040 【属性】義務、【場所】方位(西)
将軍に命ぜられて、国の西端の砦に配属されることとなった。若い兵士はしばし言葉を失ってから、承知しましたと頭を下げた。脂汗の浮いた顔を、見られずに済んだだろうか。血の気が引いていくのを感じながら、思った。
西へ行け。それはこの国の兵士達にとっては、半ば死ねと同義である。屈強な騎馬民族や血気盛んな猛獣の侵攻に、年中晒されているからだ。日が昇れば異民族の嬌声が上がり、夕暮れを過ぎれば得体の知れない遠吠えが響き渡る。年がら年中、血の匂いが絶えることはない。
「日と命が沈む地」
三歳児でも知っている言葉である。
そこに、行かなければならない。
任期は二年とのことだったが、果たしてその半分も、生きて過ごせるだろうか。街道を行く馬車に揺られながら、兵士は首都に置いてきた妻子を思い、涙した。
到着して彼が見たのは、地獄と呼ぶ他なかった。噂話よりも数倍惨い。その日だけで三人の惨殺死体を目の当たりにした。内一人は隣で槍を振るっていた男で、断末魔の声が聞こえたかと思った時には、内臓の破片をぶちまけられて血まみれになった。
兵士は奮戦した。無我夢中で剣を振るい、弩を撃った。何かを考える暇もない。何人もの同僚が、ふとした気の緩みから膝に矢を受けたり、牙や爪に裂かれたりした。彼らの後を追わないためにも、戦い続けた。
兵役なんかで死んでたまるか、という気概である。義務で命を散らすなど、真っ平御免だった。
それでも、無傷では済まされなかった。最初の一月で指を二本食いちぎられ、次の一月で片目を毒矢でやられた。しかし多勢を相手にしていると考えれば、その程度で済んで幸運だったと言える。我武者羅な戦働きが功を奏したためか、半年が経つ頃には砦の誰にも一目置かれる存在となっていた。存外、才覚に恵まれていたらしい。傍目には、誰よりも勇猛果敢に攻め入りながら、不用意な深追いはしない冷静さも持ち合わせていると見られているようだった。実際のところは、生き残りたい、それだけしか考えていなかったのだが。
自然、兵士は指揮される側から指揮する側になった。といっても前線から退いたわけではなく、陣頭に立って兵を奮い立たせる役、といった方が近い。ここでも彼は目覚ましい活躍をした。各々の適正や武器、そして敵の数や地形を鑑みて即席の戦略を組んで、戦果を上げ始めた。戦況が目まぐるしく変わる中、的確な戦法を即座に考案し実行に移せたので、兵の損耗率は大きく減少した。無論、当人にとっては大層な考えがあってのことではない。人が死ぬのを見たくない、死を意識したくないがために行っているだけである。が、それが流される血の量を減らすという形で実を結んでいるのだから、士気も評価も自ずと上がった。
着任して一年が過ぎる頃には、兵士の心境にも変化が訪れていた。生きて妻子に会いたい、その思いは今も変わらない。だがその一方で、仲間を死なせたくないという思いの比重が大きくなってきたのだ。直接的にせよ間接的にせよ、彼が救った命は、もう十や二十では済まされなくなっていた。束の間の平穏な時間に、死地を共に乗り越えた同輩と麦酒を飲む瞬間の心地よさに、何物にも代えがたい温もりを感じるようになった。
もう、自分一人が生き残ればそれでいいという考えではなくなっていた。
自分の力が及ぶ範囲でいい。同じ釜の飯を食う連中と共に、生還したい。
そこに理屈は介在していなかった。あえて挙げるとしたら、肩を叩き合える男たちがいるから。ただそれだけだった。
そして、着任から二年が経った。残るか帰るかと聞かれた兵士は、一も二もなく残ると言った。伝令兵は驚いたことだろう。地獄と並び称された地にわざわざ居着くとは何事か、と。訳を聞かれたので、こう答えた。
「日と命が沈む西の果てにて、一人でも多くの同輩と共に生還する事。それが自分の、義務であります」
「誰に、命ぜられたのですか?」
「誰にでもなく。……強いて言うなら、自分自身に」




