12-1 憂鬱な登坂
■従者の少年と魔法の鍵
少年は恐れました。
運悪く魔族に見つかってしまったから。
少年は困っていました。
魔族の城に囚われてしまったから。
少年は悔やみました。
そのことにお姫様まで巻き込んでしまったから。
少年は焦りました。
今は何とか必死に自分が気を紛らせているものの、
いつお姫様が泣き出すかわかりません。
少年は願いました。
それは神でも精霊でも聖人でもどんな存在でも構いません、
ここからお姫様を助け出せるなら、いかなる代価も支払うと。
神か悪魔か願いは届いたのか、
少年はついにそれを見つけました。
――いかなる扉も開く魔法の鍵。
少年はそれを使って閉ざされた扉を開け、
牢獄よりお姫様と一緒に無事に脱出しました。
めでたしめでたし……
と、いうことにしておきましょう。
この時は……まだ、
少年は支払った代価が何だったのかを知らない。
そう、
――知らなかったのですから。
Der November.KC581――BlaueAugen
※*※*※*※*※*※*※*※*※*※
朝。
――というにはもう随分遅い時間。
一行は一晩世話になった宿舎をあとにし、聳え立つ屋敷へと足を進める。
すっかり高く昇った太陽にジリジリと焼かれながら、一段一段確実に石段を踏みしめ歩を進める。
果てしなく蛇行し延々と入り口まで続く石段にウンザリして思わずため息が漏れた、
ため息は石段を登るのに疲弊したという理由の所為だけではなかった。
(リウェンのヤツ、なんであんなに怒ってたんだ?)
朝食をご馳走になったお礼も併せて最後の通信を送ったワケなのだが、
《あーはい?今更なんの御用です?》
初めはかなり不機嫌で返事もそっけなかった……のでお礼とお侘びも兼ねて、ある約束を取り付けたのだ。
それは俺とリウェンが最初に紅茶を飲んだオープンカフェへの誘い。
《えっ!?ほ、本当ですかーっ?》
その直後は間違いなく機嫌が回復したかのように感じたのだが……。
何故かそのあと、また機嫌が悪くなってしまった。
かつて妹が居たこともあり、年下の女の子の扱いはそれなりに出来ていると思っていたが、やはり他所様で育った娘さんの扱いは一筋縄では行かないようだ。
――というワケで、何を失敗してしまったのか?
ウンウン唸りながら石段を踏みしめている現状なのだ。
思考がグルっと一周回って、再びため息が漏れてしまう、
「……うーん、ムノー君どうしたんだい?」
「あ、いえ……」
よほど憂鬱そうに見えたのか、ロイから心配する声が掛かる。
素直に話していいものか少し逡巡したが――やはり相談してみることにした。
彼にはリウェンとの通信が出来ることなど、ある程度の秘密は共有して貰っている。
今朝のリルドナの一件もある、あえて隠し事にすることもないと思ったからだ。
「えっと、ホントは大したことじゃないのかもしれませんけど……」
「ふむ?」
ロイに手短にリウェンとの通信内容を伝えることにした。
▲
(おーい、リウェン。聞こえるか?)
《あーはい?今更なんの御用です?》
(う、やっぱり怒ってるのか……)
《はい?なんで私が怒るんです?全く以って意味がわかりません、別に一緒にスコーン食べられなかったことを残念がっているとかありませんよ、えぇ決して姉に対して嫉妬してるとかそうとかは無いワケでして、はい私は全然いつも通りですよ》
(すげぇ怨念が篭ってるように聞こえるんだが……)
《いいえ全然ですよ、あと強引に憑依体を解除されて危うくわたしの思念体そのものが破壊されかけたとか、各種具現化霊装を消し飛ばされて激しく魔力を失ったとか、そもそもいくら魔術の知識が無かったとはいえソコまでのコトをしでかしてまるで謝罪の言葉も無いとか、ホン………ットに気にしてませんからッ!》
(うぁぁああ……!?メチャクチャ怒ってるじゃねーか!)
▼
「か、開幕から修羅場だったんだね」
俺の回想話の途中でロイは早くも苦笑いを浮かべている。
実際に通信会話をしていた俺なんて胃が痛くなりそうなくらいだったしな。
「そうなんですよ……でもそこは平謝りでなんとか会話が成立するまで落ち着かせたんです」
「キミ、早くも将来が不安になりそうね」
「て、さりげなく何の話をしてるんですか、とにかくですね俺としてはちゃんと謝りたかったのと、朝食のお礼も言いたかったわけで――」
放っておくと話をドンドン変な方向に持って行かれそうだったので、キッパリと意図を示す。
「あ~そうか、今朝のスコーンは準備してたのは、中身がリウェンちゃんの時だったんだね」
掌の上で握り拳をポンとする、なんともわかりやすいジェスチャーをしてくださった。
「で、お礼も兼ねてカフェへ誘ったんですよ、もちろんこの仕事が終わってからですけど」
「ほぅ~」
途端、ロイはなんだかいやらしい笑みを浮かべ始めた、
どうしてこの人はこう……。
「それで……話を持ち掛けた瞬間は機嫌が一変して、すごく良くなったんです」
「お、いいね~脈アリだ――でも、その後機嫌がまた悪くなっちゃったの?」
ロイはこちらの話に耳を傾けつつも次の展開を先読みしてくる、
実に頭の回転の早い人だと思う。
「今にして思えば、配慮が足りなかったんだと思います……その時も慌てて付け加えたんですけど遅かったみたいなんです」
「おや、何か心当たりでも見つかったのかい?」
「もしかしたら、程度ですけど。あの時、俺は自分とだけカフェに行っても、リウェンもつまらないと思って、後から『リルドナも一緒に』って付け加えたんですが……遅かったんでしょうね」
「あ、いや……」
「――勝手に約束することになりますが、ロイさんやゼルさんも一緒に、という持ちかけ方にすれば良かったのかもしれません」
「えーっと、そうじゃなくて……」
「そもそもソレを最初から言えなかった俺がダメなんだったと――」
「――君って頭いいけどバカだね……」
「えぇぇえええっ!?」
深いため息と共に、物凄く呆れられてしまった。
どうやら俺は致命的なミスをしていたらしい、
……が、それが何なのか、全くわからなかった。
「ま、じっくり考えなよ」
「はぁ……正解は教えてくれないんですね」
なんだか煮え切らない気分だったが、悩んでも仕方ない。
頭を切り替えるべく、力強く石段を踏みしめた、
力強く踏み込めてしまった、
勢い良く足が押し込まれてしまった、
何故か頑丈に組まれているはずの石段を踏み込めてしまった。
比喩的表現でなく、ガコンと足が石段の一部を沈み込ませることが出来てしまった……。
「――あれ?」
なんだか……とても嫌な予感がした。
そう、これは……この展開は――――――
「ふぐぉ!?」
思考が追いつく前に激しい水平方向の衝撃。
「ぬぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉォォォオオォォォォォ――――!?」
そして俺は……延々と続いている石段を上から下へと無様に転がった、これって地味に絶体絶命だったのだが……。
辛うじて腕と脚を大きく伸ばし、体の横転を無理やり押し留める。身体中に嫌な痛みが走るが最下段まで転げ落ちるよりマシというものだ。
これがヘタなサスペンスなら栄誉ある最初の犠牲者になっていた筈だ。
――そして、俺は見た。
今まで俺が立っていた場所を通過する光り輝く巨大な弾を……流石にアレは食らったらヤバかっただろう。
それとお約束のように蹴りを放ったルーヴィックも目に入った、
実に一日ぶりの凶行の為かすっかり油断していた……そう一日ぶりの筈なのだが……なんだか数ヶ月も久しい光景に思えるのだから不思議だ。
「なに、礼はいらん」
「……まずはお前が謝れ、寝言を吐くのはそれからだ」
悪態をつきながらも身を起こして、周囲に警戒の目を走らせる。
どうやら先程の光の弾は今俺達が登坂中の石段の頂上……つまり屋敷の庭(?)からの砲撃らしかった。
そこには何やら、先程までは無かった金属製らしい四角柱のような物が出現していた。
「どうやら、あのヘンな柱みたいなのから撃ってきてるみたいだね」
「オイオイ、アンチャン何かトラップ発動させちまったか?」
どう考えてもそのようだ、またもや失態だ。不本意だが、素直に謝ることにする。
「すみません、また余計なことを……」
「問題ない、気にするな」
「……」
お前に言ってんじゃねぇ……。
いつかコイツを殴りたい。
ロイがすかさず、まぁまぁと言った感じに仲裁に入る。
「それにしてもキミ、よく死なないね……」
そして遥か頂上に出現した柱を注意深く睨みながら呟いた。
「――でも、まさかさっきの一発だけってコトもないよね」
「だな、迂闊にアレから目が離せねぇ……って、うぉっ!?」
突然のゼルの叫び声に反射的にそちらを見た。
どうやら石段がそこだけ窪んでいて、少し足をとられたらし――
いや、窪んでいるんじゃない、そこだけブロック単位で沈み込んでいる……つまりそれは――!
次の瞬間、チッ!とルーヴィックの舌打ちする気配を感じた。
俺に続いてゼルまでもがトラップを発動させてしまったことへの苛立ち?
――ではなく、
「オイ、何しやがるっ!」
怒声と共にルーヴィックの蹴りをガッシリとガードしたゼル。
さすがは歴戦の槍兵、ヤツの不意打ちにもキッチリと対応している。
――のだが……あの蹴りを止めたということは、
そもそも、あの蹴りは何の大義名分で振るわれたか……?
「大丈夫か?ナンセンスだぞ」
「――うぉ!?」
ガードした硬直で咄嗟に動けないゼル目掛けて、先程と同じ光り輝く巨大な弾が襲い掛かる。
このままでは二人とも直撃してしまう!
「――問題ない」
ヤツは呟くや否や、ゼルの固いガードを踏み台にして素早くその場から退避する。
……全力で見捨てやがった、
まずい、間に合わない。あの光の砲弾みたいなのがどれ程の威力がわからないが、食らって無事で済むわけが無い。
「――何やってんのよ」
呆れた色合いの声と共に、赤い線が閃いた。
その刹那、
ゼルの鼻先まで肉薄していた光の弾が、パカンと真っ二つの割れたかと思うと、淡い光の粒となって霧散していった。
「オイ、ねーちゃん――ほ、砲弾を斬ったのか!?」
「んーっ、砲弾じゃないと思うわよ」
ふわり、と軽やかにゼルの肩に着地した小柄な黒い影。
東方の大剣、『太刀』を携えた大太刀ガール――リルドナが光の弾を両断したようだった。
「ふむ、魔法弾の大口径版といったところかね」
と、これはアビスの言葉。
さすがは本職というべきか、今の二発だけで分析できたようだ。
「そうじゃないかしら?コレが効いたしね~」
そういって彼女が見せ付ける太刀の刀身は赤く光っている。
思えば、昨日の森で俺を追い回していたときも、あんな感じだった気がする。
やはり気のせい等ではなく、実際に光っているのだ。
「おい、なんだよソレ?」
「あたしの得意魔法よ」
得意げに鼻を鳴らすリルドナにアビスが尋ねる。
「――対物強化術式、『魔法剣』かね?」
「あ、あはははは、うん。そう……だと思うわよ」
彼女はなんだか乾いた笑いを浮かべ、目をクリクリと泳がせている。
……多分、この女のことだ。自分が展開している術式の内容を理解しないまま使っているのだろう……。
フォローを入れてやりたいが、生憎と俺の知識に無い分野だ。
辛うじてわかるのが……自身にでなく物質に魔法を付与するという技能が決して簡単なモノではない。ということくらいだった。
説明に困る彼女に助け舟を出すのは……やはり頼れるヤツだった。
「……対物属性付与の派生術式。『壊呪』の魔力の乗った斬撃によって霧散させた魔力を自身へ変換・回収を行う――通称、魔法剣『ソウルイ-ター』だ」
「ほう!魔法力の吸収かね!?なんという高度な魔術だ……!」
ルーヴィックの説明を受け、アビスが興奮を隠し切れずに賞賛する。
俺は魔法……いや、魔術に関して素人だが、アビスの興奮する気持ちは理解できた。
有限である魔法力を自己回収する手段。本職の魔術師でなくともその価値は絶大だろう。
「――では、彼女は魔法力の対象物さえあれば半永久的に?」
「――肯定だ、魔法生物等は格好の獲物だ」
尚もアビスは問い掛け、ルーヴィックはそれに清廉な笑顔で応える。
――――――――――――――――――――――――――――――んっ?
「(おい、ルーク)」
咄嗟にヤツにだけ聞こえるように小声で呼びかける。
ルーヴィックは俺の呼びかけに、ふむ?と意識をこちらに向けた。
「(今の……何処からが嘘なんだ?)」
そう、ヤツの笑顔は絶対何かあるのだ。別にこちらに被害は出ないだろうが、あえて聞いてみたくなった。
ルーヴィックは少し思案する素振りをみせて答えた。
「そうだな――『対物属性付与の派生術式』辺りからか」
「(最初からかよっ!ていうか少しは声のボリューム絞れ、絞ってくれ!お願いだからっ!!)」
幸い、アビスには気取られることは無かった、あったとしても問題は無いかも知れないが……嘘だと知れると話が拗れて面倒なことになっていただろう。
ちなみに『!』とか付いてるが基本的には小声なんだぜ?
「もう、油売ってないでコツコツ進んでよ」
「おっと、すまないね。ついつい知識欲が出てしまったよ」
珍しくリルドナがまともな意見を言い、歩を止めてしまっていた一団は再び石段を登り始める。
勿論、今までとは違いトラップに注意を払いつつ慎重にだ。
長い石段を一歩一歩警戒しながら登ることになるとは……
いつの間にかリウェンことが――すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
読んでくれてるあなたに、こんばんは。
お久しぶりなあせこさんです。
もう、なかなか筆が進まず間が空きすぎで申し訳ないです。
そして……また長くなってしまいました。
あんまり長くなったので一旦切りました12-1と12-2は実はひとつの節だったんですよ(´・ω・)




