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015 【人物】メイド、【人物】賢者

 村はずれの館は、賢者の屋敷と呼ばれている。そこに希代の天才錬金術師が住んでいるからだ。


「ご主人さま、失礼致します」

「ああ、入ってくれ」

 執務室に入ってきたのは、妙齢の家婦長である。背筋をぴんと伸ばしたまま、机に近づいてきた。

「今度、大陸西部に遠征してくる。随伴を命じる」

「かしこまいりました。出発はいつごろに」

「明後日だ。準備はできるか」

「はい、問題なく」

 主人はその後、道程や旅行日数などを詳しく伝えた。馬車や旅装の手配などの実務は、この女婦長がやってくれる。穏やかな顔で相槌を打っている今も、頭の中では、仕事の手順を考えているのだろう。そして部屋を辞去するなり、取りかかるに違いない。平時の仕事をもこなしながら。

 一通り話し終わると、家婦長は、

「僭越ながら、お聞かせ願いたいのですが」

 と訊いてきた。

「私をご指名ということは、学会にも?」

「ああ、そうだ」主人は頷いた。「どうしても会いたいそうだ。お前に」

「なるほど」

 概ね察したらしい。

「先日書かせて頂いた論文について、でしょうか」

「らしいな。二つ三つ質問したい、その上で使いたい、と私の旧友が言っている。まあ、応じてやれ」

「かしこまいりました」

 と、家婦長は頭を下げた。

(まったく、不思議な人間がいたものだ)

 天才錬金術師、それは主人ではなくこの家婦長を指す名である。

 彼女が実験室で今まで発明した品物は、百を裕に越えている。近年普及し始めた硝子や水銀灯、黒色火薬などは、その中でも特に有名だ。数学や物理学の定理・公式も多数発見している。時代の最先端を担っている、そう表現してもいい。

「それでは失礼致します」

「ああ、ちょっと待った。ふと、思ったのだが」

「何でございましょう?」

「それほどの才がありながら、なぜ暇を乞わない? お前なら女中などやらなくても食っていけるだろう。私塾を開く、などすれば」

「つまり私はもう用済みだと」

「ああいや、そうじゃないんだ。家事全般をてきぱきこなすし、他の女中からも慕われていると聞く。学才を別に考えても、失うには少々惜しい」

「ええ。私も」

 柔和な笑顔を浮かべながら、言った。

「お許し頂ける限り、ご主人さまに尽くしたく存じ上げます。人に仕える道こそ、私の本懐でありますゆえ。――私の研究成果もまた、世間のあらゆる人々の婢となるべく、発表させて頂いているに過ぎません」

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