020 【器物】金属(銀)、【自然】泥
「泥船で湖を横断できたら、銀貨二十枚を進呈しよう」
遊び好きの領主がそんなお触れを出すものだから、領民はこぞって挑戦した。一年は働かずとも暮らせる額だ。老若男女が夢と共に漕ぎ出しては、沈んでいった。
といっても、皆、本気で挑んでいるわけではない。木のボートでも二時間はかかる距離である。お祭り騒ぎの口実、というのが実情だった。
だが一人、真剣に賞金を狙っている少年がいた。貧民街出身で、着るものは襤褸切れに等しく、ぼさぼさの髪には虱が湧いている。彼は一人で泥船を作り、挑戦し、その度に失敗した。日の出から日没まで、休まず続けた。何度ずぶ濡れになっても、諦めなかった。
好奇の目線が向けられたのは、言うまでもない。揶揄する者もいた。
「小僧、そんなに銀貨が欲しいのか。貧乏人め」
「悪いか。病気の親父に楽をさせるためだ」
「真面目に働いたらどうだ。こんな遊びに熱中するくらいなら」
「今に見ていろ。絶対に達成してみせる」
口喧嘩の末、そんな啖呵を切った。
しかし、望みが叶うことはついになかった。ある日、いつものように泥を掻き集めていた少年の元にも、その報せは届いた。
領主が飽きた。だからもう止めにする、という。
力が抜ける心地がした。座りこんだ少年に、心ない嘲笑が浴びせられた。
「口先だけか。親の顔がみたいものだ」
「どうせ法螺吹きの息子なんだろ」
「妄想狂は妄想狂を産むのかねぇ」
自分のことを言われるのならともかく、親を嘲られるのには我慢ならなかった。落涙しながら掘立小屋に帰るなり、床に臥していた父に頭を下げた。
「ごめん。親父の顔に泥塗るようなこと、しちまった」
いくら待てども、叱責は来なかった。それどころか穏やかな声で、こんなことを言われるのだった。
「儂のためにそこまで頑張ってくれるお前の方が、どんな銀貨よりも価値があるよ」
抱き締めてくれた父の温もりを、少年は生涯、忘れなかったという。泥まみれの極貧生活においても。必死の努力の末に真っ当な領民となり、お金に不自由しなくなってからも。




