10-2 ドジっ娘とかあんまりじゃないですか?
「ほう、ゼルとは違い、なかなか筋が良い」
「ふふふふ、銃兵の戦況観察眼を甘く見ないほうがいいよ?」
どうやら、ロイはゼルと違い、そこそこチェスに覚えがあるのか、
そう簡単には詰められたりはしないようだった。
俺はそんな二人の対局を眺めながら、少し情報を整理してみることにした。
まず、リウェンが俺に伝えようとしている物語はどうも今回の仕事の目的である『赤き剣』の持つ歴史背景に大きく関係していること。
そして、その物語はわざわざ特殊な用いて、あたかも謎掛けをするかのように俺に提示している。
話の骨格を伝えつつも、あえて真相の腸を晒さない。
考えれば考えるほど不可解だ。
果たして俺に何をさせたいのだろう、または何を企んでいるのだろうか。
まだ、判断をつけるには材料が出揃っていないだけなのだろうか。
もう一度、本のページに記された文章に目を落すが、やはり読めない、理解できない。
「なぁ、リルドナ。これ何処の国の言葉なんだ?」
「んっ?うーん……そうねぇ」
俺に問われて、言い淀むが、それは隠し事をしているソレではなく、言いたくとも上手く表現できないという感じだった。
「なんていうか、『何処の国』て言われるとプロイツェンとしか言えないけど」
「でも、これ独国語じゃないよな?」
「うん、語源はそうだけど、文字は暗号化してる、って言うのかな?
あたし達は共犯者の暗号って呼んでるるけど、正式名称は知らないの」
「これまた、穏やかじゃないネーミングが出てきたな」
共犯者だの、暗号だの、まるで特殊工作員のような臭いが漂ってくる。
嘘や隠し事から程遠そうな彼女からは、連想し難い言葉だ。
「――ソレって、あれじゃないの?
確か、五世紀前くらいにプロイツェンで体制側と学生側が反発した際に学生側が使ってた暗号形式とかなんかじゃなかったかな、世界史の授業でチョロっと名前だけ出てきた気がするよ」
「オメェってよくそんな雑学知識憶えてるな」
ロイの記憶が確かならば、これは本当に暗号文となる、
ますます以って穏やかじゃない背景が見え隠れしそうだ。大体、『共犯者』じゃなく『賛同者』と謳えばいいのに。
「まぁ、あの子が言葉遊びが好きで採用した『おふざけ』だとは思うけどね」
「そっか、書いたのはリウェンだし、元ネタの知識の引用もリウェンだもんな」
多分だが、リルドナのこういった朗読法や暗号分は全てリウェンから伝播した知識なんだろう、ただでさえ容量の低そうなノラネコブレインにこんな余計な知識を植えつけて大丈夫なのだろうか?
それでなくとも、倭国に対する異常なまでの知識も無駄に詰まってそうだし……。
「そりゃ、そうと。あの嬢ちゃんはどうしてんだろうな」
「うーん、完全に一人ってワケじゃないだろうけど……」
ロイの言う、『完全に一人ではない』というのは、森の入り口の小屋には馬車の御者や、ブルーノ以外の使用人も数名も詰めているからだ。
食事の準備もリウェン一人では苦労するだろうが、彼らがいれば数日間なんとかやっていけるだろう。
「あたしは本音言うと、やっぱり心配なのよねぇ……」
妹を溺愛するノラネコな姉はやはり心配で堪らないらしい。
「そんなに心配しなくてもいいんじゃ、結構しっかり者だと思うけど?」
「やっぱり心配よ?
ティータイムに紅茶淹れようとして転んだり、馬車の御者さんとかにお茶を振舞おうとして転んだり、自慢の山菜料理を作ろうとして外に出て転んだり、山菜を見つけて駆け出して転んだり、調理の準備に水を汲み行って転んだり、出来た料理を御者さんにお裾分けしようと呼びに行ったら転んだり……」
「おいっ!なんで逐一コケることを想定しているんだ?」
確かにポテポテ転げる娘だけど、それは極端すぎないか?
「そんなコト言うけど、アンタも見てるでしょあの子……」
「うーん……そうだなぁ、あれは何ていうか」
あえて表現するなら、そう――
「「DEX2かなぁ……」」
見事にリルドナとハモった。
リウェンには悪いが、やっぱりどう思い返してもドジっ娘なのだ。
「そうだなー、あの嬢ちゃんはちょっとドン臭いというかなぁ」
「まぁ、そこが可愛らしいと言えば、そうなんだけど。やっぱりドジに見えちゃうね」
ゼルもロイも同意権らしい。
―――――――――――――――――――――――――――――っ(怒)――
「――っ!」
「無能、どうしたの?」
「いや……今、物凄い悪寒が……」
なんというか、怒ったリルドナが煮えたぎるカルドロンなら、
今の感触は……凍てつく「霧の国」だか「暗い国」とか呼ばれるニヴルヘイム。
その場の空気さえも完全に凍りつかせて砕け散らせてしまう感触だ。
「案外、今の話聞かれてたりしてね?」
ロイは「いっひひひひ」という表現がピッタリな笑いを浮かべる、
どうしてこの人は、こうもいやらしく笑えるのだろう。
「よして下さいよ、流れ的に平謝りするのは俺の役目になりそうなんですが……」
「おや、ムノー君はそういう境遇がお好みかい?
ふふふふ、姉妹同時攻略なんて、なかなか熟練度高い選択肢だねぇ?」
「……どうしてそう発展して行くんですか……?」
イロイロな意味でこの人は楽しんでそうだ、
俺の第六感がビシバシとそう伝えて来てるっ!
「まぁ、何にしても気になるわ……今頃どうしてるやら……」
口では散々ドジとか言っているが、根っこの部分ではやはり妹を心配するお姉さんのようだ。
表面上は元気に取り繕ってはいるが、妹への心配が絶えないといったところか。
「どうだろうねぇ……これだけ噂しちゃったんだ。案外、今頃くしゃみしてるかも?」
ロイがそう呟いた瞬間、
――――――――――――――っふぇ……――――
「――ん?」
――――――――――――――っくちゅんっ!――
「――おいおいおいおいおいおいおい……」
「ど、どうしたの?」
俺の声にリルドナだけでなく、ロイもゼルも怪訝な表情を浮かべる。
もう答えは出てしまったが、
「……案外、冗談でなく本当に聞かれているのかもしれませんね」
とだけ呟くだけに留めた。
それから軽く思案すること、体感で九秒間。
俺は『ソレ』を決行することにした。
「なぁ、リルドナ、悪いけど今度はダージリン淹れてくれねぇか?」
「あれ?ダージリンでいいの?アンタってストレート派だっけ?」
ダージリン=ストレートティーという認識は俺には無い、
そもそもストレートで頼む気は毛頭無かった。
「いや、砂糖は二個……いや一個つけてくれ、
それを飲むヤツの気持ちになってみたいんだ」
「よくわからないけど、かしこまったわ。金髪とヤンキー顔はどうしよう?」
律儀に他の二人の分も確認を取る辺りはさすが元メイドなのか、
「ボクはストレートでいいよ」
「オレは砂糖二個な」
リルドナは俺達三人の要求を承り、三度、給湯室へと姿を消す、
俺はリルドナの足音が階段へと消えて行くのを待ってから動き出した。
「ちょっと、調べ物が出来ましたので――」
とだけ告げ、俺は魔導書を片手に、廊下を挟んで向かい側のドアへと歩み寄る、
先程、リルドナに頼まれて開けたドアではなく、その隣のドア。
これまた同様に、ドアは真新しく、カギも厳重だった。
「ま、開けれなくもないんだけどな」
誰かに言い聞かせるように呟いて、愛用のピックで鍵穴を探る。
カチャカチャとしばらく探ってから、パチンという開錠の感触。
俺はそのまま素早く中へと滑り込み、内側からドアの施錠をする。
深く息を吸ってから、誰かに問いかけるように口を開く、
「――さて、そろそろいいよな?リウェン」
―――――――――――――――――――――――――――――っ(汗)――
例の声は答えない、しかし、息を呑むような気配だけは伝わってきた。




