悩みの種
アリアが大護を祭りに誘った夜。部屋着に着替えたミーナは、自室のベッドで頭を悩ませていた。
(この催し物に参加すると……本当に……ら、らぶらぶになれるモノなのかしら)
ポスターを見せてきたアリアが言った言葉が脳裏から離れず、三日経った現在も頭を悩ませていた。本人は自覚していないが。
らぶらぶという単語がミーナの脳内を駆け巡り、様々な場所を特定の人物と歩く自分の姿を連想させる。人ごみに紛れながら距離が近付き、その拍子に触れ合う手と手。突然の事で驚きを露にし、相手に謝りを入れながら手を引こうとするが、そのまま自分の手を握られる。
驚きつつも相手の顔を見ると、照れくさそうに鼻を掻きながら、ぎこちなく微笑みを向けてくる。そんな表情がいつにも増して可愛く見えてしまい、釣られるように微笑みを返す――
――そんな物語の絵本を幼少期に読んだ事を思い出す。ミーナの記憶の中で、最大のらぶらぶシーンだった。そして、そのシーンの人物を自分に置き換えた時、相手の男の子として真っ先に出てきたのが、鈍感系異世界人だった事に顔を赤く染め、枕に顔を埋める。幸せな枕だ。
第三者からすれば大護と二人きりの買い物の方が――という意見もあると思うが、当の本人には自覚が無かった。
ミーナは自分の想いに気が付いていない。正確には気が付いてはいるが、どんな想いなのかがハッキリ分かっていない。王族故に異性の友人との交流が殆どなく、稀にあったとしても、自分が目上と祭り上げられた現場のみでの経験しかなかった。
……という事もあるが、大きな要因は実は国王である。理由は分かり切っていると思うが割愛させてもらおう。
彼が自分の"特別"になっている事は間違いないだろう。しかしその想いが果たして"友情"なのか"信頼"なのか。それとも――。
不意に自室のドアが叩かれる。寝る時間としてはまだ早いが、夜も更けてきたこんな時間に一体誰が――
「ミーナいるか? 大護だけど」
――思考停止。仮にこの場に冬馬がいたのであれば、「悩みの種が新たな種を撒きに来た」と思うだろう。変な意味ではなく。
「ごめんな夜遅くに。もう寝るところだったか?」
「大丈夫よ、まだやる事があったから寝るのはもう少し後にしようと思っていたところなの」
嘘である。扉越しで大護の声を聞き大急ぎで、しかし迅速に、部屋着から制服へ着替え直したのだ。しかし焦りすぎたのか、制服の下に部屋着を着ている状態だ。ミーナ本人も気が付いておらず、大護が気付くわけがない。
玄関での立ち話もなんだからと大護を部屋へ招き入れる。一見いつも通りのミーナだが、内心ではかなり慌てていた。普段ならばその様な事もないのだが、先ほどまで何故か自分のらぶらぶな様子の想像――ほぼ妄想だったが――に友情出演していた男の子の本体が来てしまったのだから。
「ちょっと座って待ってて。今紅茶を用意するから」
「いや大丈夫だよ。夜だし、その後の片付けも大変だろうから」
大護のミーナへの気遣い。通常なら良しとするが、今回ばかりは少し大護を恨むミーナ。紅茶を淹れながら気持ちを落ち着かせる作戦が使えなくなってしまった……と。
「そ、それもそうね。お気遣いありがとう」
「気遣いだなんて……。そもそも俺が急に来たのが悪いんだし、気にしないでくれ」
心を落ち着かせる事が出来ないままに大護と対面するように座る事になったミーナ。
……おかしい。どうして会話が進まない。座れば自然と大護の方から話してくると思っていたミーナだったが、その期待は裏切られ、二人の間には沈黙が流れる。
こうなったら、自分の方から話を促して……と思ったが、これも様子がおかしい。
普段の自分はどんな風に大護と話しているのかが分からない。口を開こうとしても開かず、言葉も出てこない。鼓動が早まる。こんな経験はした事がない。自分の身に一体何が……?
と、自分の様子にあたふたしているミーナだったが、その感情を表情に出すことは一切せず。
「あ、あのさっ」
大護が急に話を始める。少し驚いたミーナだったが、謎の沈黙が破られた喜びの方が大きかった。このまま彼の話を聞いていつも通りの会話へ――
「今度の催し物、一緒に行かないか?」
――再びの思考停止。大護とのいつも通りの会話、普段通りの会話がわからなくなってきたミーナだった。




