014 【生物】小人、【建築物】階段
「人間とは一体、どういう神経をしているんだろう」
小人達は憤慨していた。彼らの眼前には、階段が立ち塞がっている。一段が身長の三倍ほどもあった。
「自分ら以外は使えなくてもいいような代物で満足するなんて、発展性がないにも程がある」
「猫や犬はともかく、鼠やハムスターでも登れるようにしよう、とかは考えないんだろうか」
「所詮、人間ってのはそういうものだよ。技術力を同胞のためにしか使おうとしない」
「宝の持ち腐れだよ。ちょっとは僕らのことを考えてもいいだろうにね」
ひとしきり愚痴を出しあってから、どうするかを話し合った。一階に住みつく分には不自由しない。しかし増え続ける小人人口を考えれば、いつかは二階や三階にも版図を広げなければならない。その行く手を阻むのが、階段だった。
まず提案されたのは、梯子を使うことだった。これは少人数を上り下りさせるには役に立ったが、民族移動には使えない。たった一人を登らせるために、梯子を数人がかりで上げ下ろししなければならないからだ。階段に固定したものは、人間の手で取り除かれてしまった。
何人かを先遣隊として送り込むのが関の山だった。だが少数とはいえ、小人が二階にまで進出できたのは事実である。次の段階には、上階との連携なしには辿りつけなかったに違いない。
「昇降機を作るんだ」
「梃子の原理を使うあれかい?」
「そうそう。壁の中に縦穴を掘るんだ」
紐の両端に籠と重石を括りつけ、それを滑車でぶら下げる。単純な構造だ。工事の末に完成した昇降機は、僅かな労力で一度に数人の小人を二階に送り届けることを可能にした。彼らは我先にと新天地を目指した。
この時の技術や経験は、他の家に住む小人達にも瞬く間に伝わった。そこかしこで工事が行われる。可住地はどんどん広がっていった。
「やったぞ、階段を克服してやった!」
「これからはボクらの時代だー!」
堪ったものでないのは、寄生される人間達である。日夜を問わず作業をされるお陰で、しばしば眠りを妨げられた。開いた穴から鼠や虫の侵入を許した家もある。酷いところでは、壁の強度が落ちたがために倒壊してしまうという事もあった。
「どうする。小人どもを一斉駆除してしまうか? 屋外じゃあまともに生き残れないような奴らだし、不可能じゃないと思うが」
「馬鹿言え。ちょこまかと逃げられて、ほとぼりが冷めた頃にひょっこり戻ってきやがるのさ。子ども並の頭しかないけど、そういう知恵は働くんだよ」
「かと言って家ごと焼き払うわけにもいかないよな」
「それに小人とはいえ生き物なんだから、殺す前提で話を進めるのも忍びないよ」
住民達は頭を抱えている。そこに、ある男がこんなことを言った。
「じゃあさ。小人専用の家とか建ててやればいいんじゃない?」
人間の住む家に居つくから問題になる。だから住み分けを徹底するのだ。これなら人間も小人も共存できるかもしれない。他に現実的な案もなかったので、採決された。
言うは易し、しかし行うは難し。小人を交渉の席に就かせるだけでも一年は掛かった。それから小人用集合住宅の利点を理解してもらうまで、更に一年を費やした。その間に何十回もの喧嘩が起こり、その度に互いの価値観のずれが浮き彫りとなった。
「小人は我々よりも相当、精神年齢が幼いようだ」
「人間は自分たちが優れているって思い込んでいるんだって。馬鹿馬鹿しい」
それでも、提案者の男は粘り強い交渉を進めた。物理的・心理的な断絶を踏まえた上で、互いに納得のいく妥協点を模索し続けた。その真摯な姿に感化されたのか、小人も徐々に我儘を引っ込め始めた。根は純朴なのだ。人間に悪意や敵意がないと知れると、聞く耳を持つようになった。
「豊かな感性に独創的な発想。なるほど、小人もなかなか侮れない」
「人間にもいろんな奴がいるんだな。協力してやってもいいかもしれない」
ここまで、二年。それからの事の推移は、速かった。人間側は用地や資材の確保、及び基礎と力仕事を請け負う。小人は設計や内装を担当した。共同作業は、多少ぎこちなかったが、大きな問題もなく進んだ。一月足らずで一号館が完成する。
お世辞にも、優れた建築であるとは言い難かった。何せ世界初の小人専用家屋である。設計に無駄や無理、不合理があったりしたために、入居した小人からの評判は芳しくなかった。この不満点を解消するのが、二号館の主な命題となった。
「さて、次はもっと立派なものを建てようか」
「任せておきな、あんちゃん」
この事業が後々、異種族との共存における一つのモデルケースになるとは、当人達は思いもしなかっただろう。獣人の人権問題の解決も、数百年単位で先延ばしになっていたかもしれない。
後世の歴史家は、こう評した。
「彼らは目の前の階段を上ろうと奔走している内に、知らず知らずの内に登っていたのだ。人間を含めた生きとし生けるもの全てが平等に生きていける世界に至るための、大きな階段の最初の一段を」




