10-1 ユグドラシルの語り部
■三匹の魔王
むかしむかし、
どれくらい昔かってゆーと、トンデモなくチョー昔。
かつての古代の神々に敗北した、三柱の魔王が居たんだけどさー
力の大半を制限されて、この土地に封じられちゃったから大変、
え?
何が大変かって?
そりゃあ~、そんな物騒な連中を放り込まれた、地域の人間はたまったモンじゃないわよね?
太古の神々も四六時中見張ってるワケでもないしね。
だからなのかしら?
魔王達は、北の山とか東の深い森とかの人の立ち入らない場所に追いやられたの、
まぁ、それで人間の方は渋々承諾できたワケなんだけど。
今度はプライドの高い魔王が不満を漏らす番なのよね。
黒き魔王は言う、こんな寝床で我慢できるか、と。
赤き魔王は言う、こんな野郎と一緒で我慢できるか、と。
白き魔王は言う、とりあえずウザイから黙っててくんない?と。
常にケンカばっかりで、『仲良く』とは程遠い魔王達、
ある日、魔王達は決断するの、
黒き魔王は言う、俺はもう我慢できない、あの人間どもを食い散らす、
赤き魔王は言う、やるなら一人で勝手にやれ、私にまで責任を及ばすな、
白き魔王は言う、あたしは眠いんだ、騒ぐならアンタらが出て行けば?
三匹の魔王はいつも意見が合わないの、
結局、意思はバラバラのまま、次々と『退治』されちゃってね
いつしか残った魔王は一人ぼっちになっちゃったてわけよ。
まぁ、仲良くしなさいってコトよねー
※*※*※*※*※*※*※*※*※*※
「――おいっ!ちょっと待て」
紡がれたお伽話を聞き終わるや否や、俺は迷わず真っ先にツッコミを入れた。
今まで、散々読んで聞かせてもらってきたのだが、今回はいろいろ酷すぎる。
お伽話の読み手は、俺よりも頭一個分丸まる背が低く、背中まである綺麗なサラサラの銀髪に、それに合わせるかのように服装は白を基調にしたものを身に着けており、法衣だか修道服だか判断しかねる服装のようだが、冷静に観察してみると白い上着に黒いスカートの学生服っぽい服装の上からローブを羽織ったという、なんともいえない服装の女の子なのだ。
そんな彼女の特筆するポイントは、やはりその綺麗な碧眼。サファイアを連想させる澄んだ青い瞳は、真冬の深夜に拝める青い月のように、上品な輝きを携えていた。
――が、残念ながら今回の読み手は彼女ではない。
今、巨大な本を手に物語を紡いでいるのは、彼女の姉。
髪も服も黒色で全身黒一色に瞳だけ赤い、ハイスペックなノラネコ女だ。
ちなみに、俺の中では二人とも小動物系のイメージだ。ただし、捕食側と被捕食側に分類されてしまうが……どちらがどっちかは訊くのも野暮というモノだ。
「お前、ちゃんと読めてるのか?」
「はぁ?なによ?」
俺の抗議に、逆に噛み付いてくる、相変わらずのノラネコだった。
だからといって俺も引かない、明らかに認められない。
何よりも……俺は…
この女に読めて、自分には読めないという状況を認めたくなくて苛立っていたのかもしれない。
「明らかに表現やら、言葉遣いやらが、おかしすぎる!
今までリウェンが読み聞かせてくれたものと駆け離れすぎてないか!?」
「だって『朗読』だもんっ。しょうがないじゃない。」
リルドナが吐き捨てる『どうしようも無いから諦めろ』的な物言いだが……。
そもそも『朗読』という単語に何か深い意味合いがあったか?
「ていうか、『朗読』てなんだよ、何か特別なモノか?」
「もうっ。だから、コレは――」
「――ふむ、『ユグドラシルの語り部』かね?」
突如、割って入ってきた発言に、一斉にそちらの方へと視線が集まる。
そこには黒い服に
「……ブルーノさん?」
ドアが開けっ放しだった為、ドアノックも何もあったものではない。
「へぇー、ヒゲ様知ってるの?」
「うむ、昔に少しだけだが、文献で目にしたことがある」
そのセリフをこのくらいの歳の人間が言うと、妙に説得力がある。
「そのユドラシルの~って何ですか?」
「なんでも、太古の森林信仰の一族のモノらしいのだが。
彼らには『文字』という文化が無かった為、全て口伝のみの伝承をされてきたんだ」
「……口伝のみで、ですか……?」
にわかに信じがたい。
簡単に「口伝のみ」と言うが、これは壮大な伝言ゲームだ。
やり始めの最初の方の世代はまだいい。
だが、一族の世代が重なれば重なるほど、その情報量は膨大となってくる。
聞き取る方は勿論のこと、言い伝える側も相当な記憶力が要求される。
「人間の頭でそんなことが可能なんです?」
「――普通なら無理だろうな。
だからこそ、彼らは独自の朗読方法を生み出した。
――それが『ユグドラシルの語り部』と言われる独自の手法らしい、
物事の概要を極限にまで削ぎ落として簡略化し、それこそ『骨だけ』にしてしまってから、それらだけで構成した詩にして詠い伝えるんだ」
「……。『骨だけ』て……。
つまりは『単語のみ』『キーワードのみ』とか、そういうレベルじゃないんですか?」
ここまでくると、それらはすでに『暗号文』でしかない。
解読法を間違えれば、それは完全に『違う物語』になってしまわないだろうか?
「だろうな、だからこそ、彼らには一族を束ねる『ドルイド』とは別に、口伝を執り行う『バード』と呼ばれる専門の語り部が居たらしい」
「……?詩人ですか……?」
「誤解されがちだが、吟遊詩人とはまた意味合いが違う」
一口に『詩人』といっても、その役割や活動内容は千差万別なようだ。
俺の想像したのはまさに『トルバドール』、ブルーノ言のう『バード』とは違うモノだ。
「でも結局のところ、どう伝わっていくかは、その『バード』の解釈次第でところですよね?いくら『真実の骨格』を見せられても、それを復元する過程の『再現の肉付け』でいくらでも細工可能ですし……何よりも、その時の当事者達の思惑や心情――『真相』が隠されたまま伝わって行く気がします」
「まぁ、それが狙いなのかもね~」
突然、リルドナが呆気らかんに、口を挟んでくる、
そして、それにブルーノも頷く、
「うむ、歴史なんぞ綺麗事だけでは語れないしな、子孫にはあえて伝えたくも無い事情もあるだろう」
「ま、納得できないだろうから、アンタに一句詠ってあげるわ」
「何を詠むんだよ?」
「朗読の最初に付け加える注意書きみたいな句よ、
そうねぇ……例えば、これが推理小説だったら――
『これは本格派ミステリーだから安心して推理に挑んで下さい』みたいなモノかしら?」
「そんな断りを入れる推理小説作家はいないと思うが……」
「そう?まぁ、あたしはそういう読まないしね~」
リルドナは俺にそう告げると、軽く息を吸い、珍しく真剣味を帯びた顔を浮かべる。
それは『荘厳』と表現しても良かったかもしれない。
「幾戦もの事実、散り填めらし真実。
伝えんと欲して掬いて詩情に催す。
腹探られるを拒み君笑う莫れ。
古来往々簡素清貧に幾人と成り足也」
「――?ちょっと待て、少し書き出してみるから、もう一回頼む」
俺はリルドナにもう一度詠って貰い、それを素早く書き留める。
この句……いや詩の意味するところは……。
「……これは、『多くの物事を伝え残すが、その裏の腹の内までは探らないでくれ』という意思と『そんな私の我侭をどうか笑わないでくれ、歴史上にそこまでの清廉潔白な人間がどれほど居たと思うのだ?』という「ぼやき」の二つで構成されている……のか?」
「――えっ?そ、そうじゃないかしら……」
俺の推論に対して、リルドナの反応はなんだか歯切れが悪いモノだ。
最早、お馴染みとなった『目をクリクリと泳がせる』モードになっている。
「……お前、実は意味わかってないだろぉ!?」
「あ、あたしにそんなコト理解できるわけないじゃない!」
「いやっ、ソコは開き直って逆切れするトコじゃないからっ!」
特殊な朗読技法や俺の知らない文字の読み取りなどで、一瞬はリルドナを見直しはしたが、そこは流石のリルドナだった。
薄っぺらな化けの皮が剥がれた彼女は、やはり信頼と安心のINT3だった。
なんとなくそれで安心を得た俺は、ようやく他のことへ注意を配ることが出来た、
「ところで、ブルーノさんはここには何の御用が……?」
すっかり『朗読』の話題で注意が別に行ってしまっていたが、
ブルーノは用があってここに来た筈なのだ。
俺の問い掛けに、ブルーノは表情を改め、ロイの方へ向き直る、
「ロイ、火の番はどうした?」
「あー、そのことでしたら、
アーカスさんが代わってくれたので、彼にお任せしてきました」
「ふむ、そういえば、彼はずっと暖炉の前から離れないな」
「なんでも、火の主に祈りを捧げるとかで……」
そう答えるロイの言葉も歯切れが悪かった、自身の理解できない習慣である為、
ついつい発言に自信を持てなくなっている所為だろう。
「ふむ、本人の希望ならば、それで構わないだろう」
「はい、彼の申し出に甘える形になっていますが……。
――後ほど、アーカスさんには、また声を掛けてみようと思います」
「うむ、わかった」
その言葉を最後にブルーノは退室していった。




