9-8 発覚したチートアイテム
「――と、いうわけで、鍵の掛かってない部屋はそれだけあった」
紅茶を振舞われ、小柄なメイドへの質問攻めにも一段落(?)着いた頃、
ルーヴィックが先程、調べてきた二階部分について説明を始めた。
鍵の掛かっていない部屋は軽くニ〇はあり、無理に鍵を開けて回らなくとも、一人一部屋以上のお釣りは来そうだった。
ご丁寧にもルーヴィックは見取り図まで書いて、示してくれている。
やはり機械で描かれたような整いすぎた図面になっていた。
「空いているのは、ほとんど下級使用人の部屋だな、三~四人の相部屋なので意外と広い筈だ」
「て、ことは鍵が掛かっている部屋の中には上級使用人の部屋もあるのか?」
別に鍵を開けてどうこうするわけでは無いが、ついつい訊いてしまった。
その問いにはルーヴィックではなくブルーノが答えてくれた。
「ここには無いかも知れん。
一人部屋を許された特権階級なら、屋敷本館に部屋を貰っている筈だ」
「そういうモンなんですか」
こういった使用人事情に関しては俺はサッパリだった。
皆、自分の荷物を持ち、空いた部屋へと散っていく。
別に暖の取れる応接間でも、夜を明かすことは出来る。だが、やはり個室で心身ともに休息したくなるのが人間というモノなのだ。
俺も明日からの本格的な探索に備え、色々な準備がしたかった所為もあり、一人で休もうと思っていたが……。
――ヤツに捕まった。
「なぁ、一人で休ませて欲しいんだが……」
「なに、問題ない」
「いや、いつも言ってるが、問題があるのは俺の方で……ちょっと待て、なんだその四角い物体は、いや、確かにある程度予想はしてたが――普通にチェス盤を持ってくるな。おい、待て!だからなんで俺と同じ部屋に入ろうとする?」
というわけで、ルーヴィックの有無を言わさぬ突撃(?)で、俺は結局捕まった。
その部屋は四人部屋らしく、簡素なベッドが四つ並んでいた。
ベッドはあるが、毛布の類は無く、すっかり人が引き払ったことを物語っていた。
もう、そうすることが当たり前のようにお互い駒を並べ始める。
無視することも出来たが、それに応じている辺り、俺もやはり好きなのだろう。
「あのフェリア卿の兄ならば、まだまだ伸びるに違いない」
「三年前の時点で、とっくに大差を着けられてたんだぜ?」
瞬く間に駒を並べ終え、ゲームの準備は整った、やはり俺が白で、ヤツが黒。
初手はあまり考えない。
というか定番になっているので序盤はお手本の通りに指し合うことになる。
俺もそれに違わず、中央に歩兵を展開しようと手を伸ばした時、
コン、コン、ガチャ。
「失礼します。
無能様、お口直しにカルチェラタン等は如何でしょうか?」
「……とりあえず、ツッコむぞ?」
いくら猫を被っていても、リルドナはやはり、リルドナだった。
「有無言わさず、ドアを開けるんじゃねぇ……あと、そのキャラはもう止めろ。コンデンスミルクを一缶一気飲みするような気分になれるっ!!」
「くすくすくすくす……お気に召しませんか?
まぁ、コンデンスミルク一気飲みとか、あたしなら普通にイケるけど?」
「お前は胸焼けせんのか……」
自分で言っておいて、すでに気分が悪くなった俺がいる……。
そこに先程のパンプキンティーとは別種のすっきりとした甘い香りが鼻についた。
「ん……?この香りはなんだろう?」
勿論、香りの発生源はティーポットからだ。
「――ラベンダーじゃないかな?」
声の方に目を向ければ、廊下からこちらを覗き込むロイとゼルの姿があった。
二人とも既に防具を外して身軽になっている。
「正解よ。金髪もなかなか詳しいわね」
「ふふふふ、この街――いや、この土地というか――
この国の人間は皆、大小の差はあっても紅茶にはうるさいよ?」
「それも、そうねぇ。まぁ、あたしも生まれは獅子の王国だけどね」
驚きはしなかった、随分と綺麗な英国語で喋っているのだ、不思議じゃない。
……外見上はどう見ても東洋人寄りだけど。(除:赤瞳)
「――で、お二人は何をしに?」
そもそも、なんでこの二人がこの部屋に……?
「あたしが呼んだの」
「俺が呼んだ」
ほぼ同時だった。
「お前ら、どっちもかよぉ!?」
「折角だから、別のお茶も飲んで欲しくってさ」
「折角なので、一局付き合って貰おうと思ってな」
軽く眩暈がした……。
「旅行に来てんじゃねぇんだぞぉ!?」
ここに来て、俺のツッコミジェネレータは最大出力だった。
「まぁまぁ、折角の紅茶が冷めちゃうよ?」
ロイに諭されて、渋々と矛を収められた。
いくらここが四人部屋だったとは言え、五人入るには少々手狭だった。ゼルとロイが大柄というのもやはり大きい。
なので、ドアを閉じずに開け放たれたままになっている。不幸中の幸いか、この部屋は階段から最も離れた通路の突き当たりに位置する為、部屋の前を人が通ることが無いのが救いだった。
「まぁまぁ、お客様どうぞどうぞ」
「えぇいやめい!」
カップに注がれた紅茶は濃いオレンジ色のすっきりとした甘い香りが発ち込める物だった。
ストレートとフレバリーの違いもよくわかっていない俺には未知の飲み物だ。
ただ、ラベンダーの香りが心地よいアクセントになって、それだけでも満足だった。
「これは、アイスティーにしてもいいのよねぇ」
「うーん、オレはどっちかてーと、モーニングブレンドがいいな」
「はぁ?なによ、ミルクティー派なの?」
わ、わからない……!
ゼルですら、普通に会話が出来ているが……俺にはそんな知識は無い。
ただ香りとお茶の渋みが味わえればそれでいいとさえ思っている。
――などと、言ってしまえば、間違いなくブーイングの集中砲火を浴びてしまいそうだ。
「こ、紅茶も奥が深いんだな……」
「まぁね、その深みに沈みこんでいくのが醍醐味なんだけど――」
そこでリルドナは言葉を切り、何かを思い出したように言葉を続ける、
「そういえば、アンタにお願いがあったんだったわ」
「ふむ?」
リルドナは開け放たれたドアの、さらに向こう側を指差し、
「あっちのドアの鍵開けて貰えないかしら?」
今俺達がいる部屋側はほぼ鍵が掛かっていなかったが、廊下を挟んで向かい側はことごとく施錠されていたのだ。
ドアの配置された間隔や、装飾などを見比べても、明らかに向こう側の方がランクが上に思える造りだ。
「……?どうしても、そこがいいのか?」
「うん、ワガママ承知でごめんね」
「ま、腕鳴らしついでに一丁開けてやるよ」
俺は紅茶を一気に飲み干すと席を立った。
「……ふむ…………おや?」
ドアを見るなり、すぐに違和感に気付いた。
そのドアと、その隣のドアだけ妙に真新しいのだ。鍵も随分と厳重なモノに変わっている。
「む、難しそう?」
俺の表情を読み違えたのか、ベクトルの違う心配を飛ばしてくる。
「いや、大丈夫だ。玄関よりかは複雑だけど…いけるぞ」
「そ、そう?凄いわね……」
俺は愛用のピックを取り出すと、カチャカチャと鍵穴の中を探る。多少複雑そうだが、やはりツール無しでも充分に開錠出来そうだった。
リルドナが固唾を飲んで見守る中、パチン!という澄んだ音が静かに響いた。
「……いけたの?」
「おう、バッチリ――」
――だぞ。と俺が言う終わるや否や、
ガチャ!バタン!とリルドナが猛スピードで部屋の中に飛び込み、速攻でドアを閉めてしまった。
ちゃっかりと俺が運んでやっていた彼女の荷物を忘れることなく持ち込んでいる。
「おいおい、何慌ててんだよ」
「ご、ごめんね~、つ、ついね」
ドア越しに聞こえる声は明らかに動揺している、顔こそは見えないが、きっと見えるなら例の『クリクリと目を泳がせた顔』に違いないと思った。
余程、中に執着があったのか、中を見られたくないのか、それはわからないが、俺には少し見えてしまった。
その部屋の中には、しっかりと家具や調度品が並び、淡いピンクの壁紙が張られていた。明らかな生活感がそこにはあった。
――おいおい、まさか……なぁ?
「んじゃ、俺は戻ってるからな」
「う、うんー。またあとでそっちにいくわー」
どうも、この女は嘘や隠し事が下手なようだ。叩けば「ぶわっ!」と埃の塊がでてきそうだ。
だからといって、下手に追い詰めて泣かれたら適わないので、気付かないフリをすることにした。
「――チェックメイトだ」
「ぐあぁぁぁ!」
部屋へ戻ると、丁度ゼルがルーヴィックに詰まれたところだった。
……初心者狩りしてんじゃねぇよ……。
「――戻ったか、
この男は槍の扱いは上手いくせに騎士の扱いがなっていないな」
「お前、サラリと酷いこと言ってないか?」
ゼルが噛み付きそうな顔でルーヴィックを睨みつけ、さすがのロイも苦笑いを浮かべている。
俺もよくこんなヤツと付き合ってるモノだ、感心してしまう。
「んじゃ、次はボクがお相手しようかな?」
「ふむ、ではお願いする」
今度はロイと対局を始めてしまった。
することが無く、手持ち無沙汰な俺は仕方なく荷物整理をすることにした。
明日からの探索を考慮すれば、やはりツールのチェックは怠れない。
リュックの口を開くと、中に予備のボルトケースや携帯型のカンテラ、それに開錠ツール一式、あとは白い布に包まれた四角い物体……。
おや?なんだこれは……。
リュックの一番奥深くにそれはある。
見覚えはないし、入れた覚えも無い。
「ただいまー、うわっ金髪までチェスやってる!」
その賑やかさでリルドナが戻ってきたことが見なくてもわかる。つまり、俺はそちらを見ていないということだ。
俺の注意は、リュックから取り出された白い布の包みに集中している。
「あれ?何ソレ、お弁当箱?」
「お前は食うことしか先に連想できんのか」
そこで気付いた、リルドナがエプロンを外し黒服だけに戻っていることに。
屋内にいる為か、ケープを改めて身に着けていない。
「おや、リルちゃん。メイドさんは終わりなのかな?」
「はぁ?何言ってんの?」
ロイの表情は心底残念そうに見えた、わかり易い人だ。
しかし、銃兵の眼は死んでいなかった(?)
「君もツヴァイ・クロイツ出身なんだね?」
「え?」
「それ、双鎌十字の紋章でしょ?」
ロイが指し示す『それ』とは、リルドナの膨らんだ袖に張り付いた例の紋章だ。
その指摘にリルドナは頭を掻きつつ、
「コレってそんなに有名だったかしら……?」
そんなことよりも、今かなり違和感を覚えた気がした。
「ちょっと待て、誰がツヴァイ・クロイツ出身だって……?」
「あたしと、リウェンだけど?」
「ぐあ!?乙女チックに小首傾げて『何言ってるの?』ていう顔するなっ!おかしいだろ?お前魔法使えないんじゃないのか?」
「失礼ね、少しくらい使えるわよ」
いや、それよりも、この女の頭で魔法学校が卒業出来るとは思えない!
何故か認めたくなかった、だってこの女は――
「リル、エインは『何故、単細胞のお前に卒業できたんだ?』と言いたいらしい」
「おい!?少しはオブラートに包め!いや包んでください!お願いだからっ!」
つくづくコイツは容赦が無い……。
「ま、まぁ……成績は『良くはなかった』わ……」
リルドナは眼を泳がせながら、そう答える。
率直に『悪かった』と言えない辺りが最後のプライドだろうか。
「よく、卒業できたな……」
「まぁ、リウェンの確信犯の改竄があったからねぇ」
そのネーミングは……絶対、穏やかな事情じゃなさそうだ。
「その上着は一科生の制服なのかな?」
「ほんっと、よく見てるわね。そうよ、上だけなんだけどね」
「んじゃ、よく見てるついでに……八八…いや、違うな……九〇のFかな」
「――っ!」
ロイの言葉にリルドナはビクゥ!と激しく後退り、胸を庇うようなポーズで、顔を真っ赤にしながらジトりとロイを睨みつけている。
「き、金髪……アンタぁ……」
「ふふふふ、銃兵の測量眼を甘く見ちゃダメだよ?」
やらしく綻んだ口元で白い歯がキラリと光った気がした。
「オメェは昔からそんなんばっかだな。オイ、いい加減訴えられるぜ?」
よくわからないが、どうやらロイの一本勝ちのようだ。
今の騒動で忘れそうだったが、謎の白い布の包みが再び気に掛かった。
かなり大きなモノだ。形容するなら『巨大な長方形の分厚い板のよう』だ。
布の手触りも独特だった。麻とも木綿とも違う。
「それ……もしかして絹じゃない?」
「絹なんて触ったこと無いからわからんが……」
どっちにしても絹なんてお高いモノ俺が持っているはずも無い。
つまり、これは俺の持ち物ではないということだ。
「アンタのじゃ……ないの?」
俺は無言で頷き、意を決して白い布の包みを解いていく、
果たして、その中から姿を現したのは――
「う、嘘……」
リルドナが信じられないのも無理も無い。俺だって信じられないんだ。
白い表紙の独特の装飾を施された、巨大な一冊の本――魔導書だった。




