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045 【心理】悲しみ、【建築物】道

 男は旅が好きだった。最低限の荷物を背負い、方々を歩いてまわった。訪れた場所は、数えていないから分からないが、五十は下るまい。見上げるような大瀑布に一面の銀世界、数百人が働く大農園、溶岩を吐き出し続ける活火山など、名所と呼ばれる地はあらかた網羅している。知る人ぞ知る秘境にも、幾度となく挑んだ。新たな発見と興奮を求めてのことである。

 最も、年老いた今では、体が言う事を聞かなくなってきている。度重なる登山や野営と、それらに伴う事故の後遺症もあって、最近は杖が手放せなくなってしまった。体の抵抗力も落ちたらしく、体調を崩しやすくなった。それでも家でじっとしていると、どうにも落ち着かない。見慣れた街中を散歩しても、退屈で仕方がなかった。

「せめてもう一度、旅に出たい。今までの人生の大半は、旅路の上だったんだ。今更、一つ所に留まれるか」

 切実な願いだった。さもなくば生きていても仕方がない、とすら思っている。

 主治医は止めた。だが男の涙ながらの訴えに、ついには折れた。

「健常な身内を連れていく、などの条件を出します。それらが飲めるのなら、許可いたしましょう。……くれぐれも、お気をつけて」


 人生最後の旅になっていい。男は覚悟していた。そして、現実にそうなってしまった。

 山を降りていた時のことである。前日、雨が降っていた。存分に注意してはいたが、体力の衰えには勝てない。泥濘と湿った岩で足を滑らせて、同行していた息子が助ける間もなく、谷底に落下していった。

 奇跡的にも一命は取り留めた。が、木の枝が内臓を貫通しており、重体だった。応急手当の甲斐もなく、男の意識は遠のいていく。

「父さん……まだだ、まだ死んだら駄目だっ」

 涙ながらの訴えに、掠れ掠れの声で答えた。

「泣くんじゃない。俺はこれで満足だ。好きな生き方を、全うできたんだからな」

 そしてふと、笑みを浮かべた。晴れ晴れとした笑顔だった。

「ま、最後はちょっと、踏み外しちまったけど、よ……」

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