11-6 本のような現場検証
独壇場という言葉がある。
今、この場は完全にリウェンの手番だった。
誘導尋問というヤツだろうか。
例えば、アリバイを訊くにしても……『昨晩の九時頃はどうなさってましたか?』ではなく、『え~っと確か……昨晩の九時頃ってもうお休みになられてましたよね?』と訊ねれば、ついつい相手は『いや、その時はまだ起きてたな、一人で部屋の中で本を読んでいたな』という回答がごく自然に引き出せてしまうのだ。
……かつてリウェンはこう言った。
『私の役割は諜報……というか兵站全般ですので』
あの言葉は伊達では無い、ということか。その発言に嘘偽りは――
……あれ?あるな……どの部分で嘘を言っているんだ……。
「……ねぇ、ねぇってば!無能聞こえてんの?」
「へ?」
聞きなれた筈の口調に思わず思考が中断され、現実に引き戻された。
今、何て言った?
「アンタよ、アンタ。無能はアンタしかいないでしょっ」
「……お、おい?急にどうし――」
――たんだよ、と言葉を続ける前に、リウェンが目配せしているのが目に入った。
……合わせろ、ということだろうか?
「あー、悪い悪い俺は俺なりに考察を……ってか、もう少し『お仕事モード』でいろよ」
昨晩、リルドナが見せた『メイドさんのお仕事モード』のお陰でブルーノにはリルドナとは違う口調でも問題なく受け入れられているワケだ。
「はぁ?昨日は気持ち悪いからやめろって言ってたじゃない。もう!どっちなのよ?大体ねぇー……」
などと言い合いしつつ、チラリとブルーノを視界の隅に納めると、少し呆れたような微笑ましいモノを見るような「やれやれ……」と聞こえてきそうな顔を浮かべていた。
「では、私は出発の準備を進めてくるので、ここは任せる」
「あ~はいはい、かしこまりー」
ひらひらと手を振って応えるリウェン。
今、この瞬間、彼女はリルドナを演じているのだ。
細かいところまでキッチリ再現しているのが凄い。
バタン!という音と共にブルーノの姿が宿舎の中へ消えた。
うん、もういいだろう。
「――――――――で、どういうつもりだ?」
「えーっと、まず最初に……」
ペコリ。
「失礼しました、無能呼ばわりしてすみません……」
「一応、悪いという認識はあったんだな……」
「あまり大勢の人間にこの術式……『姉さんはわたしの言いなりよ』のことを知られるのは都合が悪いので」
リウェンがリルドナの身体を借りて行動している術式のことだろうか、
だんだんネーミングが投げやりになっている気がするのが気のせいか?
「……? 何がどーいうこったぁ?」
一人事情がわからないゼルが疑問符満開に咲かせて尋ねてくる。
彼女もゼルなら知られても構わないのだろう、手短に経緯語った。
「かぁー、嬢ちゃん……もうなんでもアリだなァ?」
「まぁ……ボクも未だに信じられないしね」
「てっきりよう、オメーが鎮静薬を分けてやって、それの副作用で大人しくなってるのかと思ったぜ」
ゼルがリルドナ(中身リウェン)を品定めするようにジロジロみている。体格の良いこの二人と並ぶと、彼女が際立って小さく見えてしまう。
というか、それよりも今気になることを言わなかったか?
「もしかして、鎮静剤……持ってたんですか?」
「うーん、まぁ。仕事が仕事だからね」
彼は銃兵、冷静に射撃する為に精神安定薬を携行しているらしい。
それは別に珍しくも無いことらしい……のだが、
「んっ?どうされました?」
チラリとリウェンの顔を見るが、やはり感情の読めないお澄ましフェイス。
俺の向ける感情に気付いているのか、いないのか……彼女から声が掛かる。
「では、ワトスン君、早速検証に移りましょうか」
「……あいよ、名探偵サマ」
極力、視界に入れないように心掛けていた『変わり果てた二人』を直視することになる。
ハッキリいって死体なんて率先して見るようなモノじゃないぜ?
「おや?顔色が優れませんが、大丈夫です?」
「……俺も故人の痛みや苦しみを理解してあげられる優しい人間なだけだ……」
そう、エインさんは紳士なのだ!
と、脳内で叫んだタイミングで、あーそうですか、とリウェンの冷たい返事。
……。
リアルとリアリティは微妙に違うと思う。
確かに、今目の前に広がる光景は、リアリティのあるものだろう。
例えば、被害者を中心に広がる血痕と血溜まりとか、リウェンが自分の指紋をつけないように、モノを触れるときはハンカチ越しに触っているところとか、
本で読んだような殺人現場がそういう根拠とともに構築されている。
……でも、何故か現実味が無い、自分の持っている現実とあまりにも掛け離れた事態に、どうしても現実として受け止められないで居た。
「……しっかし、ヒデェことしやがるな」
「何でどうやったら、こんな酷い傷口になるのかな?」
流石は現役の傭兵。
血や死体といったものに抗体を持っているようだ。
「こちらの方は……スルーフさん。でしょうか、完全に顔面が陥没しちゃってますね」
まじまじと真っ赤に崩れた顔を覗き込むリウェン。
お嬢さん、アナタはどうして平気なんすか?
「おそらく……即死だったんだろうねぇ」
「……頭部を一撃、酷いですね……でもアーカスさんは辛うじて避けたんでしょうか?」
いつまでも自分一人だけ目を背けてられない、何気ない疑問投げ掛けてみた。
それに答えたのは彼女だった、
「うーん……あえて外したのかもしれませんね。この肩の傷、ですが……ちょっと引っ掛ります」
大きく抉られたアーカスの肩から視線を外さず、ほら見てください、俺に指し示す。
砂で作ったお城を叩き壊したような無残な抉れ方だ。
……どうやったらこんなに酷い傷になるんだろう?
「いいですか?
外傷である以上、何かしらの異物……凶器が被害者の身体に侵入したことになりますよね」
「まぁ、そりゃそうだな……その凶器は見つかってないけど」
「つまりですね。
凶器が物質である以上、質量があり、運動エネルギーあるんです。
そしてそうである以上……方向が存在します」
そう語りながら、左手の魔導書ごと、えいやっ!と可愛らしく突き刺すようなジェスチャーしてみせる。
「凶器の侵入角度はこうでしょうね、肩がクレーターのように抉られているのは、ここで運動エネルギーが解放された……つまり運動が止まったということです。……何か気付きませんか?」
「やや高い位置から打ち下ろすような角度で穿たれているな、この軌道じゃどう考えても顔面は狙えない。……ついでに言うと、犯人は左利き……だな」
「グッド!いい推理です。さらに付け加えますと、傷口は貫通してません、右利きの人間が後方から突いた、ということはありません」
左手に携える魔導書を弄びながら、傷口がクレーター状ですからね、とさらに付け加える。
「となると、嬢ちゃん。何が何でも左利きの犯行てーことか?」
「……て、待ってよ、左利きっていったら……」
ゼルとロイが居心地が悪そうに顔を見合わせる。
それを尻目に彼女はくすりと笑う。
「そうですね、兄も姉も左利きです。他の方々は揃って右利きのよう、ですが」
「そんなにお前はあの二人を犯人にしたいのか?」
「あら?エインさんの目にはそう映ってしまいましたか?」
俺の顔を横目で見ながら、くすくすと笑い続けるリウェン。
「とりあえず、リルドナじゃないだろ、小柄なアイツがワザワザ跳んでまで打ち下ろしの一撃を撃つとは思えない」
それで?と彼女は淡々を先を促す。
「かといって、ルークもそこまで背の高さじゃない、せいぜい同じくらいの高さの打点になるはずだ」
それで?と彼女は淡々を先を促す。
「第一、アイツは俺と同じ部屋で寝てたんだ、俺がアリバイを保障する」
それで?と彼女は淡々を先を促す。
「これは左利きのアイツらに注意を向けさせる偽装じゃないのか?」
「グッド、貴方ならそう仰ってくれると思ってました」
左手に携える魔導書を弄ぶのをピタリと止め、ビシッと死体の方を指し示す。
まるで指揮棒か何かのような扱いだ。
「そもそものおかしな点が、別にあるんですよ」
「傷口以外に……か?」
俺の問い掛けに、えぇ、と頷いて、魔導書をクルリと回して自分の影を指す。
「長い……ですよね、実に三〇〇センチほどあるはずです」
「うーん……そうだね、ニ八八センチくらいじゃないかな」
ロイがすかさず測量して見せる、リウェンもロイ…どっちも異常だ……。
「姉の身長は一五四センチ、そこから算出される日光の角度は約ニ八度〇六分です、」
「…お、おい……なんだって?」
影の長さ?日光の角度?それが一体なんだと言うのだろう。
しかし、リウェンは俺の理解を待ってくれない。
「その角度から算出される時間は実に午前九時です」
さらに魔導書をクルリと回して、まぁ兄に言って時計を見せてもらったら良かったんですが、と呟いた後、血溜まりを指し示した。
「ここに姉はへたり込んでしまったわけですよね?そして気持ち悪いくらいお尻が濡れちゃったわけですが」
「ちょっと待て、だから何が言いたいんだ?」
「エインさんは今朝何時に起きました?」
「はぁ?時計持ってないしわかんねぇよ。そもそもリルドナの悲鳴で飛び起きたし」
俺の回答に小首を傾げ、思案する素振りを見せるリウェン。
「恐らくまだ薄暗かったんじゃないでしょうか?……六時ぐらいと思うんですけどね、
――で、これから述べる話は姉の生活リズムからの推測になっちゃうんですが……」
再び、左手に携える魔導書を弄びはじめ、大雑把な計算ですよ、と付け加えた。
「姉は毎朝四時半起きなんですが」
「随分と早起きだな、それが――」
すかさずドロリと淀んで見える瞳を向けて、まぁ聞いてくださいと俺の言葉を遮る。
「そこから一時間弱で身支度をして、朝食の準備に取り掛かるんですよね、勿論……モーニングティーもです。姉は手際の良い女性ですから、先に茶器一式を準備して、そこから水を汲むんですけど――」
そこで魔導書をクルリと回して自分の影を指す。
「それが大体、毎朝六時くらいなんですよ。姉が悲鳴を上げた時間、つまり事件発覚時刻です」
「……それはわかったが、それが一体何なんだ?」
「あら?まだお気付きなりません?」
魔導書を肩にポンポンと当てる仕種を見せながらため息をつく。
「いいですか?
少なく見積もっても、三時間は経過しているんですよ?
それなのにこの血溜まりは未だに瑞々しい液体のままです。
おかしいと思いませんか?いつまで経っても凝固していないだなんて」
「――あ、」
そうか、そうなのだ。
本来、血液というものは出血し血液が血管外に流出した時に血小板の凝集が起こり、血液凝固因子が活性化され凝固する。
「これだけの量ですと、固まり乾ききるには三~四時間は掛かるでしょうけど、いくらなんでも三時間以上経っても、この状況はおかしいです」
「じゃあ、これは本物の血じゃなくて……血糊か何かなのか?」
「それはサンプルを採って解析してみないとわかりませんけど……」
彼女は指を二本立てて、ぷらぷらと振ってみせる。
「ここで推測する指針が二手に分かれます」
「なんだよ?」
「ひとつは、科学的根拠の元に……『人間の犯人が何かしらの偽装のために血痕に細工をした』という推理指針です」
「それが今やってることじゃないのか?」
「そうです。……ですが、それともう一つの可能性、ブルーノさんご要望の可能性……人外の存在の仕業――」
「いきなり突拍子も無いぞ?
なんだよ、ソイツに襲われたら血液が凝固しなくなる魔物でもいるっていうかのかよ?」
俺の問い掛けに魔導書をクルリと回して、宿舎とは反対側……果てなく広がる森を指して、
「残念ながら……いるんですよ、そういう吸血生物が。この森には……ですけどね」




