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012 【器物】絵本、【作風】ダーク

※少しだけ暴力系描写あり。苦手な方はお気をつけて。

 ――昔々。あるところに、とても不憫な少女がいました。母親は、彼女を産むなり死んでしまいました。父も兄弟もいません。仕方なく、甥夫婦(少女から見たら叔父夫婦)の元に預けられることとなりました。

 親戚付合いがあったわけでもないので、肉親としての情が湧くはずもありません。ましてや、やんちゃ盛りの男の子を育てるのに手一杯でしたので、少女はただの厄介者でしかありませんでした。さりとて捨てるわけにもいきません。間引きは法で禁じられていて、破ったら軽くはない罰が下されるのです。


 少女の不憫なところは、虐待が違法ではなかったことでしょう。物心つく前から、少女がお腹いっぱい食べられたことはありませんでした。一日一食、腐りかけの残飯という定番メニューを、廊下の隅で啜っていました。おかわりを求めるどころか、お腹の虫を鳴らしただけで皿を投げつけられる有様です。まあ、そうでなくても拳や蹴りは事あるごとに飛んできたのですが。

 歳が十を越えたあたりからは、家事全般を押しつけられるようになりました。少女にとってはどれも未知の領域です。何度も何度も失敗をしました。実際のところ、成功は期待されていなかったのでしょう。料理など見よう見まねすらできませんでした――それまで料理という行いを、一度たりとも見たことがなかったのですから。ですので家事押し付けは、少女を殴ったり蹴ったり、また泣き叫ぶのを見て笑い楽しむための口実だと考えるのがベストでしょう。

 ちなみに、少女が量産した失敗作は少女自身が処分することになっていました。義父母一家はその様子を嘲笑と共に観賞してから、悠々と自分達の料理にとりかかるのです。炊事に限らず掃除や洗濯も、少女に悪戦苦闘させるだけさせてから、結局は義母らが仕上げるのでした。


 ある日のこと。義兄とその友達五、六人は、少女を地下室に連れ込みました。どうやら、義兄は少女のことを、若さを持て余している近所の男の子達に教えたようです。新しい玩具に飢えていた彼らは、目を輝かせて少女で遊びました。犬よりもよく鳴いて、かつ蛙や虫よりも頑丈なのです。夢中にならない訳がありませんでした。夫婦はそのことを知っていましたが、特に気にすることはありませんでした。

 その日の夜。裏庭の片隅で襤褸に包まり、声を押し殺して泣いていた少女の元に、一人の男の子が現れました。義兄の取り巻きの一人です。半狂乱になって逃げようとする少女を、その男の子は宥めすかしました。そして落ち着いて話ができるようになった頃、切り出しました。少女に一目惚れした、と。だけど他の皆がいる手前、大っぴらに庇ったり助けたりするわけにはいかなかった。だからこうやって夜に現れた、と。

「一緒に逃げよう。そして、二人で幸せになろう」


 少女は男の子を、すぐには信用しませんでした。本気かどうか確かめるために、お金と服を用意してくるよう言いました。男の子は二つ返事で了承し、それなりに纏まった量の硬貨と、男物ではあるけど新品の衣類を持ってきました。

 口先だけではないらしいと察した少女は、義父母一家を殺害してくるよう言いました。これには男の子もすぐには返事できません。言うまでもなく、殺人は重罪です。少女は、彼らを殺さない限りどこに逃げても追ってくる、と説き伏せました。男の子はそれでも躊躇っていましたが、少女を救いだせるのなら、と決意しました。

 事は滞りなく終わりました。夜も更けていて、義父母も義兄もぐっすりと眠っていたからです。男の子が三人の胸に短剣を突き立てるのに、それほどの労力はいりませんでした。

 そして一仕事を終えた男の子の首に、縄がくくりつけられました。少女によるものです。男の子は目を白黒させ、泡を飛ばしながら、何故、何故と喚き散らしました。少女は渾身の力で締め上げながら、絞り出すように答えました。

「あなたも、私の敵に違いないから。あなたも何だかんだ言いながら、私に乱暴したでしょ。それなら、こいつらと何も変わらない。一目惚れしたから助けるなんて、虫がいいにも程がある。それとも、私のために動けば罪が帳消しになるとでも思っていたの? ねえ、どうなの?」

 返事はありませんでした。


 夜が明けてから、少女は家を出ました。手にした袋には、男の子に差しださせた硬貨と、家にあった宝石類が詰め込まれています。大通りに出て、馬車を呼びとめました。比較的大きめのもので、これから港町に向かうとのことでした。

「私も乗せていって」

「金はあるのかい」

 運転手の問いに、少女は一掴みの硬貨を見せました。

「これで足りる?」

「ああ、十分だ。荷台にでも乗ってくれ。それにしてもたった一人かね、生きていけるのかい?」

「ええ」

 少女は目線を逸らさずに、言いました。

「生きていくために、独りになったの」









「……これはまた、凄い原稿を持ちこまれましたね」

 若い編集者は慎重に言葉を選びつつ、紙束から顔を上げた。愛想笑いは間違いなく引きつっていただろう。対面に座る筆者の女性も、それに気付いているに違いない。

 彼女はしかし、能面のような顔を崩さない。背筋もぴんと伸ばしたままだ。

「それで、お気に召しましたでしょうか」

「まあ、最近流行りの大人向け絵本を取り扱う、うちの出版社の方向性には合致してますんで」

「最近の絵本は、子供向けだけとは限らないらしいですものね。新聞や雑誌で少し見ただけだから、あまり自信はないのだけれど」

「そんなところですね。ま、とりあえず編集長に取り次いでみます。いい線、いくと思いますよ。大人向けといえど少々長すぎますし、色々と手直しは必要かと思いますが」

「まあ」

 ぱあっと笑顔になる。先程までの無表情が嘘のようだ。編集者はどきりと胸打つものを感じて、慌てて話題を変えた。

「そ、それにしても非常に生々しい物語ですね。さぞ、苦労されたのでは?」

 描写や構成はそれほどのものでもない。絵心にも恵まれていない。どちらの筆も、初めて執ったのだろう。修正は必要だ。しかしそんな不格好さが、却って後ろ暗さや恐ろしさを引き立てているように思えたのだ。ページを鮮やかに彩ることのできる絵本ならではのインパクトが与えられそうだった。

 女性はにっこりとほほ笑んだまま、ありがとうございますと会釈してから、言った。

「まあ、一度生国を離れてしまえば、案外生きやすかったですよ」

「……え?」

「今時密航させてくれるような船乗りに巡り会えたのも幸いでしたね」

 編集者は目を瞬かせる。女性がまっすぐな姿勢を崩すことはなかった。

「何より追ってくる人がいないと分かっているから、気楽なものです。ははは」

「あ、じゃあ……」

 手元の原稿をちらりと見てから、喋ろうとして、慌てて飲み込んだ。口から出掛かったのは、次のような質問である。

「このお話はフィクションですか、それとも」

 恐れている返答が来たらどう反応すればいいか、彼には想像すらできなかった。

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