表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
四日目
68/81

11-4 眠れる野良の猫



 ガラガラと配膳台車を推し進め、応接間で眠るリルドナの元へと運ぶ。

 精神安定の効能が大きく期待できる薬湯……『紫陽花の青虫(プルプァ・ペヨトル)』を乗せて。

(……それにしても)

<んっ?どうかされました?>

(なーんか、大きな見落としをしてるような気がするんだ……)

 そう、何か根本的に、最初の大前提を忘れているような気がするのだ。

 あまりにも目まぐるしく事態が急変した所為(せい)かもしれない。

 それでも、目の前の問題を解決する方が先だった。



「おや、ソレはなんだい?」

 ロイが開口一番、台車を押し進める俺を視界に納めて訊ねて来た。

 応接間まではそんなに距離は無い、すぐにリルドナの元にたどり着く。

「精神安定の効能のある薬湯ですよ」

「また変わったもの作ってこれるんだね、それも魔導書(グリモワール)に載ってたのかな?」

「……そんなところです」

「ふーん、キミ読めなかったんじゃなかったのかな、別にいいけど」

 ロイが投げつけてくる視線に込められているモノは……猜疑、だろうか?

 言葉の端々に探るような気配を感じる。

「――で、どうやってリルちゃんに飲ますのかな?」

「あ……」

 そうだった、そこだ。そこだったんだ。

 意識を失っている人間にどうやって薬湯を飲ますんだ……。

 まさか「なにも考えてませんでした!」とは言えない。

「そ、それは……」

眠れる姫スリーピングビューティですよ> 

 言い淀む俺に、すかさずリウェンの言葉が駆けつける、

 溺れる者はなんとやら、それが藁とも罠とも知らずに復唱してしまった。

「す、スリーピングビューティーです」

「……おや?ということは……」

 それを聞いたロイが何故か、にたぁ~といやらしい笑みを浮かべ始めた。

 なんていうか、もう嫌な予感しかしない。

 言ってしまってから、今更のように言葉の意味を考える。


「え、えーっと……」

<くすくす……あら、ご存じないんですか?>


 い、嫌な予感がする……リウェンまで何故か笑っている、それも小悪魔的な嘲笑に聞こえる!

 えーっと、何だ?『眠れる姫スリーピングビューティー』ってなんだっけ?

 確か、童話か何かだったはずだ……。


<呪いで眠りに就いた王女様、果たしてその呪いから解き放ったのは誰だったでしょーか?>

(眠りに就いた王女……童話でのパターンだと、王女の相手はどこかの王子……か?)

そうですよ(ゲナウ)。毎回、どうしてこんな暇な王子様がいるか謎で仕方ないですけど……では、その方法は何だったでしょーか?>


 ま、待てよ……何か覚えがあるぞ?

 確か、フェリアに読んで聞かせた本にあったような……思い出せそうだ。

 ……でも、思い出さないほうがいい気もする……。

 なんだっけ……読んでて気恥ずかしくなった記憶が……あれは、そう……


「は、はぅはああああぁぁぁアアアアぁぁぁぁーーー!?」


 不覚にも大声を上げてうろたえてしまった。

 いや、だってそうだろ?

 何度も言うが、エインさんは紳士なのだ……。


「ムノー君、役得だね♪」

<くすくすくす……まさか、本当に気付かないだなんて、意外とニブイんですねーっ> 

「い、いや……は、はははは……」

<――で、役得を堪能……ですか?>

「もし、ボクがお邪魔なら退散するけど?」


 何故だ?

 事前に打ち合わせもしていない筈のロイとリウェンが、どうしてこんなに言葉が繋がっているんだ?

 それとも実は似た者同士なのか?


<ぷっ……>

(……へ?)

 今、リウェンなんか「ぷっ」とか笑わなかったか?

<くすくすくす……あははははっ……ふふふ、冗談ですよ。もしかして本気にしちゃいました?>

(……おいっ!?)

<いくらなんでも、口移しだなんて不衛生な真似させませんよ、それに意識を失っている人間に液体を飲ませるのはやはり危険です。万が一肺に回ったらショック死することもあるんですよ?実に入浴中の溺死の原因はほぼコレだったりするんですが――>

(どーでもいい!そしてやはり長い!!)


 どうもこの娘は話を脱線させる傾向にあるようだ、

 いろいろ知識がある所為か、いくらでも話が発展してしまう。


(んで、どうするんだ?)

<えーっとですね、まず姉はどういう体勢眠っています?>

(えっと、ソファに仰向けに横たわってるな、手は両方とも胸と腹の中間くらいに置いてる感じかな)

<ふむふむ……あと頭はどちらの方角に向いてます?>

(待ってくれよ……暖炉のある壁の方に向いているから……どうなるんだ)


 頭の中でこの宿舎の構造を思い返す、そもそも俺達はどっちから入ってきたんだ?

 立ち入るところから順を追ってシュミレートしていく……。


(西だな、ザックリだけど、ほぼ西を向いていると思う)

<ふむふむ……よっと、こんな感じですかねーっ>


 通信の向こう側で何かの準備をしているらしい、なんとなくそんな気配が伝わってくる。


<では…エインさん、姉の左手に魔導書(グリモワール)を持たせてください>

(む~?……何をさせるんだ?)

<まぁ、やってみればわかりますよ>


 何をしようとしているのか、全く見当が付かないが、とりあえず言われたとおりに従う。

 左手に持たせろとのことだが、意識を失っている人間相手にそれは無理なので、身体と手の間に魔導書(グリモワール)を割り込ませる。

 これで一応は左手で確保しているようには見える。


(いいぞ、持たせた)

<ありがとうございます、では行きますよーっ>


 …。

 ……。

 …………。

 …………?

 行きますよ、と言ったが何をしたのだろう?

 一見すると何も変化していないように見える。

(おい、何も起こらない――)


「……同調(シンクロ)しました」



 すぐ間近で声がした。

 直接頭に届く通信による音声でなく、すぐ近くにいる人物が発声したようなクリアな音質だ。

 そして、この声には聞き覚えがあった。

 半ば信じられず、目の前で眠る少女をの顔を覗き込む。

 ……まさか?

 先程の声はロイにも聞こえたのか、俺と同じようにリルドナの顔を覗き込んでいる。

 俺達二人が見守る中、果たして眠れる少女はパチリと目を開いた。

 妖しい光の灯った赤い瞳が姿を見せる。


「お、起きた……?」


 そのまま少女はむくりと身を起こし、こちらを一瞥しこう言った、

「改めて、おはようございます(グーテンモルゲン)。エインさん、ロイさん、実に一日ぶりですね……むむ、視界が真っ赤です」 


 目の前の少女……リルドナは、彼女らしからぬ口調で挨拶を述べる。

 凄い違和感を感じる。

 違うのは口調だけじゃない、表情も何か根本的に違う気がする。

「お、おい?リルドナ……?」

「あーっ、やっぱりニブイですね?そんなコテコテのリアクションされるとお話が進まなくて困りますよ?」


 えっと……この口調はもしかして……

「まさか……お前…」

「……も、もしかして、リウェンちゃん……かな?」


 ロイも俺と同じ結論に達したのか、湧き上がった推論を口にする。

 その言葉に目の前の少女は満足げに微笑んだ。

そうです(ゲナウ)。少し姉の身体をお借りすることにしました」

「へー、そうなのか……リルドナの身体を借り………えええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

「い、いやはや……キミ達に関してはいろいろやらかしてくれる、とは思ったけど……これはこれは……」

 さすがのロイも驚きを隠せず、口をパクパクとさせながら呻くように言葉を搾り出していた。

「初々しい驚きの反応、実にグッドです。ですが……そろそろ本来の目的を――」

 そう言いながら右手を差し出してくる。

 何かをくれという意思表示か?

「……いえ、ですから……『紫陽花の青虫(プルプァ・ペヨトル)』をください、姉に飲ませますので」

「あ……あぁ~そういうことか!」

 あまりにも展開に頭が着いて行けない。

 やけに震える手でティーポットからカップへと薬湯を注ぐ。

 途端に周囲が湯気と共に甘ったるい香りに満たされた。

「うわ……メチャクチャ甘そうだね、ソレ」

「間違いなく胸焼け確定レベルだと思います……俺も調合してて気分悪くなりましたし……」


 ……なのだが、そんな俺達の心配を他所に、目の前の少女は躊躇いも無しにゴクゴクと飲みだした。

 いや、見てるほうが気分悪くなるんだが……。


「……おい、そんなの飲んで大丈夫なのか?」

「いえいえ、全く以って心配は間に合ってます!

 大丈夫です、実にグッドです。もう蜂蜜の味しかしませんっ!」

「全然、大丈夫じゃねぇ!

 というか、なんで「グッドです」の部分だけ米国訛り(ステイツ)の発音なんだよ!?」

「いやいや、ムノー君、そこをツッコムんじゃなくて……リウェンちゃんもよくそんな甘ったるそうなの飲めるね……」

心配無用(カインプロブレーム)です。私も姉も超甘党ですのでーっ。……んっ、早速効いてきたみたいですよ?」

 そう告げる彼女の顔に思わず目を向ける。

 宣言通りすぐに変化が現れたのがわかった。


「お、おおお?」

「無事に『赤の明晰レイテス・クラルヘイト』の解除が進んでいるようです」


 リルドナ(中身はリウェンだが)の瞳から妖しい光が消え失せていく。

 どうやら何かしらの能力が解除されていくようだ。

 みるみる内に瞳から光が完全に失われ、元の赤紫の瞳へと戻った。


「おー、元に戻った……な………?」

 本当に元に戻ったのだろうか?

 何かひっかかる。

「このまま薬効を利用して、頭の中の不純物を取り除いていきますね」


 言うや否や、右手で虚空に青白い魔方陣を描き、何かの魔法を発動させた。

「な、なんだー?」

「頭の中の『浄化(デフラグ)』ですよ、かなり錯乱していたようですからね。ちょっと処理に時間は掛かりますが、綺麗サッパリ掃除してくれますよ」


 リウェンの言ってるいることの半分も理解できないが、

 なんとなくアフターケアを施しているのだろうと予想は付いた。


「それよりも……エインさん」

「うん?どうした?」

 クール系の澄ました表情のまま彼女は呟いた。

「なんだか、お尻の辺りがグッチョリと濡れているんですが、何かありました?」

 別に卑猥な表現を含みませんが、と付け加え小首を傾げた。

 そういえば、そうだった。

 今朝、リルドナは血溜まりの中にベチャリと尻餅を付いたんだ……。


「一瞬、姉がいい歳こいて『やらかした』のかと不安になりましたが、これは、血……ですか」

 それでも尚、お澄まし顔のまま口を動かし続ける、

「――どこか怪我をした……という訳でもないですね。かといって今月はまだ来ませんし……」

 何やら後半部分はよく意味がわからないが、ぶつぶつと何かと言っている、

「――となると、これは『被害者』のモノ……ですか。姉さん…貴女は現場を荒らしすぎです」

「……一人で盛り上がってるところ悪いけど、着替えた方が良くないか?」

 年頃の娘がお尻を濡らしたままというのも、どうかと思う。

 何よりも気持ちの良いものでもないだろう……。

「うーん、そうしたいところですが、これは……下着までいっちゃってると思うので、さすがに人前で着替えるのは――」

「二階の個室に行けよっ! ていうか袴だけだったら着替えてたのかよ!?」

 えぇ、と彼女は頷いた。

「恥ずかしくないのかよ!?」

 えぇ、と彼女は頷いた。

「だって、私の身体じゃないですから」

「……お前最低だよ…………」


 この兄妹にはまともなヤツはいないのか……。

 また頭痛が狂喜してサマータイム出勤してきた気がする。

「まぁまぁ、そんなことしなくても……です。エインさん回復魔法をお願いできませんか?」

「……は?回復魔法……?お前の方が得意じゃないのか??」

「残念ながら、『浄化(デフラグ)』中は他の魔法術式は一切使えませんので」

 なるほど、今こうしてる間も絶賛稼動中なわけだ。

 でも、何で回復魔法がいるんだろう?

 どこも怪我していないことは既に判明している筈だが……。

「まぁ、いいけど。どこか悪いところあるのかよ……どこに掛けるんだ?」

 俺の質問に対し、お澄ましフェイスのまま無言で立ち上がると、クルっとこちらに背を向けた。

「……む、背中……か?」

 と、俺が怪訝な表情を浮かべようとした時、


「ふぐぁ!?」


 そのままクイっとお尻を突き出すような……いや、突き出してる。

 そんな年頃の娘がやっていいワケが無いポーズ取ってきた。

「あ~っ、ココです、ココ」

 そう言う彼女が指差す場所はベッタリとした血で濡れそぼる袴のお尻部分だった。

 今しがた懸念していた材料の部分だ。

「ココに向かってヒールを発動させてください」

「は、はぁ!?意味がわかんねーよ!大体なんて格好してんだよ!!恥ずかしくないのかよっ!?」

 えぇ、と彼女は頷いた。

「だって、私の身体じゃないですから」

「……お前最悪だよ…………」


 容赦なく襲い掛かる頭痛を振り払うように頭を左右にスライドさせつつ、視界の隅に悔しそうに歯噛みするロイの顔を掠めた。

 なんだか「う、うらやましくなんかないぞ」とか聞こえてきた気がするけど、もう無視することにした。


 とにかく、ササっとヒールを掛けてしまって、こちらの精神衛生上良くない状況を打破することにした。

 ――意識を集中し、指先に魔力を込めて一気に線を引き魔法陣を形成する。

 一拍置いて、ポゥと光が灯り、対象が光に包まれる。

 今回も成功だ……と言ってもそれは当然なわけで、


「グッド、魔導書(グリモワール)補助(サポート)はバッチリですね」


 というわけである。

 果たして、回復魔法の結果がどうなったか、灯った光が消え失せるのを、まだかまだかと食い入るように見つめる。


「大丈夫か?ナンセンスだぞ。それは絵的にかなり不味い、」

「てか、お前もいたのかよ」

 完全に存在を失念していたヤツには気を留めず、ヒールの術後を凝視した。


「お、おぉぉ!?」

「ね?バッチリでしょう?」

 どういう作用か袴を汚していた血の染みは綺麗に消え去り、

 元々そこに何もなかったような自然さで綺麗になっている。

「一体どうなったんだ?」

「うーん。『元に還った』というところでしょうか、ちょっと説明長くなりますが、いいです?」

「どうせダメと言っても語りだしたら止まらねーだろ……続けてくれ」

 クスリと可愛らしく笑ってみせるお澄ましフェイス。

「普通、回復魔法は『対象の生体活動を活発化し、回復を促す』という『再生(リジェネーション)』が主なんですが、エインさんが習得したヒールは少々変り種でして……『対象の状態変数を恒常状態へと数値修正する』という概念(コンセプト)の『中和(ニュートラライズ)』なんですよ。言ってしまえば、それは『元ある姿にオーディナリィ・シェイプ』というモノなんです」

「つまり、それは――」

「傷を負った生物なら傷が癒えるし、壊れた家具なら修繕され、汚れた衣類なら綺麗になる。てところかい?」

 俺が結論を述べる前にロイが先に発言する。

 イイトコ持って行かれた感全開だ。

そうです(ゲナウ)。さすがは冒険者発祥の地リルガミン産の魔法ですね、実にユニークです」

 せっかくなのでこの特性を役立てて下さいね、と付け加えた後、彼女はこう告げる。

「――では参りましょうか」

「は……?何処に行くんだよ?」

 左手に携える魔導書(グリモワール)を弄びながら、決まってるじゃないですかと口を開く。



「現場検証です。私の灰色の脳細胞が活動を始めたがってるんですよ」


 


リウェンがただの変態になりそうです……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ