11-7 モーニングティーはロイヤルブレンド
・スルーフ=ウェザリング……顔面に甚大な損傷あり。鈍器のような物で激しく衝突された形跡、ほぼ即死とみて間違いない。
・アーカス=トルティトカ……右肩部に上記と酷似した損傷あり。出血多量によるショック死が原因か?
二名ともに午後十一時宿舎内・応接間にて、当依頼を請け負った冒険者エイン=エクレール、及び同じく冒険者リルドナ=グロリアと数分間会話を最後に、翌朝六時、宿舎外の井戸の傍らで発見される。
凶器・容疑者ともに不明。
立地の特異性から魔物による被害も考慮される。
この件に関しては、現場保全を施し、後日ギルド調査スタッフを派遣して頂き、詳細を調査するものとする。
……。
…。
「こんなのでいいでしょうか?」
「ま、いいんじゃない?正式書類にはブルーノさんがすると思うよ」
ロイの言葉に甘えて、そこで記帳を放棄した。
何故か俺が調査内容をまとめる羽目になっている。
妙な緊張と肩凝りを覚え、応接間のソファで大きく伸びをした。
「大丈夫か?ナンセンスだぞ」
「……なんだよ」
「全てリウェに任せれば良いものを」
「仕方ねぇだろ……」
リウェン主導の現場検証は、俺にとって散々なものだった。
喋りだしたら止まらないのは姉妹共通なようで、この森に潜むという『吸血生物』の生態やら逸話やらを延々聞かされた挙句に、
『エインさん、ほら見て下さい、ここです。周囲よりもやや白っぽいですよね?これが肩甲骨の先端ですよ、ここで衝撃が止まったんだと思います』
とか、
『ほらほら、真っ赤に潰れてますけど、頬骨とか部分的に生き残ってますよね? ここですよ、ココ見えますか?』
とか……。
『それとワトスン君、記録の方はお願いしますね、ええ、走り書きで構いません』
だとか………。
『あと、これと同じ魔方陣をカードに書いて現場に配置しておいてください、そうですね一〇八枚ほどでいいです、出来たら魔力を通してくだされば発動しますので』
とかとかとか……!
「……エインさんのライフはゼロだぜぃ……」
「ふむ、相当参ったようだな」
ちなみに、この鉄仮面は先程の現場検証には参加していない。
実は、ずっとこの応接間で待機(?)していたのだ。
「なんだか振り回されまくった感じだなぁ……」
ため息をつき、淹れられた紅茶に手を伸ばす、起き抜けからドタバタしてた所為か、甘いミルクティーが胃に染み渡った。
ロイヤルブレンドと呼ばれる、モーニングティーの定番らしい。
「……美味いな」
ポツリと呟いた言葉に、ルーヴィックでなく、ロイが反応を示した。
「そうだね、リウェンちゃんも紅茶淹れるの上手いんだねぇ」
そりゃリルドナのお茶の師匠ですからね、とは口に出さなかった。
それよりも気になる懸案があった。
「でも、ミルクなんてどこから調達したんでしょう」
「うーん……」
「あんまり詳しく知らないんですけど、使うのって粉ミルクとかじゃないんですよね?」
「そうだね、基本的に低殺菌の牛乳を使うね」
出先でそんなものが果たして用意できるんだろうか?
今日は出発して二日目……これ鮮度的に大丈夫か?
「いくら涼しいと言えど……常温保存されたものって危なくないですか?」
「うーん……」
「つってもよぅ、飲んじまったぜ?」
そう、いくら考えても手遅れなのである。
だが、銃兵の叡智は死んでいなかった(?)
「そうだ!謎は全て解けたよっ!」
「いきなりどうしたんですか?」
先を促しておきながら、嫌な予感が走った。
「いいかい?あれだけ『立派なモノ』がついてるんだミルクの一リットルや二リットルくらい――」
ガゴン!と鈍い音が響き渡る、
「――出ません、その量は妄想ですっ!何言いやがってるんですかっ!?」
金属製のお盆でロイの頭を殴打しつつ、お澄ましフェイスのリウェンが帰ってきていた。
そのお盆の上には、お代わりの紅茶が乗っている……よく零さないものだ。
「オイオイ、マジでいい加減にしねーと訴えられるぞ?」
ゼルが呆れた声を漏らす。
それでも動じない金髪銃兵。
「いやいや、軽いジョークじゃないか、ボクはこれでも紳士なんだよ?」
リウェンの顔は相変わらずのクール系お澄まし顔……なのだけど、良く見ると目元がピクピク痙攣している。
「……失礼ですが、
ご自分で『紳士だ』とか仰られる方に限って変態さんが多かったりすると存じますが?」
「おい……なんでそう言いながら俺の方を見るんだ?」
強烈なプレッシャーを放ちながら、さぁ何ででしょうね?とそっぽを向くリウェン。
なぁ、皆。俺は紳士だよな?間違ってない筈だ、うん。
「リウェ、あまり一人で行動するな」
「……わかってますよ……」
「今のお前はそこいらの街娘と変わらない」
ルーヴィックの言葉に顔を曇らせるリウェン。
ヤツのいう『街娘と変わらない』とはどういうことだろう?
訊く前に答えを用意するのがヤツのウリだった。
「一切使えない。
血系特性は勿論、『浄化』の所為で魔法も使えないんだ」
「……わたしの身体じゃないですからね、赤の明晰や性能飛躍といった姉が常駐させている能力がまるっきし使えないんですよ」
なにやら聞き慣れない名前がまたまたまたまた出てきた。
「リルドナのやつ……何か能力を使ってたのか?目は何かあるとは思ったけど」
「そうです。まさか素の腕力だけで飛竜の死骸を投げ捨てたりできるとお思いで?」
言われて見ればそうだ、目の前に立っているのは小柄な少女だ。
あんな細腕にあの怪力が出せるわけが無い。
「姉専用の能力みたいなモノなので、わたしには引き出せません」
自然な動きで紅茶をカップに注ぎながら、本当は能力自体を内緒にしておきたかったんですけどね、と呟いた。
「つっか、マジでミルクはどうしたんだ?」
「あ、携行保存用の容器があるんですよ、『浄化保冷瓶』ていうんですけど」
「また聞き慣れない名称だな?」
ついつい尋ねてしまう。
「あんまり出回ってない錬金術製の器具ですしね……えっと下書きの方は出来ました?」
「大まかには、こんな感じでいいだろ?」
自分の冒険記帳に書いた文章を彼女に開いて見せる。
「そうですね……あとは『争った形跡が無い』も追記しておいた方がいいですかね」
「あー、それもあるか」
そう、現場には争った形跡が無かったのだ。
スルーフもアーカスも手には武器を持っていなかった。
携行していなかったワケじゃない、アーカスの腰には鞘に入ったままのカットラスがあった。
「あのカットラスを構える暇も無かったのかな……結構良い腕だった思うよ」
ロイの意見も尤もだ、昨日の立ち回りを見る限り腕は確かな筈だ。
そんな彼がみすみす無抵抗で殺されたりするのだろうか?
「一体どういう状況だったんでしょうね」
「うーん……本人に聞ければいいんだけどねぇ……死人に口無しだねぇ」
「まぁ、そうで――」
……ん?
ちょっと待て、出来るんじゃないか?
「もしかしたら……リルドナが意識を取り戻したらですが……彼女が何かを視ているかもしれませんよ!?」
そう、彼女が錯乱したのは、まさにその状況を『体験』してしまったからだ。
もしかしたら犯人の顔も視ているかもしれない。
「どうでしょうね……姉のことだから綺麗サッパリ忘れてるかもしれませんよ?」
「どんだけ猫脳なんだよ……」
「私はそう思います」
そう告げるリウェンの顔はやっぱり感情の読めないお澄ましフェイスだった。
「ま、後日に調査スタッフが何か見つけてくれるかもしれねーし、深く考えなくてもいいじゃねーか?」
「そうだねぇ、専門家に任せる方がいいね」
ゼルもロイも犯人探しの探偵ごっこはもういいよ、と言わんばかりだった。
そりゃそうだろう、ヘタに俺達が動くよりも、今は現場保存に協力すべ――
「……あ、」
「ムノー君どうしたの?」
「いえ、現場保存するのってどれくらいの期間なのかなって、いくら涼しいとはいえ死体は土に還ろうとしますし……」
「あ、そこは大丈夫ですよ? さっきエインさんに書いて貰ったカードには『凍れる刻』の魔方陣が組まれていますので、空間保存が可能ですよ」
「お、あれってそういう意味があったのか」
現場と遺体を現状保存するモノらしい、これにより様々な証拠がそのまま残されるわけだ。
遺体の防腐にも繋がる、……となると、もしかすると……
「なぁ、リウェン……もしもだけど」
「はい?」
口にすることが躊躇われる、自然摂理を破る行為。
甘いと言われるかも知れないが……それでも昨晩一緒に様々な会話を交わした人間に情が全く移らない訳が無かった。
「そ、蘇生魔法……使えないのか?今すぐじゃなく、仕事終了後、リウェン自身の身体で術を行使して……あの二人を救えないか?」
「……」
確か、リルドナは言っていた、神聖魔法が得意で回復の要になれる、と
そういった癒しの術の頂点とも言うべき蘇生の奇跡、双鎌十字の主席卒業生の魔術師……この少女なら使えるのではないだろうか?
俺の放った言葉の意味を場に居る全員が理解したらしく、ピシッと空気が張り詰めたようだった。
「……それは素敵な提案だと思いますよ」
相変わらず感情の読めないお澄まし顔のままだが、声はどこか優しい。
「ですが……申し訳ありませんが――」
優しい……が、その本体の温度は酷く冷たい……そんな印象を受ける、
「私にはそんな奇跡の魔法は使えません」
「そ、そうか……」
「ムノー君の気持ちもわかるけど、無理な注文しちゃダメだよ」
ロイにも諭される、
死んだ人間を生き返らせる、それはとても大それた考えだとは思う。
だけど、だからなんだ……
だからこそ、リウェンに言ってやりたかった。
(また嘘ついてんじゃねぇぞ!? この嘘つきヒモパン女がぁぁああぁぁ!)
と言う、言動は心の中に押し留めるエインさんだった。
問い詰めるのは、いろいろ終わってからの方がいいだろう。
この話は終わらせる方向で進める、
「まぁ、俺達が見ても気になる点はいっぱい見つかったんだ、専門の人が見ればもっといろいろ判明するよな」
「そうですね……気になる、といえばアーカスさんの得物はマクアフティルじゃなかったんですね」
「ん?カットラス使ってちゃおかしいのか?……マクアフティルってなんだよ?」
「先住民の栄誉戦士達が使ってる剣なんですけど……こんなのです」
左手に携える魔導書を手早く開いて、まるで図鑑のようなページを提示する。
それは木製の刀身に複数の突起物が取り付けられた奇妙な武器が載っていた。
「なんだこりゃ、変な剣だな」
「彼らの文明には鉄器を扱う技術がなかったので、木製の本体に石や動物の骨で『歯』をつけて鋸みたいに斬り付けていたみたいなんですよ」
見るからに切れ味も何もなさそうな形状だ。
こんなので敵を斬れるのだろうか?
「切れ味なんて期待できないでしょうから、頚動脈とかをピンポイントで狙っていたらしいですよ」
「なんとも扱いに厳しそうな」
「あー、でもそういう剣捌きだったよね、彼」
思い返せば、飛竜相手に動脈を切り刻んでいたっけ。
それにしても、この独特の形状……
「なんていうか古代魚を思い出すな」
「……姉も似たような感想述べてましたよ、勝手に『おさかなそーど』とか命名してましたし」
「……。俺、同レベル……なのか」
自分の思考がリルドナと同レベルという事実に、なんだか下校途中に買った肉まんを一口も食べないうちに落としてしまったような得も言えぬ寂寥感に襲われた。
「まぁ、どうでもいいんですけど」
「なんか今日いろいろ対応酷くない!?」
「いえいえ、気のせいです。――朝食、どうされます?」
そういえば、まだだった。
朝一番のノラネコシャウトの所為でまだ朝食どころか顔すら洗ってない。
「プレーンスコーンでよければお持ちしますよ?」
「ん?スコーンって何?」
「あら?そちらじゃあまり知られてないんでしょうか……バノックとかより重めのですね」
「いや、バノックもわからん……」
「まぁ、白パンの一種と思えばいいですよ。どうです?」
それなら問題なく食べられそうだ。
実は黒パン……ライ麦パンが苦手なエインさんだった。
「うん、それで頼むよ」
「真っ赤な真っ赤なジャムもベッチャリお付けしますね」
「どうして俺の食欲を削ぐようなことを言うんだ……?」
リウェンはくすくすと笑って、気のせいですよ、と呟いた後、
「ゼルさん、ロイさんも同じものでよろしいですか?」
「お、そりゃありがてーな、モチロンいいぜ」
「うん、ありがとね。お願いするよ」
「畏まりました、」
スカート(正確には袴だが)の裾を摘み、優雅にお辞儀をしリウェンは厨房へと向かった。
それを目で送り出しつつ、
「それにしても――」
「まだ何かあるんですか?」
またまた嫌な予感しかしなかった。
「いやね、お姉さんの方は『立派なモノ』をお持ちなのに、リウェンちゃんの方はさ…ちょっとちいさ――」
ガンッ!という愉快な音と共に、ロイの…後頭部という人体で鍛えようの無い急所に先程のお盆が直撃していた。
「大丈夫か?ナンセンスだぞ。リウェのアンダースローは凶悪だ」
「……痛いじゃないか」
「てか平気なんですかっ!?」
さすがは歴戦の銃兵、ただの変態さんではないようだ。
つまり、
――すごい変態さん。
「……まぁ、さっき回復魔法掛けて貰ったから、すこぶる調子良いんだよ」
「んあ?なんでぇ、もうアバラは大丈夫なのかよ」
回復魔法?アバラ……肋骨がどうしたんだろう?
湧き上がる疑問をロイに向ける。
「うーん……そうだねぇ……」
だが、それに対するロイの反応はなんとも歯切れの悪いモノだった。
なんとも気まずい雰囲気が立ち込めた。
「……リルに殴られたからな、無事なワケが無い」
「うーん、まぁ。咄嗟に身を捻って『芯』は外したよ?」
そういえば、彼は今朝に錯乱したリルドナに殴られたんだった。
直後に膝から崩れるように蹲ったんだ、かなり効いていた筈だ。
「それでも、肋骨にヒビくらいは入っていただろう?」
「参ったな、すっかりお見通しかい?」
やれやれ、という声が聞こえてきそうな肩を竦めるジェスチャーしてみせる、
彼が、自らの負傷を隠そうとする真意は……
「もしかして、リルドナの立場を……考えて、ですか?」
「言った筈だよ?ボクはこれでも紳士なんだよ、女性の立場を守るのは当然さ」
凛々しく笑う口元で白い歯がキラリと光った気がした。
見直したよ、変態銃兵。
「それにしても、回復魔法なんていつ使ったんです?確か『浄化』中で魔法を他の使えないんじゃ?」
「うーん……気付いたときは既に傷に痛みが無くなってたんだよねぇ」
二人そろって頭を捻る、
リウェンは俺に『結印方陣』を教えてくれた。当然彼女自身も使えるだろうから、無詠唱魔法も可能なのだろうが……それがいつ行使されたのかまるで気配が無かった。
そんな疑問に答えてくれるのは、やはり頼れるこの男だった。
「……並列演算起動式。つまり『浄化』と同時使用しただけだろう」
「同時に……ってそんな簡単にできるのかよ?そもそも魔方陣は一つしかなかったぞ?」
「問題ない。最初から魔方陣に複数分の起動式が構成されているだけだ」
二つ以上の起動式を行使する。
口で言うのは簡単だが、魔法を制御する精神領域では想像すら出来ないレベルの負荷が掛かっている筈だ。
一つの呪文を記号化して魔方陣にするだけでも相当な頭脳労働だ。
それを二つ、それもただ単に二種用意するだけでなく、『くっつけて一つの呪文にする』。
その上で、さらに記号化して魔方陣を完成させるワケだ。
そんな神業を事も無げにやってのけたということになる。
「うーん、あの娘……やっぱりスゴイんだねぇ」
「いや、錯乱したリルの本気の一撃を受けて肋骨軽損で済んでいるお前も凄い、」
当然、朝一番の騒動だったので、ロイはその時防具の類は一切着けていなかった。
普段から(?)殴られている俺が無事なのは、恐らく彼女が無意識に手加減してくれている所為だと思う。
では、手加減無しの本気のボディブローはどれほどの威力なのだろうか?
空気の読める狩猟罠なルーヴィックはご丁寧に答えてくれた。
「――直撃していたら、良くても脊髄損傷。再起不能だったな」
「……、一応ボクもまだ独身だから、それはチョット困るなぁ……」
いえ、妻帯者でも誰でも困りますよ、という言葉を咄嗟に出せなかった俺はまだまだ甘い。
そもそも彼の心配する方向はどこを向いているんだろう。
「いや、イケるかも!?女のコの方に頑張って腰をふ――」
グワシャ!という愉快な音と共に、ロイの後頭部に先程とは違う金属製のトレーが激突していた。
「だ、大丈夫ですかっ! ていうか何処から!?」
咄嗟に視線を走らせるが、リウェンの姿はとっくに廊下の角の向こうに消えている。
「大丈夫か?ナンセンスだぞ。リウェの緩急は実戦レベルだ」
「コレ変化球なのか!?もうそういう次元の話じゃねぇよ!いろいろ物理的におかしいよ!」
俺のツッコミ一斉掃射にも、ヤツは「ふむ?」と歯牙にもかけない。
「学生時代、『双鎌十字のジャイロボーラー』という二つ名があったらしいが」
「それ、絶対嘘だろ!今適当に思い付いただけだろぉ!?」
そもそも『そこいらの街娘』は変化球なんて投げないぞ?
俺の絶叫をBGMにロイがもぞもぞと動き出すのが見えた。
この人もなんだかんだで『規格外』の性能の持ち主なんだろう……。
むくり起き上がり、ポンッと俺の肩に手を置く。
「ムノー君、こりゃ迂闊に浮気もできないネ」
「ここまで来て他人の心配!?一見すると凄いイイ人に思えるけど、何か違う気がしますよッ!?」




