け融けていくのにも構わず、《タンジー》は《ホウセンカ》を更に押し込んでいく。
「だからこそ見てみたいじゃない、本当の楽園を、みんなが幸せに生きていられる世界を。その為なら、もう一度手を汚したって構わない」
今の《ホウセンカ》を打ち砕くことは叶わないだろう。だがこのままで無理やり押し潰されてしまう。《タンジー》の腕が焼き尽くされるのが先か、《ホウセンカ》が押し潰されるのが先か。
「それだけの覚悟、ぉっ!!?」
どちらの結末も迎えなかった。突如、《タンジー》の頬へ拳が叩きつけられ、吹き飛んだ身体は駐輪場へ突っ込んだ。
「な、なんだぁ急に……って」
《ホウセンカ》は横槍を入れた者の正体を見て言葉を詰まらせる。その理由は至極単純だった。
「……すみません、どちら様ですか?」
「自己紹介をゆっくりしてる時間はないから……僕は黄山琥珀。そうだな、君の仲間に助けて貰ったただの刑事だよ」
ただの刑事、と言うにはあまりに異様な姿をした拳士 ── 黄山琥珀は、既に《ファントム》へ変身した状態で笑った。
「ただの刑事、かぁ…………刑事!? おおおおお仕事お疲れ様っす刑事さん!! 自分、山神真理っていいます!」
何故か慌てて敬礼をする《ホウセンカ》を見た《ファントム》は思わず噴き出してしまう。
「っはは、あとはここを何とかしてからにしようか山神くん。手伝っても大丈夫?」
「勿論っす!」
と、駐輪場からバイクが飛来。2人は別れながら回避する。
「思わぬ増援だわ……でもそっちの坊やはともかく、警察の坊やは相手になるかしら?」
「あの時の様にはいかない」
打ち出された《タンジー》の拳へ、《ファントム》は躊躇いなく拳を打ち返した。衝撃波が空気を震わせる。
「っ、おかしいわね、あの時よりも」
「俺のこと忘れんなよコラッ!!」
「むぐぅ!?」
押し返せないことに怯んだ一瞬の隙を、飛び込んできた《ホウセンカ》は見逃さない。煮え沸る拳は《タンジー》の頬を捉え、吹っ飛ばす。
地に足が着くより早く、《ファントム》は《ホウセンカ》の足を掴み、
「もう一撃!」
「っしゃあ!!」
回転と同時に投げ飛ばす。飛翔した《ホウセンカ》は吹っ飛ばした《タンジー》へ追いつく。
「喰らっとけ!!」
「おぉう!?」
首元へラリアットが直撃。無理やり地に押し付ける様に叩き伏せた。
「やってくれるじゃない!」
振り払おうとする《タンジー》の攻撃は空を切るが、《ホウセンカ》を遠ざける事には成功する。
だが立ち上がって追撃しようとした時に違和感が襲う。足が動かないのだ。
「っ!? ちょっと何よこれぇ!?」
《タンジー》の膝下は溶解したアスファルトにめり込み、埋め込まれていた。《ホウセンカ》がラリアットを仕掛けた時に着地した地面を融かしていたのだ。
「このまま終わらせてもらう!」
「これくらいじゃ終わらないわ!!」
追撃に来た《ホウセンカ》をその場で打ち払い、背後から掴み掛かる《ファントム》を逆に掴み返して投げ飛ばす。
「所詮は素人の小細工!」
《タンジー》は足を強引に地面から引き抜き、倒れた《ホウセンカ》の背中を踏みつけた。足の装甲が赤く燃えるが構わない。
「うぉぉぉ!?」
「この程度の修羅場、何度も潜って来たのよ!」
「いいや、この修羅場は!!」
背後から《ファントム》が組み付く。両足で《タンジー》の肩を、腕で首を絞め上げる。
「ぐっ……く……!」
装甲が分厚く、硬い《タンジー》も、《ファントム》の怪力で絞められればただでは済まない。踏みつける力が弱まった一瞬の隙は、
「お前の……人生一番の修羅場だよ!!」
《ホウセンカ》が拘束を解くには十分だった。《タンジー》を跳ね除けると、《ファントム》は頭へドロップキックを叩き込みながら離脱する。
「山神くん、このまま決めよう!」
「了解っす刑事さん!」
《クリティカル リアクション!!》
《Playback Start!!》
《ファントム》と《ホウセンカ》は出力を高め、一気に勝負を決めにかかる。
「そこまで言うなら!!」
《Now Loading……Now Loading……》
それを見た《タンジー》もプラグローダーをスライド。全身へエネルギーを纏い、右足を大きく引く。
「あたしの愛、受け止めてみなさい!!」
《Update Complete Crash Void Finish》
一気に走り出し、《タンジー》は突進。構えを取る2人へ猛スピードで突撃した。
《ファントム》と《ホウセンカ》は一歩も引かずに拮抗。先に耐えきれなくなった地面に亀裂が走り始める。それでも退かない。
「だったら僕達の返事……」
「受け取れコラァ!!!」
《ノーム!! アルケミックブレイク!!》
《Extinction Stage!! 絶・咬・爆・拳!!》
2人の拳は琥珀色に逆巻く炎のエネルギーとなり、《タンジー》を真正面から叩く。拮抗は一瞬の内に、
「ぬぉぉぉあああぁぁぁ!!?」
崩れ去る。《タンジー》の巨体は羽毛の様に吹き飛ばされ、バス停へ衝突。崩れ落ちると同時に変身が解除される。
「……綺麗」
拳を振り抜いた構えのままの《ファントム》と《ホウセンカ》。彼等が纏う光の残滓を見たネルソンは思わず呟いた。幾多もの戦場で見て来た残酷な光など足元にも及ばないほど美しい。
「これが命の……本当の輝きなのかしら……」
追走劇の攻守は逆転する。
追い立てる《ネメシア》と逃げる《クレマチス》。否、正確には《クレマチス》はただ逃げているのではない。
距離を保ちながら翼による砲撃で仕留めようとしている。
《ネメシア》は遠隔兵器を持たない。接近するしかないが、追う側へ変わった途端に《クレマチス》の厄介さが浮き彫りとなる。
(攻めるより守る方が得意みたい……本人の気質とは合っていないけど)
接近しようとすれば翼の熱線が襲い来る。それを回避すれば距離を離される。向こうから仕掛けてきた時の方が戦いやすかった。
「こんな戦い方をさせて……屈辱だ!!」
(プライドが傷つく戦い方なら隙はあると思い……っ!)
これまで、金識町の一般人を戦いへ巻き込まない様に《ネメシア》は立ち回っていた。時が止まった中では逃げられない為だ。
だが《クレマチス》を追う事に夢中になりすぎた。知らぬ間に家族連れが集う大広場の空を飛んでいたのだ。
そしてそれは《クレマチス》も気づいていない。《ネメシア》の上を取った今、躊躇いなく熱線を放とうとしている。その延長線上には家族達がいる。
「やめなさい!! 下にいる人達が見えないの!?」
「命乞いなど今更、はっ!?」
《クレマチス》もそこで気づく。だがもうエネルギーは収束しきっている。
放たれたエネルギーを防ぐべく《ネメシア》は飛翔。翼で打ち払おうとするが、その一つが家族連れへ降りかかる。
「間に合わない……!!」
だが熱線を、飛来した風の弾丸が直撃。軌道を大きく逸らし、大広場の鐘を鳴らした。
「今の……」
《ネメシア》は着陸。弾丸が飛来した方向から歩いて来る影に目をやる。
「やー間に合った間に合った!」
「あなたは……?」
「助けて貰ったお礼したくてさ! えっと……」
影 ── 《スピリット》は肩に置いたカラスを再び喋らせる。
『時間がない上に状況は悪い。だから手短に伝える。近くに君達を助けた援軍がいる筈だ。手を貸してあげたまえ』
「これで味方だよーって事で……良い?」
「もちろん。さっき助けてくれたお礼も返さないと」
「話が分かる人で助かるー! あっ、私の事は翡翠ちゃんって呼んでね!」
「そう、よろしくね翡翠ちゃん。じゃあ私の事は紅葉ちゃんって呼んでちょうだい」
「オッケー紅葉ちゃん!」
《ネメシア》と《スピリット》は再び《クレマチス》へ向かい合う。だが《クレマチス》はというと、家族連れの間をフラフラと飛び回っている。
「はぁ、ぁ……誰も……良かった……」
「……なぁんか、私の時と随分雰囲気ちがくない?」
「えぇ、私の時とも随分違う」
その行動の真意を悟った2人は《クレマチス》へ近づく。
「大丈夫だよ。誰にも当たってないから」
「っ……何の、話だ」
「とぼけなくてもいいってー。わざとじゃないんでしょ、無関係の人に撃っちゃったの」
「だから何の話だと!!」
《スピリット》の呆れた様な笑いに激昂する《クレマチス》。だが《ネメシア》の一言が更に火を点ける。
「あなた、悪役のフリするの向いてないわよ」
「き、貴様らぁぁぁ!!!」
《クレマチス》は再び空を飛ぶ。大広場から離れていく姿を見た《スピリット》は地団駄を踏んだ。
「あーまた飛んで逃げたぁ!!」
「翡翠ちゃん、提案があるんだけど」
「ほ? どうぞどうぞ」
「私に掴まれば飛べる。ちょうど遠距離の攻撃手段が欲しくて」
《クレマチス》は《スピリット》が手にしたヴィトロガンとフラグメントマグナムを指差す。
「手伝ってもらえる?」
「グッドアイディアじゃーん! 乗せて乗せて!」
「なら、こう、して」
その姿勢は、《ネメシア》に《スピリット》がしがみつくという奇抜なもの。
「じゃ、しっかり掴まって」
「よっし、じゃあお願いしまぁぁぁぁぁぁ!?」
《ネメシア》と《スピリット》は一気に空へ飛び上がった。
すぐに《クレマチス》の背へ追いつく。翼から光が放たれるが、
「お願い」
「任せとけぃ紅葉ちゃん!」
《スピリット》は足だけで《ネメシア》へ捕まり、逆さ吊りの様な格好になる。そのまま手にしたヴィトロガンとフラグメントマグナムを連射。エネルギー波を全て撃墜する。
「馬鹿な!?」
「はぁっ!!」
距離を縮めた《ネメシア》は錐揉み回転。翼で《クレマチス》を斬りつけた。
「がっ! この!」
「やらせるかぁ!!」
反撃に転じようとするが、《スピリット》はすれ違い様に銃撃。その芽を潰す。
「貴様らなんか、貴様らなんか!!」
追いついた翼で熱線を放つ。《ネメシア》は《スピリット》を天高く放り投げながら回避。宙を舞う《スピリット》は空中で風の弾丸を連射。寸分違わず《クレマチス》の翼を全て破壊する。
「ぅっ!?」
動揺した隙に《ネメシア》は《スピリット》をキャッチ。更に高度を上げると、
《クリティカル リアクション!!》
《Playback Start》
2人は同時に出力を上げる。両足を合わせあい、
「お願いしまーす!!」
「いって、らっしゃい!!」
《ネメシア》は《スピリット》を蹴り出した。打ち出した瞬間、《ネメシア》は回り込む様に飛翔。
「舐めるなぁ!!」
《Now Loading……Now Loading……》
《クレマチス》もプラグローダーをスライド。手にしたライフルを分裂させ、銃口にエネルギーを溜めながら2人へ向ける。
「我が貴様らなんかに、負けるかぁぁぁ!!」
《Update Complete Shoot Void Finish》
2人をダークグリーンの光線が、螺旋を描きながら呑み込もうとする。
「それは!!」
「こっちの台詞」
《シルフィーネ!! アルケミックブレイク!!》
《Finale Stage ハイフライトフィニッシュ》
2つの竜巻は光線を弾き飛ばし、巨大な牙となって《クレマチス》に喰らい付いた。
「あああぁぁぁああぁぁぁぁ!!!?」
交差し、通り過ぎる。プラグローダーは粉々に破壊され、変身が解けた朝顔の身体はゆっくりと重力に引かれていく。
敗北は朝顔に過去と呪いを突きつける。才能を持って生まれた蕾切家の血筋。才能を余す事なく受け継いだ兄弟達。その才能の何一つも受け継げず、凡人として生まれた自分自身。
両親から見放され、兄弟や周りから『弱者』と嘲笑われたあの日から、朝顔は決意した。
強くなければならない。弱者のままでは生きていけない。
だが、弱者を踏みつける奴等の様な強者にはならない。
だからこそ楽園を完成させたかった。弱者の為の世界を素晴らしいと思った。
力を持った自分が、弱者を守らねばならないと。
違う。
こうして力を奪われた自分は哀れに墜ちていくしかない。あの日から変わらず、自分は弱いままだった。
虚空へ手を伸ばす。笑うばかりで誰も取ってくれなかった手を。
「やだ、やだ……助けて!」
朝顔の落下が止まる。誰かが、伸ばした手を取ってくれたのだ。
恐る恐る見上げた先にいたのは、
「なん、で……」
「ずっと言いたかったのに言えなかったんでしょう」
《ネメシア》だった。
「分かるわ。私もずっとそうだったから」
「よっ、ほっ、はっと!」
ビルの壁、街灯、塀を飛び移りながら無事に着地した《スピリット》は、宙に浮かぶ2人を見て仮面の奥で微笑んだ。
「ミッション、コンプリート」




