財界の黒幕 宇多川凛蔵の沙汰《森野林檎視点》
宇多川家応接間にて──。
「夢よ。自分が何をしたかは分かっているな……?」
「はい……」
白髪和服姿のご老人に相対し、青い顔で頷く夢ちゃん。
私は後ろに控えている黒川さんと共に、その緊迫した様子を見守りゴクリと息を呑んだ。
貫禄のあるご老人は、政界をも意のままに動かすと噂されている、宇多川財閥の総帥にして、夢ちゃんのお祖父様・宇多川凛蔵さん。
合宿で、思いがけず松平先輩に告白され、キスを迫られ、危ういところで止められたのはよかったけれど、それを目撃した浩史郎先輩はひどく怒っていて、私との許婚関係まで皆の前でバラしてしまった。
夢ちゃんはこの状況に大泣きして、何故か私にキスを!
急いで混乱する場を収めた黒川さんに連れられ、夢ちゃんと共に宇多川邸を訪れ、この部屋に通されたのだった。
「この度は宇多川家の名誉を汚すような行動を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「ゆ、夢ちゃんっ……||||||||」
その場に膝をつき、頭を深々と下げる親友の姿に、私がオロオロしていると……。
「悪い事をしたと思っているなら、これから私が言いたい事は分かっているな?」
「っ……。はいっ……」
宇多川凛蔵さんの問いに、夢ちゃんは一瞬泣きそうな表情になり、それから覚悟を決めるように目を閉じて返事をした。
「球技のスポーツは中学までと約束していたのを、軟式テニス部での活動を短期間ならと特別に許してやった。
お前に頼み込まれ、夏休みだけシェアハウスに滞在し、友人と過ごす事を許してやった。
随分自由を与えてやった筈だが、お前は儂の信頼を裏切った。
軟式テニス部の退部を顧問に伝えておるし、シェアハウスも滞在を終了する事を理事長に伝えるつもりだ。文句はなかろうな?」
……!||||||||
厳しい処分に私は目を見開いたけど、夢ちゃんは顔色を変えることなく頷いた。
「はい。ありません……」
「ま、待って下さい。ゆ、夢ちゃんは、多分私を守る為に……!」
「いいの。りんご!」
ガクブルしながらも宇多川凛蔵さんに抗議しようとすると、夢ちゃんに止められた。
「自分でやった事は、自分で責任を取りたいの。元々、次の許婚が決まるまでの期限付きの自由だったから、それが少し短くなっただけ。私は大丈夫だから……」
「夢ちゃんっ……」
私の肩に手をかけ、寂しそうな笑顔を浮かべる夢ちゃんに、私は胸が痛くて何と言っていいか分からず俯いた。
「……」
黒川さんも沈痛な面持ちで佇んでいる。
財閥のお嬢様として産まれた夢ちゃんが、宇多川家の後継者として自分を律し、あらゆる事に努力して来たのを私は知っている。
その意思は尊重したいけれど、感情はまた別物だった。シェアハウスでも、部活でも、年相応の顔で言いたい事を言って、楽しく時間を過ごしていた夢ちゃんも私は知っている。
私がもう少し周りの人の気持ちに敏感でいて、しっかりと自分で対処出来ていたら、夢ちゃんはもう少し長く自由な時間を過ごせたし、浩史郎先輩を怒らせる事もなかったんじゃないかと自分を責めたところに……。
「森野林檎嬢!」
「ひゃ、ひゃいっ!||||||||」
宇多川凛蔵さんに、いきなり名前を呼ばれて、肩をビクつかせ、裏返った声で返事をした。
「今回の件では、迷惑をかけてすまなかった」
「へ? へ?」
「お祖父様……?」
天下の宇多川凛蔵さんに謝られ、私も夢ちゃんも目を瞬かせた。
「この子は、外見より子供っぽいところがあってな。君に許婚が出来て、友達を取られるような気がしたのだろう。もうこんな事がないようきつく言い聞かせて置くから、これからも夢のよき友人でいてやってくれないか?」
「も、もちろんです! これからもずっと……夢ちゃんは一生私の親友です!」
宇多川凛蔵さんに頼み込まれ、私は恐縮しながらも絶対の自信を持ってそう宣言する。
「そうか。ありがとう……」
「お祖父様……」
礼を言う宇多川凛蔵さんに、夢ちゃんは心底意外だというように目を瞬かせ、そして私に泣きそうな顔を向けて来た。
「りんご、ありがとう。ごめんなさい。りんごを困らせるつもりじゃなかったの。そういうんじゃなくて、私……」
「うん。夢ちゃん。多分全部分かっているよ?」
私は夢ちゃんの冷えた指先を温めるように、ギュッと手を握った。
そんな私達の様子を見て、宇多川凛蔵さんは鋭い眼光を和らげた。
「森野林檎嬢。今日はもう遅い。理事長と保護者の方には連絡して置くから、よかったら、客間に泊まっていきなさい」
「え。でも……」
ご好意は有難いけれど、浩史郎先輩と険悪な雰囲気のまめ別れてしまっている。これからシェアハウスに戻って、ちゃんと話さなきゃと思っていたのだけど……。
「さっき、理事長から連絡をもらったのだが、管理人さんが急な腰痛を発症して、君の許婚の里見くんが病院に連れて行ったそうだ。彼もお家の事情で自宅に戻るようだし、女の子一人でシェアハウスに泊まるのは物騒だと思うのだが……」
「「えっ?!」」
宇多川凛蔵さんから知らされた事実に、私と夢ちゃんは揃って大声を上げたのだった。
*あとがき*
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