9-9 リウェンが一晩でやってくれました
今、俺の手の中に魔導書がある。
記憶が確かならば、これはリウェンの所有物の筈だ。
それを裏付けるようなリルドナの反応もあり、記憶違いでないことに自信を持てる。
「なんで……アンタがコレを持ってるのよっ!」
「お、俺のほうが聞きたい、大体、俺の鞄に誰が、いつ入れるんだよ」
まるで憶えが無い、俺が昨晩に中身をチェックした時には、こんな物は入っていなかった。
それから大っぴらにリュックの口を開けることもしていない、誰かの手に渡すようなこともして…
――いや、あった。
確実にある。そして、そこしかあり得ない。
「リウェンか……あれは嘘泣きだったのか」
早朝にリウェンを言葉で泣かせてしまった俺は逃げるように、小屋から出た。
その時、俺は慌てていた所為で、丸々荷物を置き忘れたんだ。
そう、そこからルーヴィックに荷物を取りに行って貰うまでの間、俺の荷物はリウェンの目の前に――彼女しかその場にいない状態で、確実に彼女の手の内にあったんだ。
「ていうか、お前もグルだろ?」
「さて?なんのことやら」
そして、この手のことにこの男が気付かないわけがない……絶対グルだ。
何を企んでいるか、まるで見当もつかないが……。
「ちょっと、アンタ。ソレってドライヴ状態じゃないの?」
「んぁ?なんだそりゃ?」
よくはわからないが、微かに本が光っているように見える。
不思議な青白い淡い光だ。
「ちょっと貸してっ!」
リルドナは俺から本を引っ手繰ると、勢い良く本を開く。
――そう、開いたんだが……なんていうかな、違うんだ。
普通、本は横に開くが、リルドナは縦に開いている。
――まだ、わかり難いな。喩えるなら……フタの空いた宝箱だ、パカっと開いたあの感じに似ている。
とにかく、そんな奇妙な開け方をして、さらに本のページに当たる部分をなにやら指で素早くパンチしているようだった。
「……。こりゃ凄いわよ?」
「悪い、全然着いていけそうに無い。何がどうなってるんだ?」
彼女は自分を落ち着けるように軽く深呼吸をし、回答を告げる口を開いた。
「いーい?魔導書は所有者に合わせて無限にカスタマイズできるのが最大のウリなの、その余りある魔法領域に必要な術式や方陣を書き足していけば、反則この上ないチートアイテムになり得るのよ」
「……で、その内容が凄いってことか?」
「うん、あの子はそんなのほぼ必要ないから、白紙同然だったんだけど――」
そう言いながら、リルドナの視線は本のページを足早に駆けて行く。
「これは、アンタのために構築した魔法補助システムだわ。あの子には全く必要の無いモノが満載なのよ」
「ど、どんなのがあるんだ?」
本のページから視線を外さないまま、眉を寄せて「むむむ」と唸る、
「ヒールの魔法ランク:プラス一五レベル、ヒール回復量:プラス八〇〇パーセント……」
「うぉ!?モロに心当たりのある内容だ!!」
「消費魔法力緩和:七五パーセント、詠唱成功率:百パーセント固定、耐非物理ダメージ減少:九〇パーセントカット……あとは危機感知に自動警告かな」
もう笑うしかなかった、ぶっ飛びすぎた超絶チート具合だ。
今日生きてこられたのは、モロにリウェンのお陰じゃないか……。
「なんか夢から醒めた気分だぜ……」
「まぁ、アンタには贅沢すぎる補助効果よね……あ、強制徴収まで付いてるわ」
「なんだそりゃ?急にヘンなネーミングなったけど……」
「魔法力が足りなくても、わざと自己制御を働かせずに、無理やり生命力から徴収して魔法を発動させちゃうの」
それも心当たりのある仕様だ……。
「おいおい、それってアンチャンがぶっ倒れそうになった原因じゃねーのか?」
「うん、そうね。これが無ければ。回復魔法が発動しなかったわけだから」
魔法力が足りなくても無理やり発動してくれる、これをありがたいと取るか、迷惑と取るか。
俺は前者だった。
「随分と危ない仕様にしてるんだな?あの嬢ちゃんはよぉ」
「うーん、あたしはあの子気持ちわかるかなぁ~」
「リルちゃん、どういうことかな?」
「仮にさ、目の前で瀕死の重傷の人がいて、一刻を争う時だったらどうするの?」
リルドナの言わんとしていることは、すぐ予想が付いた。
救えるかもしれない命は救いたい、つまりそういうことだ。
「傭兵ならあるんじゃないの?
目の前で弱り切って死に行く者が居て、でもどうすることも出来なくて。
……ただただ自分の無力さを悔いて涙して……。」
「……痛いトコロ突くね、」
「あたしは……あるよ?」
そう告げる彼女の言葉は重い、決して上辺だけ言葉で言ってるんじゃない。
これは確かにその辛さを噛み締めた者に宿る重さだ。
「それに比べたら、ちょっと意識を失いそうになるくらい、安いモノじゃない?」
辛そうに皮肉めいた笑いを漏らす彼女の顔は痛々しかった。
誰を死なせたかわからない、だけどこの話を早く打ち切りたかった。
「――それにしても、随分と過保護な補助をつけてくれたわけだ」
「そ、そう。そうなのよ!」
俺の気持ちを汲んでくれたのか、少々無理やり気味に会話にあわせてくる。
でも、それでいいんだ。
「だけど、こんなシステムっていつ構築したんだろう?」
「ふむ、本来はそこまで個人限定の術式を組み上げるには、相当な対象の調査と計算を必要とされるな、軽く見積もって一週間強だ」
「ほんと、いつの間に……て感じだな」
そこに眉を『ハ』の字にしたリルドナが口を挟む、
「えーっと、こういうのをなんて言うんだっけ……『内助の功』じゃないわよね。け、結婚してないもんねっ」
「勝手に想像して、勝手に顔を赤くするな。別に格言も諺も思い出さなくていいぞ」
それにしても、俺には出来すぎた代物だ。
この仕事が終わったら速攻で返却しないと、なんだか怖すぎる。
「それにしても、スゲェ本なんだなぁ」
ゼルが不意に魔導書に手を伸ばそうとする――
「――ヤンキー顔、ストップ」
「おっと、なんでぇ?」
それをリルドナが制止する。
本から目を離さないまま、彼女は告げる。
「どうもあの子、登録した人物以外が触れると強制的にシステムが落ちてロック掛かるようにしてるみたい。触れていいのは、あたしと、無能と、お兄ちゃんだけね。まぁ、勿論リウェン本人はオーケーよ」
「やっぱりセキュリティかな、確かに出来過ぎた代物だしね」
尚も本に目を走らせ続けていたリルドナだが、それが不意に止まる。
何かを発見したのだろうか。
「霊子栞が付いてるわね、無能に読んで欲しいページがあるみたいね」
「俺に、読ませたい……例のお伽話の続きか?」
「まぁ、思いつくのはソレくらいよね――あ、そうだ」
リルドナが何かを思い出したかのように、急に言葉を切る。
「やっと思い出したわ~」
「何をだよ?」
「さっきの場合の諺よ」
「別に言わんでもいい……」
「曰く、『リウェンが一晩でやってくれました』キリッよ」
「キリってなんだよ!どうでもいいから、リウェンが読ませようとしているページ開けてくれよ」
俺の催促に「はいはい」と答えながら、パラパラパラパラと高速でページを捲っていく。
そんなので見えてるのか?と聞きたくなるが、そこは流石のリルドナ。全て見えているのだろう
ピタリと目的のページを開け、そこから巻き戻しも送りもせずに俺に指し示す。
「ここなんだけど、読んであげようか?」
「いいよ、それくらい自分で読む」
「そう?読めるかしらね~」
不適な笑みを含みながら、開かれたページを俺に差し出す。
俺だって文字の読み書きくらい普通に出来るんだ。
お伽話くらい、自分で読んで――
「……なんだよ、コレ」
開かれたページに書き連ねられたソレは、見覚えの無い記号や図形だらけにしか見えなかった。
な、何語で書いてあるんだ!?
「よ、読めねぇ……」
「ほらね~♪」
二日ぶりの顔芸の魔女の再来だろうか。
そこには心底嬉しそうに、にやぁ~と笑うリルドナが居た。




