11-8 青紫の嘲笑
先程の喧騒も一段落し、空腹を感じる程度には気持ちに余裕が出てきた。
いろいろ感覚が麻痺しているが、現実には人間が二人も殺害されているのだ、精神的に不安定になるな、という方が無理だろう。
落ち着くと現金なモノで、今から運ばれて来るだろう朝食に期待し心躍るのだった。
「なんだかんだで、あの娘達のお陰で食事が華やかになって助かるよね」
「そうですね、いつもなら味気ない携帯食料を一人消費してるだけでしょうし」
やっぱりなんだかんだ言っても、一人で味気無い食事をするより、皆でワイワイ食べた方が美味いのだ。
それも可愛らしい女の子が用意してくれるとあれば、格段にそのレベルは跳ね上がる。
……とか言ったらイロイロとロイに弄られそうだったので、ついつい視線を泳がすと、
ゼルと目が合った。
「それにしても、ありゃ本当に中身が嬢ちゃん……妹の方なのか?」
「――え?」
「いや……オレも出会ってから少ししか接点ねーから、ハッキリとは言えねーが」
「そうだね、思ってた印象となんか違うよね」
俺が感じた違和感、最初抱いていた印象と違う点。
漠然としか言えないが、妙にテンションが高い。
やけに積極的でアグレッシヴなのだ。
「やっぱり、そう思いますよねぇ……」
そこで疑問にブチ当たった時に頼れるヤツに自然と視線が集まる。
「む?珍しくも無いと思うが……」
ヤツはヤツで、こちらが何故疑問に思っているかわからない、という感じだ。
何かの条件があれば、ああも積極的に変貌するのだろうか?
今までの行動を思い返してみる。
「うーん……もしかして」
「おや、心当たりあるのかい?」
「勝手な憶測ですけど……『リルドナが居ないから』じゃないでしょうか?」
「あーっ、それはあるかもねぇ」
「あん?自分の姉貴の前でネコ被るのかよ?」
ゼルにはイマイチ、ピンとこなかったらしい。
「違うよ、誰の前でも相手にあったネコを被るモノなんだよ」
「多分、リルドナの居る居ないで、被っているネコ……というかキャラが微妙に違うんじゃないでしょうか」
「まぁ、多感なお年頃なんだろうね、それで今更思い出したけど」
掌の上に握り拳をポンと鳴らす、古典的なリアクション見せる、
「あれってさ、もしかしたら推理小説に出てくるキャラの模倣じゃないかな?」
「肯定だ、リウェはアレを熱心に熟読してたな」
推理小説の登場人物……はて、あんな感じなキャラいたか?
俺の知りうる探偵達は誰もが個性的だが……イマイチ該当しない。
「おや、ムノー君は知らない?『灰色の脳細胞を持つ変態探偵』シリーズ」
「ナンデスカ、そのデスペレートすぎる題名は……」
「結構長寿作品らしいから、今度探して読んでみるといいよ」
「それで、その小説に出てくる探偵があんな感じなんですか?」
「うーん、そうだねぇ。その探偵は女の子なんだけど、一〇代半ばくらいの外見で青い髪と瞳の可愛らしい娘なんだよ」
髪はともかく、瞳の色が同じ青色か、案外そこが感情移入しやすい原因か?
でも、『変態探偵』とか酷いネーミングだ……。
「ただちょっと、真実を追っかける姿勢というか執念が異常で、そこが変態的と言われる所以なんだよ、どんなのかは、未読の人に言うのはタブーだろうし、あえて言わないね」
「そりゃどうも……なんか憧れるモノが多少歪んでるような気もします」
「ま、そりゃ個人の自由だな――て、なんでぇその凄い色の液体は?」
ゼルが怪訝そうに見つめるソレは、先程俺がリウェンに指示されて調合した『紫陽花の青虫』。
やはり、その個性的な色は興味を引いたらしい。
「えっと、これがリルドナの錯乱を鎮める為に調合した『紫陽花の青虫』って薬湯です」
「うげ……赤紫の芋虫かよ、毒々しいなオイ、何食わしたらそんな色になるんだ?」
「いえ、紫陽花をイメージしたそうですよ、ペヨーテを使ってるんで『青虫』って付いてますけど」
名前なんて意味を履き違えれば、全くの別物になるものだ、特にリウェンの使う言語は多国に渡る。
博識すぎる故に、他の人間が着いてこれないという弊害とも言える。
「紫陽花……ハイドランジアか、また珍しい花のチョイスだな」
「……?名前はハイドランジアでいいんですか?」
「この国じゃその名前だがーな、別名あったか?」
ちょっと待て、何かひっかかる。
『こちらの地方でしたら『水の容器』と呼んだ方がわかり易いでしょうか?』
なんでそんな回りくどい言い方をした?
彼女は独国語をよく使うが、基本的に言語は英国語、そもそも獅子の王国出身の筈だ。
変に拘りすぎたから?言葉遊びの失敗なのか?
そもそも紫陽花という名前を付けた?そして紫陽花とはどんな花だった?
「ハイドランジアって色が変わるんですよね?」
「らしーな、あんまり見たことねーしな。何が含まれてるからだっけか……」
「アルミナ……じゃないですよね?」
ちなみにアルミナというのは酸化軽銀……酸化アルミニウムだ。
鋼玉の主成分であり、含有する不純物によって赤くなったり青くなったりする鉱物だ。
その変化した色によって、『ルビー』と呼ばれたり『サファイア』と呼ばれたりするワケだ。
そしてアルミナ自体は、青灰色だ。
「わっかんねーな」
「うーん、どうだろう?ボク達も専門知識はないしね、土壌が酸性なら青、塩基性なら赤って言うのが一般的な見解だけど、でも……」
「……そこで『でも』ですか」
「うん、酸性だけど青くならなかったり、最初は青かったけど、花が散る頃には赤く染まっていたてこともあるみたいだしねぇ」
「なんだか不安定な性質なんですね。花言葉が『心変わり』だとかで、転じて『錯乱した心を変化させ鎮める』という概念で構成したとか言ってました」
「へぇ、詩人だな~。ボクの知ってる花言葉だと『無情』『冷淡』とかだけど、きっと青い時の花を見た人が付けたのかな?ホントいろいろな意味もってそうな花だね」
おかしい。
こんな不安定な花で……それも様々な意味が混在する花言葉を持つのだ。
心に変化を促すことがあるとしても、『鎮める』とはイメージが合わない。
特性を概念としているのなら、少し性質が的外れなモノになっていそうだ。
気持ちが悪い。
何か喉の奥に支えたような嫌な感覚。
答えが出掛かっているのに、上手く表現出来ない。そんな感覚だ。
「しっかし、すっげぇ甘い香りだな……こんなの飲めるのか?」
「あ、ペヨーテの苦味がキツイらしいんで、蜂蜜で甘くして飲みやすくしたんですよ」
「そりゃ、本末転倒てヤツじゃねーか?甘すぎるだろ?コレ」
ゼルがゲンナリした様子で薬湯の入ったティーポットを見つめる。
そして気になる言葉を放った、
「大体、あのねーちゃんなら、苦いお茶も大好きだろう?」
……え?
苦いお茶が……好き?
「あ、あれ?リルドナって凄い甘党だったんじゃ……」
「んにゃ、お茶菓子は甘いのが好きらしいけど、お茶の方はそれを引き立てる苦いモノが良い時がある。とか言ってたぞ」
「あー、昨日の紅茶談義の時言ってたね、東方では甘い豆のジャムがあるらしいんだけど、それに合うとか言ってたね」
どういうことだ?
リルドナ自身は苦いお茶でも飲める、つまりワザワザ甘くする必要は無かったんだ。
それなのに、蜂蜜一瓶使ってまで甘くした。
その理由は――、
「……最初から、自分で飲むつもりだった……?」
それは意識を失っている人間に飲ますこと前提だから、リウェンが仕方なくリルドナの身体に入って動かすしかなかった……、
いや、そもそもそれがわかっているなら、何故経口摂取が必要な薬湯という手段を選んだ?
姉の身体に乗り移るという手段前提で、何故薬湯を飲ませようとした?
「……逆か?」
身体に乗り移るのが手段じゃない……身体を乗っ取るのが目的だったら?
では、リルドナの身体を使って何がしたかった?何をしていた?
『このまま薬効を利用して、頭の中の不純物を取り除いていきますね』
あの時は、その場の勢いで深く考えなかったが、そもそも『不純物』てなんだ?
普通に考えて脳内に物理的な異物が入るとは思えない、脳内分泌物質ならあり得るが……『不純物』ではない。
それはリルドナを錯乱させている因子か?それとも概念か?
彼女の身に何が、どういう異変があったんだろう?
『……むむ、視界が真っ赤です』
これは何の比喩だったんだろう?
脳に、頭に悪影響を及ぼすモノ、『赤』とはなんだろう?
頭痛に悩まされる、それも風邪などの疾患が原因でなく、精神的なモノで来ることは俺もよく経験している、『心配』『不安』『焦燥』様々な感情の大前提にあるモノは
…………『記憶』か?
悪い記憶を、嫌な記憶を……どうするんだ……。
『何食わしたらそんな色になるんだ?』
待て……。
『うげ……赤紫の芋虫かよ』
待て待て……。
『名前には意味があり、概念を成します』
そう意味がある……。
これが、ペヨーテの入った紫陽花……ではなく、赤紫の芋虫……だったとしたら?
そして芋虫というのは、一般的に植物の葉を食んで育つ。
『姉のことだから綺麗サッパリ忘れてるかもしれませんよ?』
リウェンには確信があったんだ、リルドナの頭からソレが消え失せていることに……。
薬湯を『葉』を蝕む芋虫とするなら……その『葉』は――っ!?
「すみません、ちょっとリウェンの様子を見てきますっ!」
突然の言葉にゼルもロイも首を捻っていたが、説明している時間が惜しかった。
俺は一人、リウェンの元へと駆け出していた。
厨房のドアノブに手を掛け、ゆっくりと回す。
別に息を殺して、そっと忍び寄るつもりは無いのだが、コートの裾に隠し持ったソレの居心地が悪く、ついつい慎重な動きになってしまっている。
ドアを静かに開け放つと、こちらに背を向け作業をしているリウェンの姿が目に入った。
朝食の準備はほぼ整っているようだ。
彼女は振り向かずに、静かに問いかけてくる。
「おや、つまみ食いですか?」
「そうだな、真っ赤な真っ赤なストロベリージャムが欲しくなってな」
「あら、それは残念です、スッキリ青いブルーベリーにしちゃいましたよ」
そう言い、静かに振り返る彼女の瞳は
「――っ」
……すっかり赤見が抜けて青紫へと変貌していた。
彼女は冷淡に嘲るようにくすくすと笑う、
「やっぱりニブイですね?もう少し早くに来ると思いましたが……間に合いませんでしたね?」
芋虫が蝕んでいたモノ、
――――それはリルドナの『記憶』だ。
デスペレート…やぶれかぶれ という意味です。
変な横文字多くてごめんなさい




