12-4 ひとつの仮説
本当に偶然だったんだと思う。
身を伏せて、その上を魔法弾が通過してくれる軌道だなんて全く予測出来ていなかったし、まさか出現している全ての鉄柱が一斉掃射してくるとは思いもしなかった。
俺が思いつきで取った行動が偶々正解に近かっただけ。
そしてロイのすぐ近くに立っていたのはゼルだけ――他の人間はマスケットの発砲音かた少しでも逃れるように距離を取っていたからだ。
その近くに居た彼も瞬間的に大きく退避してくれたのは幸運だった。
――本当に、奇跡的に被害が無かった。
「た、助かったよっ!ムノー君」
ロイは乾いた笑いを浮かべながら、俺と一緒に身を起こす。
しかし、安心するのも束の間。
すかさず鋭く――それでいて澄んだ声が突き抜ける。
「まだよ!まだ来るわっ!」
その声と共にリルドナが猛スピードで太刀を鞘から引き抜きながら突進してくる。
もちろん俺達を斬り捨てる、というワケはなく。「まだ来る」モノを迎撃する為だ。
「アンタ達、ちょーっと動かないでね?」
立ち上がり途中の半端な姿勢のまま、俺とロイは硬直を余儀なくされる。
そして、黒い小さな影が目まぐるしく駆け巡り、送れて赤い光の線が次々と虚空に流れていく、
――としか、俺には認識できなかった。
「な、何が起きてるんだよ?」
「今……アンタ達が標的に……、
――されてるから凌いで――るんでしょ!」
口を開きながらも太刀を忙しく振るっているのか、言葉の端々に余裕の無い気配が汲み取れる。
「……なんてこった、速射してきてるよ……」
一瞬、ロイが何ことを言っているか理解に至らなかったが、眼前で次々で弾ける淡い光の霧散という光景を目の当たりにし、ようやく疑問が氷解した。
今まで仕掛けを踏んだときにしか発射して来なかった鉄柱が、親の仇でも討つかの如く、次々と魔法弾を射出し続けている。
そして、その絶望的な弾幕を、リルドナが一人で迎え撃っている。
悪い冗談としか思えなかった。
彼女もまた弾幕のような斬撃を放ち続け、迫り来る魔法弾の全てを霧散させていく。
それはルーヴィックには及ばないものの、正に……剣の結界とも言うべき速度だった。
俺達に「動くな」というのは尤もなコトだ。迂闊に動けば俺達も斬り捨てられてしまう。
「すまん。た、助かった」と、とりあえず礼を述べるが「……けど、そっからどうするんだ?」とリルドナに尋ねた。
「……っ」
彼女は息苦しそうに肩を揺らし、何かを弱々しく呟いた。
「……ど、どうしよう……考えてなかったわ」
「おぃイ!?」
そこはやはり信頼と安心のINT3だった。
魔法弾の速射は未だ止む気配が無い。
盾となった彼女はそこから動くに動けないのだ(忙しく動いているが移動できないという意味)。
例の魔法剣の維持は常時魔力を回収してるから問題ないだろうが、それを振るう身体の動作の方が明らかに消耗が激しい。
リルドナの表情からは余裕が消え、一心不乱に飛来する魔法弾を斬り捨てている。
彼女の体力が尽きたらそこで終わりだ。
――しくん。
また、しくしくと胸が痛くなってきた。
頭の中もなんだか酷い違和感ともとれる不快感に満たされる。
なんとかしてやらねばいけない、
絶対、守ってやるしかない、
次々と激しい強迫観念が擦り寄ってくる。
果たして、俺はどんな顔をしていたのだろうか?リルドナが「なんて顔してんのよ」と儚く笑い、
「と・に・か・く、今は何も考えないようにするわ!」
「おい!無理するなっ!」
というか『今も』じゃないのか?という浮かび上がったツッコミは自宅警備を命じた。
――そんな場合じゃない、今は頭を使うときだ。
リルドナの小さな肩が軽く上下しているのが見てとれる。
やはり疲れが無いワケではないのだ。
そんな時、
「――娘さんや」
この危機を救う助け舟は少々別角度から来訪した。
「もう暫く耐えてくれ、なんとかしてみよう」
その声の主は……ローブに身を包んだいかにも魔術師といった風貌の男。
――アビス・ストライゴだった。
「何か打開策でもあるんですか?」
咄嗟に俺はアビスに尋ねた。
しかし、彼はばつが悪そうに苦笑いを浮かべ否定する。
「すまない。残念ながらそこまでのことは出来ないが、
目下の問題だけでも――あの娘さんだけ苦しい思いをさせるわけにはいかんのでね」
そう述べるとアビスは「詠唱が長すぎるのが難点だがね」とさらに苦笑いを浮かべ、何かしらの詠唱を開始する。
だからといって俺には何の魔法か魔術か識別に足ることもなく、彼が今から何をしようとしているのかわからなかった。
とりあえず俺から見てわかったのは、アビスが無詠唱術式を使わない(使えない?)こと。彼の魔力が赤系の発色していること――やはり火を得意とする所為だろう――くらいだった。
興味を持ったのは俺だけでなく、ほぼ全員が各々の差異はあるが、興味の色を示しアビスの挙動に注視していた。
その中でも……冷たく鋭い、針のようなルーヴィックの視線は見逃さなかった。
(なんて眼で見てるんだ?)
太刀を振るいながらも、そういった気配を感じ取ったのか、リルドナがチラリと視線を向け、一瞬目を丸くしてポツリと呟いた。
「……火精霊の加…………かしら、」
すぐに顔ごと視線を戻してしまったので、言葉の最後まで上手く聞き取れなかった。
彼女はまた何を視たのだろうか。
何にせよ、この事態が少しでも良くなるなら、一つの手段として享受すべきだ。
固唾を飲んでアビスの詠唱を見守る中、半端な体勢から身を起こしたロイが尋ねて来た。
「……それにしても、よく咄嗟に動けたね」
「上手く言えませんけど、『やりかねない』と思ったんですよ」
ある仮説に基づいて考察したとき、次の手がなんとなく読めたのだ。
「と、言うと……それはどういうことかな?」
「最初、この仕掛けを作った人物が何がしたいのか、サッパリ理解できませんでした」
そこで一旦言葉を切り、その場にいる人間の顔を見渡す、
どうやら一部を除いて皆、俺の言葉に耳を傾けてくれてるようだ。
「そもそも、この石段の踏み込み式のトラップにしても即効性の無い――作動までに猶予のあるモノでした、招かざる侵入者を撃退するならば、そんな猶予は必要ありません」
「なんでぇ?オレ達はおちょくられてンのかよ?」
ゼルが直球的な胸中を口にする、確かにそれもあるかもしれない。
「――それも、あるかもしれませんね。恐らくこの仕掛けを考えたのは相当性格の悪いヤツだと思います」
「性格の悪い……?なんでそう思うの?」
思惑も駆け引きも無い、純粋な疑問として色合いが濃い口調だった。
別に話を引っ張るつもりもなかったので、俺は先に結論を告げることにした。
「俺達は……試されてるんですよ」
途端に周囲の人間の頭の上に疑問符が浮かび、怪訝な顔を張り付かせる。
謎掛けをして愉しむつもりもなかったので、勿体振ることなく言葉の先を続けた。
「そもそもこの足踏みのトラップで何をしたいのか?一歩下がって盤面を見つめ直すと……視えて来たんです」
「ほー、ソイツは敵さんの思惑が、かよ?」
感心半分、疑念半分といったゼルの言葉に、無言で頷いて肯定を示す。
「……といってもそんな大仰なコトじゃないんですけど、この仕掛けって主に『他人へ迷惑が掛かる』ように調整されてると思うんです」
「……へ?」
「どういうコト?」
呆気に取られるゼルとロイだが、そもそも思い出して欲しい――俺とリルドナのやりとりを。
彼女はこの石段を走り抜ければ良いと言った、そうした時どんなことになり得るか?
「もし、何も知らずに……それも仕掛けにも気に掛けず進み続けていたら、被害を被るは本人ではなく、その後方を追従している同行人です」
「そりゃいい迷惑だね、といっても本人も他の人間も爆風に巻き込まれるか」
その光景を思い浮かべて欲しい、その後に待っているのは――
「責任の押し付け合いかね?実に見苦しいな」
「俺達は長年苦楽を共にした戦友じゃないんですよ?関係に亀裂なんて簡単に入ります」
それにきっかけになり得るのはこの部分だけじゃない、
「他にもあります、あの柱……みたいなオブジェクトもあからさまに発射の出所を主張してますよね?」
「んだな、さすがに一目瞭然だ」
明らかな危険物がある。そんな時に人はどうするか?
「誰か遠隔攻撃の手段を持っている人がいるなら無力化しようと動くと思うんです、実際にロイさんは行動に出ました」
「はは……まんまと乗せられたワケだよね、面目ないよ」
ばつが悪そうに苦笑いを浮かべる、
……が、それも妨害者の思惑通りなのだ。
「まさにそれなんですよ、破壊しようとした途端、急に攻撃が激しくなりましたよね」
「そうだね、あのときはムノー君が咄嗟に突き飛ばしてくれなかったら危なかったよ」
つい先程の寸劇を振り返り嘆息するロイ。
「……なんで最初から激しい砲撃じゃないんでしょうね」
「そ、そういえば……そうだねぇ」
「壊されちゃ困るからじゃねーのか?
緊急事態で残弾……て概念あるか知らねーが、それを気にせずに撃ちまくってるような感じとかよ?」
ゼルはごく当たり前な解答を紡ぎだすが、俺は首を横に振る。
「いえ、相当頑丈に作られてるっぽいですし、
何よりも壊されて困るなら、もっとあの柱を隠蔽しようとするはずなので、その意図は無いと思います」
「だあ~、じゃあ何でなんだよ?」
ごくごく何気ない疑問だ。
だが、それすらも抱かせない心理状態にさせられていたんだろう。
「これもやはり性悪に仕組まれてます、この場合は柱を攻撃した者……もしくはそれを命じた者へに『余計なことをしでかした』という非難が集まります」
「ヤなヤローだな!」
それらを総合して導き出される答えは――
「俺達は、仲間割れしないか試されてるんですよ」
俺の出した答えに皆何か思うところがあるのか、一瞬シン、と静まり返る。
口に出していなくても多少は他人の失敗で自分が巻き込まれた、という気持ちを抱えていたのだろう。
そして暫くして、では何故仲間割れなんてさせたいのだろうか?という疑問を皆が抱き始めたところでさらに言葉を重ねる。
「これらを仕組んだのが人間なのか、はたまた知能を持った人間とは別の存在なのかはわかりません」
言いながら視線をブルーノの手に握られた『赤い剣の鞘』へと向ける。
「もしかしたら、その鞘に収まる筈の剣を護っている存在なのかもしれませんね、そして『赤い剣』を手にするに相応しい者か見極める為にこんな手の込んだことをしているんじゃないでしょうか」
「つまり、これらはその為の試練、ということかね?」
ブルーノの問いに静かに頷いて見せ、さらに自分の仮説の一つだけを唱える。
「そして逆説的に鑑みて……仲間割れせずに、お互い協力しあえば乗り越えられるように仕組まれている、と思うんです」
「んーっ、なんかイロイロ見透かされてるみたいでイヤだね」
勿論、俺もそう思う。
さらに付け加えると、俺達を試す……以外にも目的が隠れてると思うが、今はまだ明かす時じゃない筈だ。
「毎回思うところなんだけど……よくわかるね?」
「そりゃ、似たような性悪なヤツとの対局が最近多かったですからね」
ロイの驚愕と感嘆の織り交ざった言葉にしれっと刀を返し『性悪なヤツ』の顔をチラリと見る。
つくづくこの男に仕組まれてるような気がして仕方ない。
「――では、これからどう動くかね?」
ブルーノがこれからの指針を促してくるが、まだまだ判断材料が不足している。
一度全員の意見を聞き、仕切り直したいところだった。
……正直なところ俺に振られても困る。
「そうですね……」
視線をリルドナ掠めさせてから、アビスを見つめる。
彼もリルドナにもちゃんと会話できる状況に、
全てはそこからだ。
「ともかく、今はアビスさんの詠唱が完了するまで待ちま――」
「――待たせた、準備完了だ」
その瞬間、アビスの前方に事象の改変が引き起こされた。
それは――
バトン受けたり、音速の3倍で次の走者へ投げつけたり、イロイロ寄り道してるあせこさんです、こんばんは。
あるぇー?まだ進んでないよ~?
引っ張りすぎですよね、困ったもんですね。
12~は屋敷でさらに犠牲者が!というのをメインにする筈だったのに、このまま石段登るだけで費やしそうですよ……この部分てプロットに含んでない飾りみたいな部分の筈なのに……。




