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赤ルア(テスト用)  作者: あせこ
四日目
65/81

11-1 赤に染まったモノ

 ■先に立たない夜行列車


 何故、列車を降りなかったのですか?

 もう遠出する時間ではありません。


 何故、列車を降りなかったのですか?

 当車には御夕食の世話はございません。


 何故、列車を降りなかったのですか?

 当車には寝台車はございません。


 何故、列車を降りなかったのですか?

 そもそもこの時間に運行はしておりません。


 何故、列車を降りなかったのですか?

 この先の線路は……くすくすくすくす……


 だから、列車を降りたら良かったのです。

 本当の終着駅は先程の駅だったのですよ?

 



Der September.KC997――BlaueAugen



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



 朝。

 静けさの漂う森の中に宿舎の軒先。

 穏やかに一日の始まりを迎える時間だ。


「……くっ。う、嘘だろぉ!?」


 残念なことに目の前には穏やかでない光景が広がっていた。


 二人は変わり果てた姿になっていた。

 



「オイ! 何があったんだ!?」

 いつの間にかゼルも駆けつけていたようだ。

 おそらくロイも一緒なのだろう……俺にそれを確認する余裕はなかった。

 思考がぐるぐると目まぐるしく回る。

 上手く状況を把握できないでいた。


 ただ視線の先に人の形をしたモノがある。

 扉の方から次々と騒ぎ声が聞こえてくる。

 すぐ真横で発せられている音なのに、何故か遥か遠くの物音のように思える。

 なんだか、見えない力によって体を宙に浮かされているような気分だった。

 『地に脚が着かない』というのはこのことだろう。


「――ぐ、畜生……、」


 俺は歯を食いしばり、とにかく身体を動かそうとした、

 このままだと得体の知れないモノに吸い込まれてしまいそうだったから――


 ――幸い、右手が動いてくれた。

 その手で握り拳を作り、強く、硬く、握り締める。

 そして呪縛から逃れる為に、一気に殴りつけた。


「オイっ!? 何してんだ!」


 俺の拳がメキリと確かな感触を捉え、右頬が突き抜けるような衝撃に襲われた。

 そう、殴ったのは自分の顔だ。


「は、ははは……こうでもしないと、目が覚める気がしなかったんで」

「……目が覚めても、悪夢の中にいることに違いないようだが?」

 ブルーノが俺と『人の形をしたモノ』を交互に見据えてため息を漏らす。


「何があったのかね?」

「すみません、俺達も来た時には、もうこの状況だったので……」

 初動の早さに若干差があったものの、置かれた状況はブルーノ達と変わらない。

 絹を裂くような悲鳴を聞きつけて、駆けつけたらこの惨状だった。それだけ。

「――つまり、ムノー君達も悲鳴を聞きつけてここに来たんだね?」

「はい、そうなります」


 皆、同じ状況

 ――じゃない。

 一人例外がいるじゃないか。


「――てコトは、第一発見者は……ねーちゃんか?」


 悲鳴を上げた張本人――リルドナが第一発見者、つまりそういうコトだ。

 おそらく彼女のことだ、

 朝一番に水を汲んで、また俺達にお茶を振舞おうとしてくれたに違いない。

 そして、井戸まで来て『現場』に遭遇した。

 何の捻りもない、すぐ思いつく流れだ、問題ない。

 問題となるのは、その現場が『犯行中』だったのか『犯行後』だったのかだ。


「おい、リルドナ。二人を()ったヤツを見たのか?」

「――には、――もう……き、ぁ…うぅ……」

 完全に気が動転しているのか、リルドナが発する声は言葉になっていない。

 辛うじて、彼女も来た時には、もうこうなっていたという意思だけは汲み取れた。

「よしなよ、ムノー君。彼女まともな精神状況なワケないよ」

「わかってます、こういうのが苦手なのは……」

「つーか、早いトコ移動させてやろうぜ?

 ……そんな所に尻餅ついてちゃあ、よう……」


 その言葉で思い出した。いや気付いた。

 昨晩、井戸を見つけて調べたとき、俺もリルドナも雨に濡れなかったんだ。

 別に傘を持ってたわけでもない。

 お茶淹れる為の水を汲むときも、全く雨が気にならなかった。

 ここは屋外だが、雨避けになる屋根が井戸まで伸びているからだ。

 足場も石畳が敷かれて一段高くなっている。

 つまり、ここが雨に濡れることは無い。

 先程、俺が飛び出して足を滑らせそうになったのは……


 ……。

 あまり考えないようにしよう……。


「お前のことだから、着替えも持ってきてる……よな?」

 リルドナはそんな石畳にペタリと座り込んでしまっている。

 彼女の着ている服は黒なので、さほど目立たないとは思うが……。


「――、」

「おい、聞いてるのか?」

 リルドナはこちらの問い掛けに反応しない。

 視線すらこちらに向けない。

 ある一点を凝視したままだ。

「おいおい、苦手なんだろ?もうここから移動しよう――」

「――――――――――――――――――――――――ぃゃ」

 ポツリと発した何かが聞こえた。

 俺は「なんだよ」と言いながら、リルドナの横から正面へと回り込む。

 正面から、両手で口を押さえている彼女の顔を覗き込んだとき、思わず固まった。

「お、おいその目――」

 リルドナの赤い瞳が、また例の妖しい光を灯している。

 たしか『血系特性(ブラッドアビリティ)』とかの一種で、今までの情報から判断するに、それは特別な視覚能力が発動しているのだと思う。

 彼女はそれを用いて何を視ている(・・・・・・)のだろう。

 嫌な予感がした俺は、リルドナへ手を伸ばそうとした。

 

「い、いやああああああああぁぁぁぁアああああぁぁぁぁ!!」


 悲鳴、絶叫。

 堰を切ったように流れ出るソレは、最早『咆哮』と言っても良かった。

「お、おい!?」

 目には一杯の涙が溢れさせ、その顔はダラダラと零れる涙でグシャグシャにして半狂乱になり、とても正常な精神状態とは思えなかった。


「よせよっ!もう見るなって!」

 なんとか落ち着かせようと、リルドナに近寄るが、

 果たして彼女には俺が何に見えたのか、ビクッと後退(あとずさ)ろうとする。

「――ひっ!?」

 後退ろうと、後ろ手に石畳に手を着けてしまった、

 そこに水たまりのように広がる『ソレ』にベチャリと手を着けてしまった。

 リルドナはその感触に恐る恐る、手に付いた『ソレ』を見た。

 ――見てしまった。


「――ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」


 リルドナの手にはベッタリと赤黒い液体が付着している。

 これ以上の惨劇はもう許容量の限界なのか、焦点の合わない瞳で真っ赤に染まった掌を見つめガチガチと歯を鳴らしている。

 

「だから、もう見るな!リルド――」

 俺は咄嗟に彼女が見つめる真っ赤に染まった手を取ろうとした、

 ――筈だった。


「――がァ!?」

 背中を激しくぶつけた様な衝撃が突きぬけ、肺の中の空気が一気に吐き出される。

 それが、力任せに吹き飛ばされて宿舎の外壁にぶつけられた、

 という事態に気付いたのは、相当遅れてからのことだった。


「リ、リルちゃん、落ち着くんだ!」

 その光景に血相を変えて、ロイがリルドナを取り押さえようとする。

 だが、今の彼女は普通じゃなかった。


「――っ!……」

 外壁に叩きつけられ、石畳に突っ伏していた俺にはそれを見ているしか出来なかった。

 完全にパニックに陥ったリルドナの左拳がロイの脇腹に深々と突き刺さっていた。

「……くっ…」

 ロイは苦痛に顔を歪め、その場に崩れ落ちる。

 直後、場は騒然となる。

 この瞬間、彼女は明確な『脅威』となった。

 ――なんとしても早く正気に戻してやりたかった。

 放置すればこの集団にさらなる危害が及んでしまう。

「…チクショウが……」

 ゼルも苦虫を潰したような顔でリルドナとロイを交互に目を走らせている。

 彼とは比較的友好関係が築けていたと思う。

 さもなくば、直ちに『敵』として排除されようとしている筈だ。

 ゼルやロイだからこそ、踏み止まってくれている、しかし、他のメンバーは?

 不味いと思った。

 このままでは不味いと思った。

 もし、ブルーノが敵として排除の指示を出してしまえば、もう後には戻れない。


 不意にキン…という澄んだ金属音が聞こえた。

 聞き覚えのあるこの音は――ヤツの!


「――止むを得ん」

「おい!?何を――」

 俺が「何をする気だ」と言い終わるよりも早く、

 ルーヴィックは手にした刃をリルドナの首へと振り下ろした。




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