035 【建築物】迷路、【人物】女子校生
学園祭の季節がやってきた。この女子校でも、生徒達が連日、夜遅くまで準備に明け暮れている。劇や踊りの稽古をする者、衣装や看板を作成する者、それらの指揮統括を行う者など。各々が忙しそうに、けれど楽しそうに、校舎中をいったりきたりしていた。
無論、教職員も他人事ではない。ただ、その顔には冷や汗が浮かんでいた。
「今年も、もうこんな時期か……」
「気を引き締めていかないと、だな……」
そんな囁きが、職員室のそこかしこで上がっている。中には、こんな物騒な独り言も混ざっていた。
「……今年は、死にたくなるような目に遭いたくない……」
お通夜のごとき重苦しさである。その中でただ一人、新任の男性教師だけ、首を傾げていた。
「皆さん、何を怖がっているんです?」
「ああ、君はまだあの恐怖を知らないのか」
年配の教頭が、どこか遠い目をしながら、語ってくれた。何がこれほどの恐怖感を煽るのかといえば、本校の学園祭における伝統行事であった。
体育館の中をまるごと使った、大迷路である。
たかが学園祭の迷路、と思うなかれ。ここの女生徒にかかれば、体育館は魔窟と化してしまう。足元に張られたワイヤーに足を取られることなど、序の口。曲がり角の度に骸骨やおんぼろ人形のお出迎えがあり、何度も肝を冷やすこととなる。壁があると見せかけて実は通行できる箇所があったり、逆に道が透明な板で遮られていたりする箇所もある。迷路自体も複雑で、三十分近く彷徨い歩くのも珍しくない。やっと出口、というところで金盥を落とすあたり、筋金入りである。
ちなみに前述の、死にたくなるような目、とは、全身にペンキをぶちまけられたことだ。そこを受け持ちの生徒にばっちり目撃され、しばらく笑いの種にされてしまったという。
ならボイコットすれば済む話なのかというと、そういうわけでもない。度胸がないだの、生徒の頑張りを見るつもりのない薄情者だのと後ろ指を指されるのである。学級崩壊やいじめにまで発展しないものの、実害らしい実害が出ないので表立って対策を講じるわけにもいかない。なす術もないまま、居心地の悪さを甘受するしかなくなるのだ。それなら迷路に翻弄される方がマシだ、ということらしい。
話を聞かされた時は、半信半疑だった。まさか女子校生にそんな大層なものは作れまい、と。だがそんな彼も、当日、体育館から足を引きずるように脱出するに至って、考えを改めた。
「おお。どうだったかね」
「……命辛々でした、ええ。もちろん比喩ですが」
「今年は一段とパワーアップしておったなあ。防犯用ペイントボールは、あんな使い方をするものではないのだが」
「というか、トラバサミなんてどこから調達したんでしょうね、あの子たち……。プラスチック製だからまだそれほど痛くないですが……。あと回転する床とか、どうやって作ったんでしょうね」
長い、長い溜息が出た。愚痴が口をついて出た。
「……どうしてうちの女子校の生徒って、学園祭の迷路であんなに才能発揮しちゃうんでしょうかね……」
「さあ、分からん。……それこそ、迷宮入りしそうな謎だね」




