Defend①
街中から集う《マストタイプ》。それらを巨大な鎌が炎と共に刈り取り、閃く足の刃が斬り裂き、無数の残骸が塵となって消えていく。
《リーパー》は宣言通り、自身が立つ場所から一歩も先に行かせない。
『君も錬生術師なら見てきた筈だ。人の心の弱さを。人の心の脆さを』
《マストタイプ》を破壊している中、モニターへ映し出されたソロモンの言葉が響き続ける。
『自身の優位性を保つ為なら他者を蹴落とし、自身の安寧の為なら他者を犠牲にする事も厭わない。傷つく事を恐れ、それだというのに傷つけ合う』
入り口を塞ぐほどの数が押し寄せる。だが《リーパー》はヴィトロサイズを大きく薙ぎ払い、業炎の軌跡を描きながら全てを斬り伏せた。
『人間は……他者と関わり生きるには弱過ぎる。管理された世界が……個としての楽園が必要なのだ』
「……確かに人の心は弱い」
鋒が地に着く。《リーパー》が僅かに振り返る。
「だから錬生術師が……俺達がいる」
『錬生術師だけで全ての人間が救えると?』
「それだけじゃない」
《リーパー》は知っている。誰もが心に弱さを抱えている。アトラムという怪物が寄生する隙間がある。
「誰かに寄り添える人間がいる。誰かに手を差し伸べられる人間がいる。誰かの心を救える人間がいる」
だが人間はそれだけで結論づけられるほど、簡単ではないことも知っている。
「だから俺は人の心を信じられる。この目で強さを持った人間を見てきたから」
『…………綺麗事、だな』
ソロモンの声色に初めて別の感情が混ざる。苛立ちと、嫉妬の様な。
『どのみちあの少年が私の元へ辿り着いたとて何が出来る。それとも、君の仲間を犠牲に私を破壊すると?』
「同じ事を何度も言わせるな」
ヴイトロサイズが折り畳み、勢いをつけて投擲。高速回転しながら放物線を描き、侵入しようとした《マストタイプ》、そして背後のモニターを引き裂いた。
ソロモンが映し出された画面は消失。だが最早、《リーパー》にとってそれは必要ない。
「俺は信じている。晶くんと、彼岸を」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……!」
長い、長い階段を、床に亀裂を刻みながらよろよろと走る晶。後ろから足音は聞こえない。
『輝蹟ユナカ。やはり日向桜と似ている』
彼岸が呟いたのは性格や容姿のことではない。晶も会った時に桜へ感じていた、信念の様なもの。
『背後に敵性反応はない。この階段を登り切れば奴のいるメインサーバーがある筈だ』
「は、はい……ん、ぉぉぉ!!」
足に力を込め、最後の階段を一気に駆け上がる。硬く施錠された分厚い鉄扉が立ち塞がるが、
『俺を使って斬れ!』
「せぇい!!」
ブレイクソードの前には意味を為さない。晶の力で振るわれた刃は扉を一振りで破壊。遂に最上階へ辿り着いた。
「これ……は……!」
疲労を忘れてしまう程の光景が広がっていた。
中央に存在する巨大な円筒状の装置。そこへ床に乱雑に置かれた何かの残骸と、天井から伸びる4色のケーブルが接続され、血流の様に明滅を繰り返している。
『衛星ノアの残骸……なるほど、起動こそしないが莫大なデータと記憶領域は残っている。ソロモンはそれを利用したのか』
「衛星……よ、よく分かりませんけど、とにかくあれをなんとかすれば良いんですよね!?」
『そうだ。まずは……っ』
彼岸の言葉が止まる。同時に暗い部屋の中にあの声が響き始めた。
『おめでとう。君達は楽園の中枢に辿り着いた。』
称賛の言葉とは裏腹に何の感情も込められていない無機質な声色。ソロモンのものだ。
『ここには私を守る者はいない。君達が楽園を拒むというのなら装置を破壊すれば良い。4人の犠牲でサーバーは停止し、この脆く残酷な世界は日常を取り戻すだろう』
晶は歯噛みする。彼岸がここまで連れて来る様に頼んだのは、間違いなくサーバーを直接破壊する為だ。それでは囚われた4人は助けられない。
それで世界を救えるのならば最適解かもしれない。しかし晶は飲み込めず、俯いたまま立ち尽くす。
「僕は……どうすれば……!」
『……やはり接続可能な端子は無いか。ならば強引な手を使わざるを得ないな』
「え?」
独り言のつもりだった。だが彼岸の言葉が耳に入り、思わず聞き返してしまう。
彼岸は同じ言葉を返さず、代わりに晶へ答えを告げた。
『天河晶、ブレイクソードを制御パネルへ突き刺してくれ』
「……それってやっぱり、みんなを」
『誰も見捨てるつもりはない』
静かに、はっきりと彼岸は告げた。何をするつもりなのか晶には分からない。
「分かり、ました!」
それでも晶は彼岸を信じた。
一気に走り出し、唐竹割りの様にブレイクソードを制御パネルへ振り下ろした。鈍い破砕音と共に刀身が半ばまで突き刺さる。
『残念だが、制御パネルを破壊してもサーバーは止まらない』
ソロモンの言葉通り、周りの光景に変化は一切無い。
『だが……はぁ。やはり破壊する選択を取ったか。人の弱さは変わらない。楽園が必要という私の考えは正し ──』
突如、ソロモンは話を止める。異常事態が発生した為だ。だがそれは現実世界ではなく、
「どうした。その言葉の先を俺も聞きたかったが」
電脳世界。サーバー内部という安全圏から全てを観測していたソロモンが初めて振り返る。
そこには彼岸が立っていた。
「どうやって侵入した? プロテクトは並の強度ではなかった筈だが」
「あぁ、遠隔からの侵入は不可能だった。だからこそ強引な手を使った。ブレイクソードを直接制御パネルに接続すれば、どんなプロテクトでも破壊して侵入できるからな」
幾何学模様の床、無数のラインが走る空、様々な記号が入り乱れる空間。電脳空間を歩みながら近づく彼岸に対し、ソロモンは宙に浮いたまま睥睨する。
「お前の目的は人間を救う為に楽園を創る。それで合っているな?」
「それがどうかしたかね」
「かつてお前と同じ様に、人間を管理しようとしていた存在を知っている」
彼岸はソロモンへ言い放つ。
「お前と同じだ。人間を弱いと切り捨て、守る為だと言って管理しようとした。だが他者を信じられず、人間の心に可能性を見出せず、自分の考えこそが正しいと信じて疑わない」
ソロモンの表情が初めて歪む。彼岸は眉一つ動かさず、ただ淡々と言葉を連ねるのに対して。
「お前自身が人間の弱さを象徴している。そんな者が管理する楽園には、綻びが現れて崩壊する未来が待っている。閉じこもった世界は緩やかに滅ぶしかないんだ」
大きく息を吐くソロモン。物憂げに伏せられていた瞼ははっきりと開かれ、負の激情に染まった瞳が彼岸を睨んでいる。
「機械人形が人間の心を語るとはな。私とて人間の心を信じていた時期もあったさ。そしてそれを悉く裏切ったのも人間の心だった」
「ならば証明しなくてはならないか。俺が……いや、俺達が」
彼岸が宙へ右手を翳す。すると黒い霧が集まっていき、やがてそれは姿をブレイクソードへ変えた。
「そんなものまで……」
「驚くことはないだろう。この剣は俺自身だ。そして依代となるデータがここにあるなら」
今度は空いた左手に霧が集まると、1枚のコネクトチップが現れる。
「俺も戦える」
《Scar Avenger!!》
柄に備えられたプラグローダーヘコネクトチップを装填されたブレイクソードが吠える。
剣を突き出し、右手で持ち手を、左手で鞘を掴む。
「変身」
ブレイクソードが引き抜かれる。
《Scars don′t disappear Grudge is eternal 復讐者よ、怒りのままに力を奮え!!!》
彼岸の姿が変容。抉られた傷を持つ漆黒の装甲、崩壊しかけたマント、悪魔の翼を模した金色のアイレンズ。
破壊の復讐者、《ヒガンバナ》。
ソロモンは手を翳し、出現したコンソールパネルを撫でる。瞬く間に《ヒガンバナ》の周りを《マストタイプ》と《プロトタイプ》が取り囲んだ。
「ならば見せてみるがいい。人を模した存在が言う、人の強さとやらを」
殺到する群体。《ヒガンバナ》は一切怯むこと無く向かって行くと、ブレイクソードの一薙で吹き飛ばす。
《マストタイプ》と《プロトタイプ》では相手にならない。だが現実世界でも無限に近い数が現れていた以上、本体内部であるこの空間ではそれを上回る数と増殖速度で来る筈である。
掴みかかってきた《プロトタイプ》はブレイクソードを盾にして押し返し、瞬時にレールガンモードへ変形。背後の《マストタイプ》の群衆を一列に撃ち抜き、向き直ると態勢を立て直した先程の《プロトタイプ》を狙撃して撃破。
再びブレイクソードを剣へ戻すと、振り返りざまに突き出した。《プロトタイプ》と《マストタイプ》を2体ずつ、計4体の串団子が完成する。
そのままブレイクソードから手を離し、斬り掛かってきた《マストタイプ》の攻撃を回避。そのまま首を抱え、腹に膝蹴りを叩き込む。くの字にへし折れて沈黙する様を見届けること無く、向こう側の《プロトタイプ》の顔面を蹴りつけ、そのまま更に強く踏みつけて頭部を破壊する。
着地と同時に突き刺したブレイクソードを引き抜き、逆手のまま力の限り振るう。
「大した力だ。だが私には辿り着けない」
「辿り着く必要はない。が、まだ距離が足りない」
《ヒガンバナ》は《マストタイプ》を斬りつけると、そのまま引き摺りながら走る。2体、3体、4体と巻き込んでいくが構わない。
一気に振り払うと、
《Input Tip Breaker・X》
《 Scar Avenger Standby》
ブレイクソード本体へ2枚のコネクトチップを装填。刃に黒いオーラが纏わりつき、アイレンズが黄金から赤へ変化。
電脳空間の床を蹴り、跳び立った《ヒガンバナ》はブレイクソードを振り下ろした。
無数の斬撃は《プロトタイプ》と《マストタイプ》を斬り刻みながら侵攻していく。だが斬撃はソロモンの真下を通り過ぎて行った。
「一体何処を狙っている」
「一体何処を狙っている、と言うだろうが」
降り立った《ヒガンバナ》は面を上げないまま、ソロモンに被せた言葉の続きを連ねた。
「俺の第一目標は達成だ」
「なに……っ!?」
ようやくソロモンは気がついた。自身の背後、楽園のメインサーバーと繋がる4つのプログラムコードがズタズタに破壊されていたことに。
「4つのサーバーのプログラムコードを破壊した。もう楽園のプログラム構築は進行しない」
「仲間を犠牲に ──」
「同時に、制御プログラムだけを破壊するデータを打ち込んた。今頃、プログラムコードの残骸を伝って4つのサーバーに届き」
《ヒガンバナ》はブレイクソードに残されたデータウィルスの残滓を指先で拭う。
「囚われた錬生術師達は解放される」
「バカな! そんな高度なプログラムを持つウィルスが存在するわけが ──」
「それが出来る人間と、俺は……俺達は繋がっている」
純潔を取り戻したブレイクソードを構え、《ヒガンバナ》は改めて群体へと向き直った。




