11-A 好奇心は猫をも殺す
俺こと、エイン=エクレールは何かと痛い目を見る人間だ。
巨大な誤解をしたリルドナに、問答無用でライフを開幕九割持っていかれそうな七四ヒットコンボを叩き込まれ、顔もボコボコにされた挙句、口の中が切れてまともに喋れなくなった為に詠唱も出来ず、両腕が殺されているので無詠唱術式も使えず、何気に人生のピンチに差し掛かっていた。
そして、リルドナが治療と称して、東洋の何やら怪しげな整体だか指圧だかわからないモノでゴリゴリとか、ベキベキとか……もうそのまま殺されてもおかしくない激痛に曝されるのだった。
なんだか、もう出発前から既にボロボロだったりするのだ……。
「つくづく、生き残れてるなって思うぞ」
「はぁ?いきなり何よ」
朝食に使った食器を洗いつつ、俺の言葉に噛み付いてくる。
あの後、意識を取り戻したリルドナは記憶をある程度書き換えられてしまっていたのか、『自分は今朝食の準備をしていた』という認識でいた。
リウェンの施した『浄化』という術式の詳しい内容まではわからなかったが、記憶を弄られていると見て間違いなかった。
幸か不幸か、術式が完全に終わる前に中断させてしまったのだが、果たしてリルドナの記憶がどう変化したのかまでは、よくわからない。
「しっかし、さっきのは痛かったぞ……なんであんなにグイグイ、ゴリゴリ押すんだよ?」
「あのね?気脈が乱れてるから痛いのよ、痛いということは、それだけ効いてるってコトよ」
食器を洗う手は止めずに、そもそもね?と続ける。
「そんなに力も入れてないわよ?」
「やられてる方としては、あのまま殺されるかと思ったぞ……」
「失礼ね、ちゃんと腕も動くようになったでしょ?」
そう、あれ程までに痛い目を見た甲斐もあってか、激痛で動かせなくなっていた右手が動くようになったのだ。
右手が動けば、あとは回復魔法で、口の傷も左腕も治療できる。
もう、ひたすら魔方陣を描きまくるだけのカンタンなお仕事でした。
「――それにしてもさ、アンタ……」
リルドナは急に歯切れの悪い口調へと変わる、
「なんだよ?」
「……誰にやられたの?」
「……」
咄嗟に押し黙ってしまった。
いくらリウェンが動かしてたとはいえ、その身体はリルドナのモノだ。
厳密に言ってしまうと、俺は目の前の少女に腕を殺されたことになる。
「……やっぱりあの子かしら?」
「なっ!?」
「あの子が……あたしの妹が来たんでしょ?
……あたしの身体を使ってアンタを痛めつけた、違うかしら?」
「……なに…を?」
もしかして、リルドナは知っている?
自分の身体を乗っ取られたことを記憶しているのだろうか。
「アンタの腕、外傷や捻挫とかの形跡は全くないのに、神経だけやられてたのよね、こんなことが出来るのはあの子くらいしかいないわ」
「……そ、そうなのか?」
そうよ、と頷きながら、次々と食器を水を漱いでいく、
「あの子ったら、あたしが全く気付かないとでも思ったのかしらね」
「お前……もしかして知ってたのか?」
「あははは、いくらあたしでも気付くわよ」
食器を洗う手は止めずに、何回もあるしねーと小さく笑う、
「そういう時って妙に頭がスッキリしてるのよね」
それは、恐らく『浄化』による、記憶の削除の所為だろうか?
「……その割に記憶がなんだか薄っぺらで、自分のモノでない感じ。あたしは確か、スコーンをティータイム出すつもりだったのに、なんで朝食に回したか全く思い出せないし、理解できないわ」
記憶はなんらかの書き換えがされているが、『意思』や『想い』というモノまでは干渉できないのかもしれない。
「それになんだか、下半身が疼くというか……」
「……おい?」
俺の言葉を選べ、という視線を感じたのか、慌てたように、そうじゃないのよ?と
「ちょっと腰とか脚の筋肉が張ってるのよね、履き慣れてない靴で遠出したみたいに」
「……なるほど」
これは、姉妹で歩き方が微妙に違う所為だろう、普段使わない筋肉を使われたに違いない。
「その、なんだ……リウェンは」
「うん、わかってるわ。あたしの為にやってくれたんでしょ?」
「随分とあっさりしてるんだな?」
俺の問い掛けに、だってそうでしょ?と柔和な笑みを浮かべる。
いつの間にか、洗い場の中にある食器は全て洗い終わっている。
「――あたしの妹だもん、
妹のことを信じるのは、姉として当たり前じゃないかしら?」
「……。お前やっぱりバカだな、姉バカだ」
「はぁ?なによ」
「褒めたんだよ」
先程、俺はリウェンには姉の為にやったことだ信じてくれと言われた。
正直に言うと、俺は心の何処かで疑っていた、証拠隠滅の為に、何かしら工作をしているとさえ思った。
だが、当の本人はこの調子だ、微塵にも疑っていない。
なんだか俺一人が疑念を抱くのもバカらしく思えてくる。
「それにしても、何よ…その凄い色のは……」
「あぁ、それか。やっぱりお前も気になったか」
リルドナが気にかけた『それ』とは、例の薬湯『紫陽花の青虫』だ。
この赤紫でやたらと甘い香りを放つ続ける液体を見つめ、怪訝な顔を浮かべている。
「……何…入れたの?」
彼女の問い掛けに、俺は無言でテーブルに置かれたままの空き瓶を指差す、
「あ、蜂蜜?……って、全部使ったのっ!?」
「文句なら、お前の妹に言ってくれ」
ティーポットに投入したのは俺だが、指示を出したのはリウェンなのだ。
とりあえず、それはだな、と手短に説明しておいた。
「お前の為に用意した物だけど、もう必要ないだろうし片付けるか」
「片付ける……て、どうするつもりよ?」
「いや、そのまんま、捨てるとしか言えないけど……」
途端、リルドナはくわっ!と目を見開き、
「そんなの勿体無いわ!」
あたしの私物なのよ?と犬歯を剥き出しにして吠える。
「いやいや、こんなの飲めないだろ?」
「飲める、飲めない、じゃないのっ!飲むの!」
俺の制止も虚しく、リルドナはさっさとカップに薬湯を移すと、少し躊躇った後、確かめるように飲み始めた。
「お、おい?」
俺が見守る中、彼女の白い喉がこくこくと鳴るのが響いた。
「……甘っ」
「そりゃそうだ……リウェンも『蜂蜜の味しかしない』とか言ってたしな、もう何が入ってるとかわかんないだろ?」
彼女はゴクリと飲み込んで、ううん、と否定を述べる。
「わからなくも無いわ」
「本当かよ……」
またティーポットからカップへと注ぎ、コクコクと飲み始める、
いや、お前は胸焼けせんのか……?
「まず、色だけど……赤大根かな?……で、ちょっと鼻にくるスッキリ感が……生姜、あとは水仙、」
「あ、当たってる……」
薬湯を直接調合したのは俺だ。勿論、内容物は把握している。
その時の記憶と照合しながら、次々と材料を言い当てるリルドナの言葉に耳を傾けていた。
「んっ……この苦味なにかしら……深い深い苦味……うーん」
「あ、ペヨーテが入ってるからな、その味じゃないか?」
そもそもリウェンは、そのペヨーテの苦味を誤魔化す為に、蜂蜜をたらふく入れさせたんだろう。
「――て、コラ!勝手に解答をバラさないのっ!」
「……は?」
いつの間に素材当てクイズになったんだ?
と、言いたかったが、既にリルドナは眉を『ハ』の字にしてウンウン唸っている。
「……あと二つ…いえ、三つかしら?うーん……」
そして、またもカップに注ぎ直してコクンコクンと飲む、
「よく飲むな……」
「さすがにね、蜂蜜の味のアクセントが強すぎて、他の味が塗りつぶされ気味だからねー、その分何度も吟味しないとなかなか判明しないわ」
いや、おねーさん……、
そこは頑張るところじゃないから!
尚も、コクコク飲み続ける、意固地なノラネコ姉さんだが、
「あ――」
遂には完全に飲み干してしまった。
なんだかんだで綺麗に完飲できてしまった、
どさくさに紛れて見事に目標達成である。
「む~~~~」
「よくまぁ、飲み干せたな?」
「……ねぇ、アンタ」
「む?」
「もう一回、イチから作って!」
「いや、その流れはおかしいだろぉ!?」
俺のツッコミに、むーっ、と呻くリルドナ、
そこへ間髪居れずに、論理的に説き伏せる。
「飲むのは、薬湯に使った素材を無駄にしない為の手段であって目的じゃないだろう?」
すでに目的は達せられた、あとはその茶器を片付けるだけなのだ。
「手段の為なら目的を選ばないわっ!」
「いや、選べ!選んでくれ、選んでくださいっ!お願いだから!!」
俺のツッコミを尻目に、手際よくティーポットを水で漱いでいく、
放っておくと、本当に新しく薬湯を作り直しそうだった。
「一度考えたら、気になっちゃうのよ……て、あれ?水が……」
その言葉に覗き込んで見れば、汲んで貯めてあった水も残り少なくなっていた。
それもそうだろう。
リウェンは『現場検証』のあとにある程度は補充したとはいえ、それはモーニングティーを淹れるのに大半を使ってしまっている。
さらに、今は食器を洗う為に消費中なのだ、新たに薬湯淹れ直すほどはない。
「もうっ、仕方ないわね、ちょっと汲んでくるわ」
「そこで諦めるという選択肢は無いのか、大体お前は――」
待て。
汲みに行く……どこへ?
……井戸はマズイ、だってそこには――
「うーん……なんか凄い既視感が……あっ!」
直後、リルドナは額に手を当てて硬直する。
「痛っ……いたたたた、なにこれ……」
「おい、大丈夫か?」
そういえば、リウェンは言っていた、
『中途半端に記憶が残っている可能性が……あります』
やはり記憶は残っている、
俺が術式を中断させた為だろう、記憶は消去されずに残っているのだ。
「おかしいわね……なんだか水を汲みに行っちゃダメな気がする……」
『お願いです。無理に姉にその記憶を掘返しさせないで……下さい』
そうか、そうだったんだな。
何故、リウェンが頑なに拒み、何を守ろうとしていたのか……。
「なんか……すごく大切なことを思い出せそう……きっと行けばわかるわ」
リルドナはふらふらとした足取りで井戸へ向かおうとする、
「いや……行かなくていい……行かなくていいんだ」
それだけは絶対にダメなことだ。
再び『あの惨状』に直面するのは、今朝の騒動を一から繰り返すのと同じだ。
「……なんか変な感覚なのよ、上手く表現できないけど……
すごく大切なことが見えているんだけど、それを覆い隠すように赤い粘液みたいなのがベッタリこびり付いて、それが何なのか視えないの……」
「いや、考えなくていいんだ……」
先程の薬湯と同じだ。
深く詳しく中身を知ろうとすると、
どうしても一番強烈な味を何度も味あわなくてはならない。
つまり、事件の証拠となるような記憶を呼び戻すには、『断末魔の記憶』を何度も視て、彼女は再び『殺され続ける』ことになる。
「と、とりあえず、あたしは行く――きゃ!?」
強引にリルドナの頭を抱え込むように引き寄せる。
身長差の所為で、頭が丁度いい高さなのだ。
「Curiosity killed the cat.――リウェンが言ってたんだ」
「な、なによ?それって確か獅子の王国の諺じゃない、今関係あるの?」
抱え込んだ頭をそのまま左右に振りつつ、あるんだよ、と続ける
「この諺の意味は『なんでもヘタに首を突っ込むと、命がいくつあっても足りない』つまり『好奇心もほどほどにしなさい』ということだろ?」
「……えっと、そうだっけ?」
「お前、獅子の王国生まれの獅子の王国育ちじゃなかったのか……?」
俺の期待を裏切り、皆の期待を裏切らない、やっぱり彼女はINT3だった。
とにかく、その諺の意味はそれであってたと思う、昔、勉強したときの記憶にある。
エインさんは勤勉な紳士なのだ。
「始め、俺に対する警告か何かかと思ってた、『これ以上詮索するな』みたいな感じでな」
「あの子が?なんでよ」
「俺に『断末魔の記憶』を暴かせない為、だな」
「――っ!」
俺の発した単語に過敏に反応する。
何故、俺がこの単語を知っているのか?という警戒からか、もしくは……何度もこういうことはあったのだろう『死の体験』を味わう恐怖に身を竦めたのかもしれない。
「アンタの言い分だと……まるであの子が証拠隠滅したがってるように聞こえるわ」
リルドナの声にトゲが生えたような不機嫌さが宿る。
「悪いな……正直言うと一瞬そう考えたりもした、でもそうじゃない」
「違うの?」
「リウェンって結構強いよな……もし本気で手を出されたら俺殺されてるし」
「そうよ?あの子って魔法なしでも、あの足技があるしねー、たしか学生時代に『電光石火の魔術師』とか呼ばれてたような気がするわ」
「一体いくつ異名があるんだよ……」
なんだか、どんどんリウェンの清楚なイメージが壊れていく気がする。
「で、やっぱりその腕はあの子にやられちゃったのね」
「そうだな、最低限の自由を奪って無力化をする、そんな回りくどいことしてまで、何を必死に隠そうとしたのかな、て考えたんだ」
そう、あの時リウェンは哀れむような瞳で俺を見据えていた「なんでわからないか」とでも言いたげに、
あの諺はそのままの意味で受け取ればよかったんだ。
「文面そのままの意味で『好奇心は猫をも殺す』だな」
「……あえて聞くけど、誰が猫よ……」
それはお前だよ、と抱えていた頭を解放してやり、ぽんぽんと頭を撫でてやる。
「お前のことだから、聞かれれば無理にでも『断末魔の記憶』を思い出そうとするんだろ、そしてまた錯乱しちまう」
「……あたしは、やっぱり何かを見たの?」
「俺もそれを好奇心と事件解決への正義感で訊ねるだろうな……それを考慮した上でリウェンはお前の頭の中からそういう記憶を消し去ろうとしたみたいなんだ」
「答えてよ!誰か死んだの?……違うわね、誰か殺されたのッ!?」
一瞬、答えていいものか逡巡したが、言わねば収まりもつかない。
「ちょっ!?」
わしゃわしゃとリルドナの頭をくしゃくしゃにしながら、極力明るい口調で告げる、
「アーカスさんとスルーフさんだ、現場は井戸の前。
でも安心しろ。リウェンがしっかりと死体の状態維持を施したからな、この意味わかるよな?」
「あ――」
さすがのノラネコブレインにも意味は通じたようだった。
「だから、賑やかなお前が状態保持の術式を壊しかねないから、今は大人しくしててくれ」
「なによう……まるであたしが暴れん坊みたいじゃない……」
違うのか?という言葉はさすがに自宅待機してもらった。
「ま、折角のリウェンの心遣いだ、今はそれに甘えとけ」
「わかったわ、――帰ったらお礼言わなきゃねー、あとスコーンもご馳走さまって言わなきゃ、……アンタもよ?」
そうだった、スコーンを焼いたのはリウェンだった。
一緒に食べたがってたのに悪いことしたな……。
「でも、あの子自身はちゃんと食べてるかしら……」
「ん?料理出来るなら、自分の分だけだしすぐ作って食べてそうだけど」
「はぁ?」
リルドナは明確な不機嫌さとジトりした目付きを投げつけるとともに、はぁーっと大きなため息をついた。
「わかってないわね、一人だと逆に作らないわ、面倒だし。作り甲斐もないしねぇ~」
「そういうモノなのか……?」
「そうよ。大体ね、一人で食べても味気ないわよ?」
『あーあ、一緒にスコーン食べたかったなぁ……』
これは……相当悪いことをしてしまったかもしれない……
でも、自分の身体に戻ったら、また何か食べないと栄養補給ができないような気もするけど、
「なぁ、リルドナ、あの店の名前てなんだっけ?」
「んっ?何の店かしら?」
すっかり中断してしまっていた食器の片づけを再開した。
「まぁ、そういうワケだから、スィーツの方も充実してるわよ、の割には空いてるから結構穴場のカフェなのかもねー『ブリッジ・アゲイン』はね」
「なるほど……」
リルドナの言葉をメモに収めながら、すっかり片付いた厨房と給湯室を見渡す、
「忘れ物ないな」
「バッチリよ」
それでは、といった動きで二人そろって踵を返し、給湯室をあとにする。
窓から差し込む日はかなり高くなっていた。
そろそろ出発する時が訪れるだろう。
だから、通信が届かなくなる前に伝えておこう、
(なぁ、リウェン。無事に帰ったら、一緒に――)
目的地を目の前にして二人の犠牲者を出してしまった、
だが俺達はまた進みだす。
これからが本番なのだ。




