10-6 砂の地の夜食です
局面はお手本通りな序盤を終えて、魔術師の知恵比べの中盤戦へと進んでいた。
近づく足音でリルドナが帰ってくるのがわかったが、今はそちらに意識を割けない。ちょっとした読み違いが終盤戦へと響く為、今は一手一手に強く集中したいた。
――の筈だったのだが、
気まぐれなノラネコの軽快な足音とともに、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
思わず視線を回すと、大きな皿を両手に抱えたリルドナが息を弾ませて佇んでいた。匂いはその皿の上から放たれているようだ。
「ほい、ゲームに夢中なおバカさん達への差し入れって言ったら、やっぱり『コレ』よねぇ」
……。
ちょっぴり、この女に『おバカさん』と言われてしまうのには抵抗があったが、『ふふーん』とでも言い出しそうな自信気な顔を浮かべる彼女が、手にした大皿に盛られた『コレ』とやらを示してきた。
大皿の上にはカットされたパンに様々な具材を挟み込んだ、ピクニックにでも持っていけそうな料理。
「サンドイッチか」
「片手でも食べられるのがいいわよね」
――なんでも、この国の『砂の地』の伯爵が、無類のカードゲーム――クリベッジ好きで、食事に時間を掛けるのを惜しんだ挙句、ゲームの合間でも片手で食べられるようにパンに具材を挟んで持ってこさせたのが始まりとされているアレだ。
蛇足になるが、
その伯爵は海軍大臣を歴任した人物であり、その職務はこの国…・・・しかも大戦中の当時では要職であるためカード遊び三昧であったとは考え難い、なんとも信憑性の低い逸話だ。
尤も……伯爵の食事形態が由来だとするならば、きちんと食事をする暇もない激務故……のことであったとも考えられる。
などと雑学と思案の旅に出ることコンマ八秒、リルドナはそんなサンドイッチよりも先に捻った棒状の布を俺に差し出してくる。
「ほい、どうぞ」
「ん、なんだよこれ――って熱ッ!?」
俺の手に殴りつけるような熱さが走った。
言われるがままにそれを掴んでしまったソレは、熱湯で浸してから絞り込んだウェットタオルのようなモノだった。
「あー、熱いから気をつけてね。ほい、金髪もヤンキー顔もどうぞ」
「そういうのは先に言え……なんだよコレ」
「おしぼりよ、わざわざ手を洗うのに下まで行くのも億劫かなーって」
「……これで拭けってコトか。ていうか水で絞ってもいいんじゃないのか?」
「熱いのが基本なのよっ!」
こう言い切られてしまうと、おそらく介入の余地もない。
火傷しないように用心しながら手を拭う。
「とりあえずイロイロ作って見たからどれでも食べてみてよ」
「んじゃ、遠慮なく」
出された料理は出来たてをありがたく頂く、それが俺のモットーだ。
その大皿はどこから持ってきたとか、どんだけ食材用意してるんだとか、調理器具はどうしたんだとか。ツッコム要素は引く手もあまただったが、そういうことはあまり考えないことにした。
一切れ手に取りカブリとかぶりつく。口の中で肉と野菜が絡み合うなんとも言えない旨みが広がっていく。
「美味いな、これは昨日の猪の肉か?」
「そうよ、さすがに食べ切れなかったからねー」
それに倣ってゼルとロイも口にする。宿舎に入り込んでから結構な時間も経っている、窓から見える景色は黒一色の闇に覆われ、もう夕方ですらない時間とだけ物語っている。
まぁ、俺も含めて皆それなりに腹が減っていたんだと思う。
「ちょっとスモークにしひゃったはら、あひは……」
「――食いながら喋るな、頼むからっ!」
というか、やっぱり作った本人も食うのか。おそらく彼女が言いたいのは『猪の肉を日持ちさせる為に燻製にした』ということだろう。
心配するな味に問題は無いぞ?
行儀の悪いことだが、食べながら再び盤面に目を向け対局へと意識を集中する。
ルーヴィックの布陣は相変わらず固い守りだ。一見すると甘い箇所があったりするのだが、そこはお約束のように罠だったりする。
探るように一手一手進めていく、そして空いた片方の手でサンドイッチをとる……行儀悪いよな。
「ふむ、随分と慎重だな」
そんな俺の思惑を汲み取ってか、賞賛と落胆の両方を含んだ気配を見せた。俺はごくん、と口の中の物を飲み込むとこう告げる、
「なんだよ、ゴリ押しする方がよかったのかよ?」
「――問題ない」
不適な笑みを浮かべ思考を張り巡らせる、適度な栄養補給のお陰か集中力も研ぎ澄まされていくようだ。
背後でゼルが何かを言っているが気にならない、
その横でロイが何か慌てているようだったが気にならない、
リルドナが喉を詰まらせてもがいているようだったが気にならな――
「――気になるわっ!だから喉が細いなら慌てて食うな!!」
慌てて紅茶で流し込もうとしているようだったが、それでは足りなかったらしく彼女のカップは空になっていた。仕方が無いので俺の分のカップを差し出してやった。
「ほれ、もう冷めちまってるから火傷もしないと思うぞ」
別段俺は潔癖症じゃない、他人の使ったコップ程度なら気にしない方だった。
差し出された紅茶をリルドナは必死の形相で飲み込む。ゴックンという音がこちらまで聞こえてきそうだった。
「――ぷはァーっ、はァはァ………………………………………あっ」
俺は気にしない方だった……のだが、リルドナは気にする方の人種だったらしい。
「……コレ、アンタのじゃ…………」
そう呟くと、そのまま黙り込んでしまった。
とてもとても気まずい空気が流れる、そんな態度を取られてしまうと。こちらまで気恥ずかしくなってくる……。
そして、思わず視線を外してしまった――ので、見えてしまった。
空になった大皿。
「食ったんかい!全部残らずっ!?」
思わず倒置法になってしまうほど、ツッコミゲージは振り切っていた。
そりゃ喉も詰まるだろうよ……山盛りだったサンドイッチは完全に姿を消失させていた。俺もゼルもロイも摘んでいただろうが……いくらなんでも減るのが早すぎる。
まぁ、本人が作ったものだから文句は無いが。
結局、そこに残されたのは空の大皿と空っぽのティーカップとティーポット。
見事にサンドイッチも紅茶もほぼ彼女が平らげてしまったらしい。
「あ、あはははは……だ、大丈夫よ?まだお皿に乗り切らなかった分も残ってるから」
「……どんだけ作ったんだよ、ていうか問題はむしろソコじゃないと思うんだが……」
とりあえず、俺の「どうします?」という言葉に二人の傭兵はともに「まだ食う」とのことだったので、お茶もサンドイッチもお代わり!ということになった。
ルーヴィックには悪いが、またもやゲームを中断させて頂くことになりそうだった。
九〇に曲がった階段を降りて、すぐ左が給湯室。
うん、近くて助かる。
「――で、なんでアンタも着いてくるの?」
「紅茶とサンドイッチは一緒に運べないだろ?」
つまりはそういうこと、何度もリルドナに階段の上り下りをさせるのが忍びなく、俺はこうやって付き添ってきたのだ。繰り返すが、エインさんは紳士なんだぜ?
「……まぁ、いいわ。じゃあアンタはお湯沸かして」
「あいよ」
水は予め汲んであったので、それをヤカンに移し火にかける。一方のリルドナは回収したティーポットやカップを次々と洗っていく、相変わらずの手際の良さだ。
瞬く間に茶器の準備を整え終え、そのまま隣の厨房へと移動していった。
「――あたしはサンドイッチの盛り付けしてるから、アンタは適当にくつろいでて」
「おう、そうさせて貰う」
俺は置いてあった椅子に腰掛け、ぼんやりと火に掛かるヤカンを見つめる。
俺に手伝えることはこれくらいだったので、再び手持ち無沙汰となってしまった。
こうなると、ついつい物思いに耽ってしまう、それだけ謎とヒントが目の前をチラつき過ぎていた所為だったのかもしれない。
やはり最初に思い浮かぶのが、あの兄妹。
最初から怪しすぎる、ルーヴィックはともかく、姉妹の方はその外見と不相応な戦闘能力と魔法能力、さらには『ユグドラシルの語り部』という特別な手法で提示されるお伽話もそうだ。
断片的な真実の欠片を紡ぎ合わせて構成される物語は、部分的に史実を含んでいるということになる。つまりあれらの物語はこの土地に古くから伝わる伝承の一部なのだろうか。
果たしてリウェンは俺に何を伝えようとしているのか。
そんな彼女とは思念通信で会話できるようになっている、言動から察するにこの通信術式のキーとなっているのが、コッソリ俺の荷物へと忍ばせた魔導書なのだと思う。
この本を介してこちらの状況の情報を得ているのだろう――本人は音声のみと否定をしてはいたが……。
よくよく考えるとヘタな発言できないな……すぐ横にリウェンがいるようなモノだし。
「――は、まだそン――言うのかヨ!?」
いやいや、言ってないぞ?
じゃなくて、この声は応接間の方からだろうか。この独特な訛りは――
「なによ?アンタ不審者に何かしたの?」
「……俺じゃねーよ」
やはりアーカスの声らしい、応接間で誰かと言い争っているのだろうか。
こういう場合はヘタに関わらない方が良い。不用意に他人の領域に足を踏み入れるのは無粋だ。
「ちょっと、あたし見てくるわ」
……無粋な筈なんだよ。
こんな危険なノラネコ爆弾を野放しにして暴発させてしまうと、さらに厄介ごとが増えそうなので、渋々俺も着いていく。




