12-5 打開の糸口
広がる紅蓮はあたかも真っ赤なカーテン。
アビスの言う、準備完了はこれのことを指すのだろうか?
「ほ、炎の障壁ですかっ!?」
「うむ、対魔法障壁……遮断隔壁だ」
対魔法という通り、飛来する魔法弾は次々と消滅――いや、焼失していく。
干渉領域が相当広いのか、俺達全員をカバーするように紅蓮の障壁が展開されている。
「……ふにゃあぁぁ………」
砲撃を遮る壁が出現し、ようやく開放されたリルドナがぐにゃりと脱力し尻餅を着いた。
口から漏れる言葉がネコっぽいのは気のせいだと思っておこう。
俺はリルドナに水筒(今朝に井戸で汲んでおいた水の入ったモノだ)を手渡した。
「ほれ、少し休んでろ」
「あ、ありがと」
程よく脱力し切ったリルドナを視界に残しながらアビスに尋ねる、
「凄い障壁ですね、対魔法?とか仰ってましたが」
「魔力を自動感知し『燃料』として燃焼吸収する術式だ」
「て、ことは魔法以外は?」
「残念ながら無力だ、その分魔力のコストは抑えられるがね……元々は拠点防衛用の術式だ、展開に長い詠唱が必要だし展開範囲を動かせないので、移動することも出来ない」
「……いろいろ使用制限が掛かるんですね」
そう何事も旨い話だけではないのだ。
目下の問題だけでも、と言ったのはこういうコトだったのだろう。
「障壁を維持すること自体は可能ですか?」
「その点ならば大丈夫だ、手間が掛かるのは発動まで……なんでね」
それならば話をする猶予は充分にありそうだ。
「――こんな時ですが、少し状況を整理してみます」
そもそも目標はこの石段を登り切った先にある屋敷本館に到達することだ。
真っ直ぐに登って行きたいところだが、石段は屋敷への直線方向とはほぼ垂直に…つまり横向きに配置され、何度も左右に折れて相当蛇行し迂回させられた形になっている。
石段を無視して無理やり直線に登ってやりたいところだが、斜度はかなり急勾配で、重い荷物を担いだままではよじ登るには少々骨が折れる、当然荷を捨てることは論外だ。
そんな地形配置の上で、炎の障壁は石段とほぼ並走するように展開されている。
障壁が伸びている所までは安全に登れそうだが、いずれ折り返しで障壁より向こう側に出なければいけない。
「アビスさん、この障壁ってもうちょい先に……できれば進軍に合わせて再配置って可能ですか?」
「……難しいな、術式の基点となる霊装も一つしか無くてね、障壁の再構築には一旦、今展開している障壁を消さねば無理だ」
塹壕戦は無理なようだった。
となると、罠の無力化か強行突破しかない。勿論、後者を選ぶつもりは無い、というか選びたくない。
「柱の破壊……と行きたいところですが――」
ロイが首を左右に振る、
「うーん、ボクの銃でもダメだったし、ここからじゃ無理じゃないかな?」
「だったら……」
と言いかけて、肝心の人物が既に居ないコトを思い出した。
「……えーっと、アビスさん。専門外かも知れませんけど、あの柱がどういうモノかわかりませんか?」
「うーむ……全く知らないモノでも無いが……恐らくは『ピラー』。
魔術師が自分の拠点防衛に設置する自動迎撃型の魔法砲台のようなモノだったと思うがね」
「魔法砲台……ですか」
「うむ、昔にギルドの資料室にある錬金術の文献で見た気がする……が、すまない。恥かしい限りだが錬金術は専門外でね、あまり詳しいことは覚えてないんだ、スルーフ殿が居れば簡単な問題だったんだろうが……」
アビスの口から零れたスルーフの名に、場の空気は一段重くなった。
「クソッ!キーマンが真っ先にやられてるじゃねーか!」
「……だからこそ狙われたのかも知れんな」
激昂するゼルと目を軽く閉じて思案するブル-ノ。
一見すると彼らの意見は的を得ていると思う。
だが、この性格の悪い妨害者側がそんなことをするだろうか?
あくまでこちらを試す……もしくは仲間割れで自滅を誘おうとしているのだ、直接手を下すとは考えにくい。
スルーフとアーカスの殺害がイレギュラーのモノであったのなら、別の『抜け道』を用意してくれてるのでは無いだろうか?
「なぁ、ルーク……」
「む、どうした?」
この男は言わずと知れたチェス好きだ。
それはワザワザに自動人形を用意してまで対局をしたい程らしい。
その目的は今はどうでも良いが、その過程が今は重要だった。
「お前確か、錬金術に詳しかったよな?」
「……肯定だ」
返答に逡巡の気配を見せたが、答えはYES。ならば後はキッチリ聞き出せばいいだけだ。
「単刀直入に訊く、あの柱を止めるにはどうしたら良い?」
「破壊すれば良い」
「すげぇ頑丈だったぞ?」
「――問題ない、『ピラー』そのものは頑丈でも、制御管制を行っている『スフィア』は驚く程脆い」
驚く程淡々とルーヴィックは語った。
「それはどんなモノだ?」
「大人が一抱え出来る程度の大きさの水晶玉みたいなオブジェだ、錬金術ギルドの規格で大方決まっている」
立て板に水とはこのコトか、次から次へと淀みなく情報を提供してくれる。
「それは大抵何処に配置している?あと破壊方法は?」
「配置した『ピラー』群のほぼ中央……にしか配置出来ない、魔術回路上絶対にそうなる」
俺達のやりとりに目を丸くする周囲を尻目に、ルーヴィックは次々と知識を伝えてくれる。
それらを総合すると無人迎撃設備である『ピラー』の仕様が見えてきた。
こうなってしまえば、あとはどう処理するかだ。
「あとは……『スフィア』の位置か」
適材適所。
それが可能なメンバーのはずだ、俺は迷わずソイツの方に向き直り告げる。
「――リルドナ、頂上部分に一抱え大の球体がある筈なんだが、見えるか?」
「ううん、見えないわ」
即答だった。ここまでハッキリ告げるなら、本当に見えないし、凝視しても見えないレベルなのだろう。
仕方なくまた別の切り口から『スフィア』の位置を割り出そう、と思考を働かせたとき、でもね?とリルドナが言葉を繋いだ、
「そういう球体は見えないけど……あの柱が二本重なって見えるトコ」
俺はリルドナの指差す方向を彼女の手の角度と見比べてから、注視し聞き返した。
「……あれがどうかしたのか?」
「なんて言うのかしら、あれの向こう側だけ漂在魔力の流れが違うわ」
漂在魔力?何だそれは、と聞き返そうするよりも早くヤツが応える。
「自然界の大気中に漂っている魔力の奔流だ、リルの『眼』はそれらも視ることが可能だ」
「相変わらず凄い目だな。……それの流れが違うってコトは」
そこに何かしらの魔力の影響の受けるモノが存在する、それも目視出来ている『ピラー』とは違う反応。
――恐らくそこに『スフィア』がある。
次に浮上する問題は、やはり手段。
どうすればこちらからの攻撃が届く?
「うーん、厄介だね」
俺の心中を察したロイが代弁を口にした。
はい、と俺は相槌を打ち視線の先の『ピラー』を睨みつけた。
「まぁ、そう簡単に破壊出来る場所には設置しないよね、
ここからの狙い撃ちはほぼ不可……で、ボクからの提案なんだけど」
いつもの飄々とした気配を感じさせない、真剣な表情だった。
「あの柱の標的になっているのはボクだ、だからボクを置いて先に行って」
今激しく速射されている砲撃も、先ほど『ピラー』に攻撃を加えた為に始動したモノだ。
射線角もロイに合わせているのだろう、確かにロイに照準を定めているように見える。
「……ロイさんがお留守番している間に『スフィア』を破壊しろ、てことですよね?」
「ま、すぐにブッ壊して開放してやるよ、オメーは大人しくしてろ」
力強くゼルが踏み出そうとするが、それを止める。
「待ってください、多分ソレも出来ないと思います」
「あン?」
「なんだって?」
訝しげにする二人に、見ててください、と手で示し、荷物からクロスボウを取り出し無言でボルトをセットする。
狙いは……まぁ適当な炎の障壁の範囲外、その何も無い空間目掛けてクロスボウのレバーを握り込み発射した。
「?」
「何を狙って――」
ロイの発言途中でソレは起きた。
「なぁーっ!?」
今までロイを狙って炎の障壁に衝突し続けていた砲撃が一転して向きを変え、先ほどクロスボウの射撃を放った何も無い空間へ……あたかも飛び去ったボルトを、遅れながらも追いかけるような掃射に切り替わった。
「……やはりロイさんを狙っていると見せかけての――標的の自動追従のようです」
睨んだ通りだった。
つくづく誰かさんのやりそうな手だった。
そして、その数拍後、
「ぬお!?またこっちに撃ってきたぞ!?」
「多分ですけど、射出されたボルトを撃墜したか、追えなくなったかのどちらか、と思います」
「ねぇ、アンタのソレ……」
「む、なんだよ」
今まで大人しかったリルドナが口を挟んでくる。
――どうせロクなことを言わないと思ったが、耳を傾けてみた。
「武器として本来の使い方したこと無いんじゃないの?」
そこかよ!
ああ、そうだよ!どうせ俺の腕じゃ使い物にならんと言ってるだろぉ!?
――とは、言ってないけどさ……。
「と、なると……ここからなんとか、その『スフィア』とかいうのを破壊するしかないのかな?」
「それが一番安全のはずです」
「でも、どーするよ?闇雲にロイの奴に撃たせても、また何か仕掛けが起動したりしねーか?」
ゼルは言葉を省いているが……どこに『スフィア』があるかわからない、だから闇雲に撃つくらいしか無い、ということだ。
下から上の様子を伺うのは難しい。
どうにかして頂上の地形を把握手段は無いだろうか?
「……少し考えます。なんとか上の状況がわかれば、そこを狙えば……」
どうしても歯切れの悪い言葉になってしまう。
一番安全な方法と言ったものの、酷く現実的ではない。
――しかし、俺の思考はヤツの言葉で断ち切られた。
「ふむ、エイン。悪いが少し見てきてくれ」
「なん――」
だって?と発音するよりも早く、下からの凄まじい衝撃に襲われた。
だが、聞いて欲しい。
何度もこういう展開に遭って来たのだ、俺も咄嗟にガードはしたんだ。
腰を落とし、強く踏ん張った上での両腕での十字受け。
唯一の誤算は、その衝撃がいつもの水平ではなく垂直。
それを受けた直後、身体に激しい重力が掛かった。
周囲の景色が目まぐるしく下へと流されていく、
――つまり、
「ぬぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉォォォオオォォォォォ――――!?」
――俺は上へと上昇させられているのだった……。




