028 【科学】性転換、【建築物】工場
「やっぱり儲かるものだな」ある医者はそう呟いた。「性転換手術というものは」
この時代、男が女に、あるいはその逆に変わるというのは、もう珍しくなくなっている。幾許かの金と時間さえあれば、誰でも性別の垣根を越えられるようになっていた。人によっては、美容院にいくような感覚で病院に足を運んでいる。
都会は特に、性をファッションとして捉える傾向が強い。自然、執刀医の懐も潤うのだった。今でも一等地の豪邸を買える程度の富はある。
しかしこの医者は、それで満足しなかった。人気があるのだから、この波に乗らない理由はない。また現実問題として、客がひっきりなしに押し掛けるものだから、休まる暇がない。作業の効率化を図らねばならなかった。
そこで思いついたのが、性転換工場の建造である。
手術行程の一部、具体的にはホルモンバランスの改変や器官の入れ替えなどを、機械に任せてしまうのだ。人間の手が入るのは最終調整だけ。医者の負担は大きく減少することとなる。そして患者の負担は変わらない。手術室ではなくベルトコンベアの上に寝転がるだけでいい。
期待されていた以上の成果が上がった。回転効率が上がり、更にヒューマンエラーがぐっと減ったのだ。素早く、安全。それでいて価格も従来より安く済ませられる。消費者が飛びつかないわけがない。数か月先まで予約待ち、という所も少なくなかった。
「私の目に狂いはなかったな」
南の島の別荘で、美女の腰を抱きながら、医者は笑った。まさかここまで上手くいくとは思っていなかった。もう自分だけでなく、妻も子も、それどころか孫の代も働かなくて済むほどの貯蓄があった。笑いが止まらない。
それでも、まだどこかに詰められる余地がある。彼の勘は、まだまだ欲に敏感だった。
「まだ何か、効率化を図れる所があるはずだ。考えろ、考えるんだ」
死の寸前まで、医者は思考し続けた。そして病床にて何かに思い当たり、老いた目を爛々と輝かせながらメモを書いた。ペンが止まるのと同時に、息を引き取った。安らかな死に顔だったという。
医者の逝去から数十年後、性転換工場は一つの変革を迎える。彼の遺言が現実のものとなったのだ。
「これまでは患者の細胞から臓器を培養していました」
志を継いだ息子は、記者会見でこう述べた。
「しかしこれからは、我々が前もって準備することで、行程の更なる簡略化を実現します。作り置きをしておく、と言い換えることもできますね」
患者が来てから性器を新造するのではなく、予めストックを作っておく。そしていざ移植する時、拒絶反応が出ないよう調節するのだ。これで回転率は更に上がる。最終的に、手術時間は最短で一時間半で済むようになった。
「どんな遺伝子から作るのですか? 劣悪な遺伝子では、患者も納得しないのでは?」
「ご心配なく。遺伝子学上最優良となるよう改良されたものを使います。何のデメリットもない。むしろ、メリットだらけと言えるでしょう。子に託す遺伝子を良いものにする、というのは自然な発想ではないかと思います」
そこまで意図されたものかは分からないが、ここに至って、性転換はファッション以上の意味を持つこととなる。よりよい子孫のための、先行投資だ。間もなく、国民全員が工場に足繁く通う時代が到来した。そしてかの医者の家計に、更なる富をもたらした。
故に、異変は見て見ぬふりをされた。
顕在化したのは、数世代を重ねてからだった。
個性の消失である。
性別の頻繁な入れ替えによって、人間の体からは性差がなくなっていった。男性器も女性器も切除と接合が繰り返されるのなら、持って産まれてくる必然性もない。男でもなければ女でもない、マネキンじみた体付きの幼児が誕生するようになった。
この時はまだ、大した騒ぎにはならなかった。むしろ、手術がしやすくなって助かる、と歓迎されたほどだ。だが優良遺伝子を用いた規格化臓器が出回り始めるに至って、問題は次のステップに移行する。
個々人に特有の遺伝子が淘汰されていった。あらゆる家族が似たような精巣と卵巣から産まれた精子と卵子から発生しているのだから、類似品の新生児が産まれるのも当然のことだった。結果として同じ顔、同じ脳、同じ免疫を持つ人間が溢れかえることとなる。
その危険性は、ある病が流行った時、衆目に晒されることとなる。誰か一人が罹患するのなら、他の誰もが同様の可能性を抱えていた。如何に人間として優れた遺伝子を持っていたとしても、万能には程遠い。治療にあたる者も、例外ではない。感染は爆発的に広がった。数百万人単位で人が死んだ。まるで、環境の急激な変化に耐えられないアメーバのように。
賢明な誰かが気付くことになる。
かの医者は、有性の人間を無性生物に転換する、おぞましい工場を建ててしまったのだ。そうやって生産された新人類は、自らの体に後付けされた器官から、規格化された子孫を出荷していくのである。




