10-8 序盤は本のように
灯りの落ちた部屋。
いつの間にか雨は止んでいるようだ。
窓の外から流れ込んでくる虫の鳴き声がやけに盛大に聞こえる。
それほどの静けさに満ちた部屋に変貌していた。
先程まで騒ぎが遠い幻想のようだ。
もうこの部屋には俺とルーヴィックしか居ない。
結局、あの後、ロクに対局に集中できないまま、お開きとなった。
遊びに来たわけではないのだ、夜更かしなど持っての他だ。
俺はベッドに仰向けに転がり、ボーっと天井を見上げていた。
長い一日だったと思う。
こうも目まぐるしく状況が転進する日も珍しかった。
今まで、本でしか知らなかった魔物にも出会えた。
それらと相対しても、問題とせず戦いを挑む戦闘のプロの姿も拝めた。
不思議な魔法や、魔法のアイテムも目に出来た。
それでだけでなく、その力を恩恵を受けることになるとは……。
全く以って、一日が目まぐるしい。
対人関係も目まぐるしく変化した。
最初は心配していた他のメンバーとの仲も概ね良好なものとなった気がする。
(だから、なんとかしたいとか思っちまうんだよなぁ……)
なんともおこがましい考えだ。
一体何様のつもりだろう。
アーカスとスルーフ、意見の違いから口論となっていた。
その一端しか目にしていないので、詳しくはわからない。
俺は二人ともどちらにも好感を持てた。
スルーフは俺のことを評価してくれた。
冒険者として何か評価されたのは珍しいことだ。
それはとても嬉しいことだった。
アーカスは他人の為に怒ることが出来る人間だった。
それも、つい今の今まで見ず知らずの人間だった、リルドナのために。
それはとても感心できることだった。
だから、二人ともどちらの味方になりたかった。
本当に何様のつもりという感じだが、仲介に入れないかと思った。
そうしよう。
いや、そうするべきだ。
明日になったら、いろいろ話をしてみよう。
そういったコト抜きでも、単純に会話するだけでも楽しそうだ。
最初の頃は、
――普段の俺なら誰とも特別親しくなることなく仕事を終えるし、別に苦にはならない。
そう思っていた。
しかし、欲が出てきたのか、
どうせなら親しくなりたいなどと思い始めてしまった。
自分の幼稚なワガママに思わず苦笑いが漏れる。
それにしても、赤瞳の血系特性とは何だったのだろう。
ロイが語った『白の民』の言い伝えも気になる。
様々の推論が組み合わさっては消えていく。
上手く考えがまとまらない。
そうこうしている間に、やはり疲れていたのか。
深い闇の中へと俺の意識は沈んでいった。
とにかく明日にしよう、その言葉だけ頭に浮かんだ。
~・~・~・~・~・~
朝、
時計をもっていないので時間はわからないが、
朝日がそれを知らしめる。
この日もやはり、目覚めは違和感と共に訪れた。
今日もまた違う寝床で目覚める。
最早慣れてしまった違和感を従えながら、静かに一日の始まりを迎えようとしていた。
――だが、その静寂はすぐに破られた。
「きゃあああぁぁぁぁああああぁ………っ!!」
女の悲鳴。
頭が覚醒し切ってなかった為か、その音がソレだと判別するまでにやや時間を要した。
悲鳴、
では一体誰の?
そんなことはわかり切っている。
この中で女性は一人しか居ない――
「リルドナっ!?」
俺はベッドから跳ね起きて、廊下へ飛び出す。
すぐ向かいのドアへ視線を走らせるが、
「いや、エイン。声は下からだ」
いつの間にかすぐ横にルーヴィックが立っていた。
既に腰には例の刃を帯びている。
ヤツの聴覚を信じて、そのまま階段を駆け下りる。
途中、二階にあるいくつかのドアが開くのが視界を掠めた。
おそらく、皆この悲鳴を聞きつけて動き出したのだろう。
「一階のどこだ?」
「――応接間とは、逆だな。下りてすぐ右手の方だ」
階段を下りてすぐ右……となると。
「こっちかっ!?」
階段室からすぐ廊下に飛び出し、厨房への扉のノブに手を掛ける。
「――違う、そっちじゃない。エイン落ち着け」
俺は焦っているのか?
焦ってるだろうよ、あんな切羽詰った悲鳴を聞いたらそうなるさ!
「突き当たりだ」
「おい、そっちって……」
突き当たりの扉、見れば外側へ半開きになっている。
そこは確か――外へ……井戸へと通じている扉だ。
「……俺が先に出る、エインも用心してくれ」
「――わかった」
思わず息を呑んだ、ピリピリとしたものを肌に感じる。
ルーヴィックは腰の刃に手を添えたまま、一気に飛び出す。
俺も一呼吸遅れて、祈りながら外へと飛び出した。
何を祈るかって?
彼女の無事に決まってるだろぉ!?
「――っ!うぉ!?」
昨晩に降った雨の所為で足場は悪い、バランスを崩しそうになるのを必死に抑え、視線を周囲に素早く走らせる。
すぐに黒い小さな人影が座り込んでいるのが目に入った。
もうすっかり慣れ親しんだ、その姿はやはりリルドナだ。
一見すると、何か怪我をしたわけでも、何かに襲われたと言うわけでもなさそうだ。
彼女は無事のようだ。
それはルーヴィックも同意見なのか、腰の刃に伸ばしていた手を納めている。
「……おい、どうしたんだよ?大声上げたりして――」
そこまで言いかけて、俺は凍りついた。
リルドナは俺から見て右手を方を凝視している、
ルーヴィックも同じくそちらを凝視している、
――だから、俺もそっちを見てしまったんだ。
「……くっ。う、嘘だろぉ!?」
そこにそれは在った。
おびただしい量の赤黒い液体が在った。
かつて人間だったモノが、そこには在った。
それが造り物であってほしいと、何度も願った。
何故ならそれは――
右肩を大きく抉られてピクリともしないアーカスと、
顔面を完全に衝き砕かれて転がるスルーフだったからだ。




