11-5 蛇のような狡猾甘言
リルドナの身体をリウェンが動かしている。
ただそれだけで、こうも印象が変わってしまうものなのだろうか?
先陣切って歩き出した彼女は本当にリルドナとはかけ離れていた。
まず、最初に目に付くのは、やはり口調・言葉遣い……全く別人だ。
それに次ぐのが、その顔に張り付いた表情、リルドナは本人は基本的に生気に溢れ、勝気な表情を浮かべているのが常だが、今目の前を歩く少女は至極感情の読み取りにくい澄ました表情を携えている……言っちゃ悪いが、姉であるリルドナ本人よりも数ポイント大人びて見えた。
さらに歩き方も違っている。
ボクらのノラネコ姉さんは、しっかりとした足取りでズカズカと突き進むのだが、目の前を歩くお澄ましフェイスはコッコッコッ…と静かにヒールで石畳突くような印象だ。
なんていうか、モデル歩き……というよりブロック塀の狭い幅を綺麗に足を交互に動かすネコ歩き。
中身がリウェンなのだから違いがあるのは仕方ないが……それがリウェンの仕種か?と問われればやはり首を捻らざるを得ない。
そもそも彼女はこんな危なげない足取りでは歩かない――ていうかコケるのがデフォルトなDEX2のはずだ。
「……?どうかされました?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか?なんだか失礼なことをお考えになられていた、と……お見受けしますが?」
よ、読まれてる……。
「――歩き方、ですが。これが本来のわたしの歩調です、身体が自由に動くならこんな感じなんですよ」
「お前の兄貴といい、なんで他人の思考を読めるんだよ……ってそっちの扉じゃないだろ」
「お顔に書いてあるんですよ……ちょっとこちらに忘れ物があるんです」
リウェンの言う『こちら』とは、すっかり馴染み深くなった給湯室。
ついさっきに薬湯を調合したばかりだ。
そのまま中へとツカツカ突き進み、作業テーブルの横に置かれた椅子へと手を伸ばす。
「あー、ソレか」
そこにはリルドナが昨日脱いだ黒いケープが掛けてあった。
彼女はそれを手に取ると、ぎこちない動きで羽織ろうとする。
「やりにくそうだな?」
それもその筈、左手に魔導書を掴んだままなので、どうしても片手でしなければならないからだ。
「そう……ですねぇ、やっぱり」
「ほれ、手伝ってやるよ」
「あっ?いいです? ではお言葉に甘えてお願いしますね……ハイ」
と、掛け声と共に、両手をダラリと下げて、クイっと顎を上げた。
……。
何故か瞳を閉じている。
なんだかキスでも求められてる錯覚すら覚えるポーズだ。
いやいや、エインさんは紳士なのだ……変な考えが浮かぶと不味いので、慌てて視線を落す。
が、そちらはそちらで、大きな膨らみが顎を上げて胸が反られた所為でさらに自己主張が激しくなっている。
忘れてはいけない、この双子の姉は小柄な身体に反して、随分と立派なモノをお持ちだったのだ。
思わず目のやり場に困っていると、
「やっぱり、瞳を閉じた方が雰囲気出てますよね?」
「お前、絶対ワザとやってるだろ……」
完全に遊ばれている。
きっと視線を斜め後方に走らせれば、ニヤニヤしているロイの顔がある筈だ。
仕方が無いので、リルドナ(中身リウェン)の後ろに回り込んでから、ケープを羽織らせ首に巻きつける。
大雑把に羽織らせたら、あとは彼女が自分の手で微調整を加えていく。
「やはり、これがありませんとね」
給湯室と厨房の境界部分に設置された鏡で入念にケープの着こなしをチェックしている。
なんでこんなところに鏡が?と思ったが、どうも出会い頭の衝突防止のために設置されたモノのようだ。
「グッド!いいケープです、やはりこのスタイルで臨まねばなりません」
リウェンの着こなしは、若干リルドナは違っているようだ。
だが、それがどう違ってくるのか全くわからない。
そして俺が受ける全体の印象は、
「――インバネスコートみたいだな……どこぞの名探偵かよ」
「そうです。そのつもりで着こなしてますから」
視線を鏡から外さす、同じ衣類でも着こなしが重要なんですよ、と語る。
「――で、何してんだ……?」
彼女を見れば、右手の甲を顎に当て、その腕の肘を左手で抱く(今は手が塞がっているので添えるだけ)というポーズを取っている。
なんていうか『オーッホホホ』とか典型的なお嬢様高笑いでもやりそうなポーズだ。
「ただそこにケープがある、それだけで私にはこの程度の着こなしが可能です。如何でしょう?皆様方」
なんというか、あまりにもその挙動には一切の淀みなく整いすぎている。
「それ、まさか毎日鏡の前で練習してるんじゃないだろうな……」
「ええ、毎日欠かさず三時間ほど」
「……頼む、これ以上俺を頭痛で蝕まないでくれ……」
どんどん俺の中のリウェンのイメージが高度成長期の都市開発のように変化していく。
そもそものイメージや個性といったものはどうだったのか、
靄がかかったように思い出せない、ハッキリしない。
他の強烈な個性に隠れてしまっていて、今まで気付かなかっただけなのだろうか?
ルーヴィックの性格の悪さ、
リルドナの名前の扱いの悪さ、
ルーヴィックの足癖の悪さ、
リルドナの頭の悪さ……。
そもそもの強烈個性がありすぎたのかもしれない。
しかし……、
「おい、もう行くぞ。言い出したのはお前だろ?」
半ば引き摺るような形で彼女を鏡の前から引き剥がし、勝手口の先――井戸へと向かった。
ガチャリと扉を押し開き、外へと躍り出る。
途端に空気が一転する、先程までリウェンにからかわれていた雰囲気は一気に吹き飛んだ。
その場に残っていたブルーノ、ゼルの緊張した視線が突き刺さったからだ。
「……ふむ、君達か……」
宿舎から出てきたのが俺達だとわかると、若干緊張を解いた気配が伺えた。
「お、ねーちゃんも復活したみてぇだな」
「ふむ、もう大丈夫なのかね?」
二人とも本気でリルドナの心配をしていてくれたようだった。
「はい、ご心配お掛けしました」
ペコリ、と頭を可愛く下げた。
「それにしてもよぉ。血が苦手なんざ、意外と可愛いとこあるじゃねーか」
「……。大変お見苦しいところをお見せしました」
、やや視線を外し俯き気味に照れたような素振りを見せる。
……さっきから散々遊ばれたので、さすがにわかった。
これは計算し尽された演出なのだ。
その上で、リウェンはブルーノとの会話へ臨む。
「他の方々は?」
「一旦、それぞれが使っていた部屋へ戻って出発の準備を進めて貰っている、随分と予定が狂ってしまったが、昼までには出発したい」
目線で変わり果てた二人を示し、この二人には気の毒だが、と呟いた。
「うーん、ギルドへの報告は纏まりましたか?」
報告……冒険者ギルドへのトラブル発生の報告。
これを怠ると、依頼主側に多大な責任と懲罰が圧し掛かる。
「概ねは固まっている……と言いたいところだが…正直、事故として処理していいものか迷うな」
「そう、ですよね。どう見ても事故でこうはなりませんしね」
意味深な言葉を投げ掛けるリウェン、しかし表情は相変わらず澄ました顔だ。
無表情というわけでは無いが、感情を読めない。そんな顔だ。
それはブルーノも感じ取ったのだろう、どう対応すべきか攻め倦んでいるようだ。
「……事故といっても、そんな単純な意味合いだけも無いな、なんせこの森の中にある宿舎だ、夜ともなれば――」
「人外の……フェアリュックテル・モエルデル、ですか」
ブルーノ言葉を遮るように、聞き慣れない単語を言い放ち、まぁそれも無きにしも在らずですが、と呟いた。
「そんな都合の良い殺人鬼なんているでしょうか?」
「……可能性が無いとは言い切れんぞ」
これは、現実で起こっていることだ。
この世界には残念ながら魔法も魔物も存在する。
あえて科学的観点のみで解けるように構成された推理小説とは違うのだ。
仮にそう言った『人外のモノ』の仕業で無い、つまり人間の仕業なら……ここには俺達以外の人間は居ないのだから、必然的に犯人はこの中に居ることになる。
「そうですね、『無い』とは言い切れません」
ブルーノの反論をアッサリと認め、左手に携える魔導書を弄びながら、でもなんですよ、と口を開く。
「『いない』を立証することは……所謂『悪魔の証明』は無理ですが、『ヘンペルのカラス』ならば充分可能なんですよ?」
また聞き慣れない単語が出てきた。
俺の理解の追従の歩行速度には構わずに彼女の言葉を続く、
「いいですか?
この『魔物の仕業ではない』という命題はその対偶命題である『犯行はこの中の人間によるもの』ということと古典論理学的には真理値が一致であるんです。
対偶論法です。つまり、『わたし達には出来ないこと』という要因を提示すれば提示するほど『これは何か得体の知れないモノの仕業だ』という証明となり得るんですよ」
「……ふむ?では具体的にどうするのかね?」
ブルーノ問い掛けに、相変わらずの感情の読めないお澄ましフェイス。
だが、俺にはその赤紫の瞳がドロリと淀んだ底なし沼のように思えた。
「私達に現場検証する許可をください、
報告書を作成するお手伝いくらいは出来ると思います」
おそらく、ブルーノはこの申し出を受けるだろう。
断るわけがない、彼女がそうするように仕向けたのだから。
言葉という枷で、にゅるりと獲物を鹵獲する……まるで蛇のようだった……。




