037 【作風】ご都合主義、【心理】好意
思い煩っていることがある。一月前から付き合っている、千沙子のことだ。より正確に言えば、千沙子と自分の関係について、である。
(なぜ、俺なんかを選んだんだろう)
高校生ながら、なかなかに出来た女だ。整った容姿と服装は、ファッションに詳しくなくても感心させられるものがあった。派手ではないが、よく似合っている。無論、外面だけではない。一緒に食事をした後、一息ついたところで紙ナプキンを取ってくれるなど、気遣いが上手い。押しつけがましくしないのもポイントが高かった。かてて加えて、話し上手かつ聞き上手である。どちらが話題を振ろうとも、会話を弾ませられる器用さがあった。
そんな恋人を間近で見ているだけに、己の卑小さが目につく。
背丈はほぼ同等。男子の平均よりも明らかに低い。顔の造作は、小学生の頃、鯰に例えられた。うっかり千沙子の前でげっぷをしてしまった事もある。学もなければ運動も得意ではない。目立つ特技も持っていない。そもそも女子との関わりが薄かったがために、未だに距離感が掴み切れていなかった。デート等では専らリードされる側である。
(そんな自分のどこに、付き合いたいと思わせるものがあったのだろう)
悶々とする日が続いた。そしてある時、ふとした疑心が浮かんだ。
(もしや、からかっているのか)
女子達の罰ゲームで、付き合っている振りをしているだけなのではなかろうか。いい子を装っているのも、落差を激しくするためではないか。そういえば数少ない友人の一人が、オタクくさいという理由だけで標的にされていた。さんざん笑い物にされ、泣いて帰ったという。一週間、顔を見せなかった。
そう考えると、辻褄が合った。腑に落ちた瞬間、それ以外に可能性はなかろうとも思った。でなければ、他にどんな理屈が、二人の縁を取り持っているというのだろう。
自然、余所余所しくなった。千沙子も恐らく、察していることだろう。けれど、それで逆上したり落ち込んだりする娘ではない。気付いた素振りをまったく見せず、日々を過ごした。ここで無理に甲斐甲斐しくしたりしないあたりが、よく分かっている。
生殺しの気分だ。いくら一緒にいて、楽しい思い出を積み上げても、それがいずれ反転するものと思えば、無邪気に喜ぶ気にもなれない。かと言って千沙子が表立った行動に出ない以上、自ら事を荒立てるのにも度胸が要った。たとえ偽りであろうと、心地がいいのは事実である。
フラストレーションは溜まり続けた。そしてある日、映画館からの帰り道で、ついに爆発してしまった。
「……なあ。どうして俺なんかと付き合っているんだ?」
「どうしてって……、あなたが好きだからだけど」
「何処がだよ? 俺のどこに、好きになれる要素があるんだよ? え、今ここで言ってみてくれよ! ないない尽くしの俺が、お前みたいないい女に何で好かれてんだよ! おかしいだろ!?」
そこから先は何と言ったか、覚えていない。言葉になっていたかも怪しいものだ。ともあれ暫くの間、前後も分からなくなるほど喚き散らした。息が切れ、頭に上った血がさあっと引いて立ち眩みを起こしかけた時に至って、ようやく、千沙子に抱き締められていると気付いた。
後頭部をとんとんと撫でられる。母が幼子をあやすかのように。
「……私だって、分かんないよ。分かんないけど、好きなの。不格好で不器用で、弱くて脆くて……でも、私はそんなあなたの支えになりたいの。他に理屈なんて、いらない。もしいるのなら、これから探していけばいいよ。私のこのドキドキする気持ちは、嘘でも何でもないんだから」




